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十四話・生産職…。

 百メートルほど全力疾走して人気のない民家まで来たところで三人を下ろした。後ろを振り返ればちゃんとガルムも付いて来ている。俺なんかと違って元気がいい。

 さすがに子供三人抱えての逃走は応えるものがあった。全身汗まみれで足がスマホのバイブレーションみたいに震えてやがる。

 くっ……日頃の運動不足がアダになるとは……。


「こ、ここまでくれば大丈夫だろ」

「シグレ、さっきのビューって町の中駆け抜けるの面白かった! もっかいやって!」

「できるかっ! 俺の命のバッテリーはもう風前の灯火なんだよ。頼むから、しばらくエコモードでいさせてくれ」


 俺が力なくへたり込むとクルシュは不満そうに唇を尖らせる。


「もう、シグレは根性がないなぁ。エクレアはこんなにたくましいのに」

「……エクレア?」


 聞き覚えのない単語に顔を上げればクルシュがガルムに抱き着いている。


「この子の名前だよ。ガルムじゃ味気ないでしょ?」

「いやまぁ、名前を付けるのはいいが……何でエクレア?」

「セルフィエラが昔教えてくれたエクレアってお菓子に色合いが似てたから!」


 あ、やっぱエクレアって洋菓子の名前だったのか。確かに全体が黒で腹の辺りなんか茶色だからエクレアっぽいけどさ。


「いいねクルシュちゃん。可愛らしい名前」

「おいしそう」

『クゥ……』

「食うなよ……?」


 リヘナがにこやかに賛成を示し、ヴィムがエクレア(犬)をじっと見つめてよだれを垂らす。その視線に身の危険を察知したのかエクレアは小さく鳴いて震え出した。

 ヴィムのそばに置いておくのが非常に危ぶまれるが……名前を付けたということはもしかして。


「え? 飼っていいのか?」

「いいよ。というかはじめからそのつもりだったよ?」


 じゃあ何だったんださっきの茶番と公開処刑は……。単に俺が町の人にロリコンのレッテル貼られただけじゃねぇか。

 遺憾極まりない結果に喜んでいいのやら怒っていいのやら分からない俺ではあるが、最終的にペット飼育の同意を得られたのだからここは良しとしよう……失った代償もデカかった気がしないでもないが……。


「……もう何でもいいや」

「それでにぃに、結局お仕事どうするの?」


 うなだれる俺のそばでヴィムが首を傾げる。

 そういや俺、今就職先探してる最中だった。話が脱線しまくったせいで完全に忘れてた。

 ぼちぼち体力も回復してきたことだし、気を取り直して次の目的を告げるとしよう。


「冒険者がダメなら残るは生産職だ。正直現代っ子の俺に冒険者なんて過酷な仕事は土台無理があったんだよ。その点生産職は危険がないからな。コツさえつかめばどうにかなるだろ」

「シグレ完全にポーション職人舐め切ってるよね?」

「あれ結構センスがいるみたいですよ? 上質なポーションを作ろうとすると十年は修行するとかなんとか」

「だが物にできれば稼ぎはデカいはずだ。心配するな、俺は女神に呼ばれた男だからな。案外ご都合展開で頭角を現すかもしれん。幸運カッコ小スキルもあるしな」

「小ってすごく微妙……というか、小?」


 最後のヴィムの発言を聞かなかったことにして俺は立ち上がった。

 根拠が一切ないせいか三人娘はすこぶる懐疑的だが何事も初めは挑戦あるのみだ。


 決意を固めると俺たちは一旦自宅に帰ってエクレアを待機させ、ポーションを作る職人の店へと足を運んだ。


「見てろ。ここから俺のSugeee展開を見せてやる」

「頑張ってね」


 大して期待していないクルシュの声援を背中に受けて、俺は店の扉を開け放った。


「ごめんくださーい!」



 一時間後。



「あの、シグレさん…………何があったんですか?」


 俺が目を覚ますと、傍らに困惑の色を浮かべるアイシャさんの顔があった。

 なぜか俺はアイシャさんの家に担ぎ込まれ、ソファの上で仰向けになっていた。おかしい、俺はついさっきまでポーション店でポーションの作り方を教わっていたはずなのに……。

 訳が分からず記憶の糸を辿ろうと視線をさまよわせれば、ソファの背もたれから顔を覗かせる幼女三人と目が合った。


「おはよ~」

「目が覚めて何よりです」

「にぃに、元気?」


 起き抜けで口々にしゃべりかけるので誰から返していいやら判断がつかない。仕方なく俺は開口一番経緯を尋ねた。


「これ、どういう状況?」

「覚えてないの? シグレ、ポーション飲んですぐぶっ倒れたんだよ」

「……あ」


 クルシュの説明で記憶の回路がすべてつながった。

 そうだ。確か俺は職人に弟子入りしてすぐ試験品として置かれていたポーションを飲んだんだった。そしたら五分ぐらいして体中にじんましんが出て頭がくらくらしてきたと思ったら、そのまま意識を失って……。

 すべてを思い出した結果、自分のあまりの情けなさに泣きたくなってきた。どうやらこの世界の薬品は俺の体に合わなかったらしく、アレルギー反応を起こしたようだ。

 顔を引き攣らせる俺のそばで、ヴィムが独り言のように呟く。


「ポーションアレルギーなんて初めて聞いた」

「俺も自分にアレルギーがあるなんて初めて知ったわ」


 脱力気味に吐き捨てて上体を起こす。


「もう起きられて大丈夫なんですか?」

「ええ、だいぶ具合もよくなりました。アイシャさんが看病してくださったおかげです」

「いえいえ、私は大したことなんて何もできませんでしたから」


 そうは言ってもわざわざ倒れた俺を家に入れてくれたのはありがたい。本当にアイシャさんが隣人でよかった。


「倒れたシグレをここまで運んだのはあたしたちなんだよ?」

「そうか、助かった。ありがとな」


 クルシュたちがジト目で成果を訴えてくるので、苦笑して順番に頭を撫でてやれば三人は嬉しそうに目を細める。生意気で扱いづらいところもあるが、こうして見た目相応の子供らしい反応を見せられると多少は可愛いと思えてくる。多少は。


「……いいな」

「はい? 何か言いましたか?」

「い、いえ何でもありません!」


 クルシュたちを凝視してアイシャさんが呟いたような気がしたんだが、空耳だったか。

 その割には今にも沸騰しそうなほど顔が真っ赤だ。


「そ、それよりシグレさん。この分ではポーション作りは無理そうですが……?」

「うっ……」


 現実を突きつけられて思わず呻く。

 そうだ。ポーションにアレルギーがあるなど職に就く以前の問題である。


 待てよ。というかこれ、もし俺が冒険者続けてたりして魔物との戦闘中にポーションを飲むようなことになってたら、アレルギーで気絶してそのまま魔物に食われてたんじゃないか?

 ……あぶねぇ!? よかった今発覚して。

不幸中の幸いと呼ぶべきだろうか。最悪の事態だけは回避できたと前向きに考えた方が良さそうだ。生産職の夢は完全に絶たれたが……。


 冒険もできない。ポーションも作れない。なんで俺異世界に来たの?

 結局今日半日で得た情報、『俺は異世界暮らしに向いてない』という身も蓋もない事実だけじゃん。

 自分で言うのもなんだけど、高所恐怖症でポーションアレルギーって一番呼んじゃいけないタイプだろ。いくら要ブリーダーって言ってももっとマシなヤツいただろ。庭の池に海水魚放り込むレベルの暴挙だぞ。


 普通異世界転生ってさ、デタラメな能力と才能で人生イージーモードで過ごすもんだろ。

 何で初期段階で村人A並みのステータスとポテンシャルしかないわけ? 冒険始まる前に終わったんだけど。


 もはやあまりに現実が悲惨過ぎて自虐的な感想しか湧いてこない。

 俺は力なく天井を仰いで独りごちた。


「も~ダメだ。モチベーションが下がって何もする気がおきん。いっそこのままダラダラ過ごしてブリーダーじゃなくてフリーターにでもなるか」


 俺の宣言を聞いて幼女三人がギョッと目を剥いた。


「そんな、諦めないでよ~! 諦めたらそこで人生終了だよ!?」

「いや、俺もうすでに一回人生終了のホイッスル鳴ってるから。惨敗だから。転生した時から予選落ち確定してるから」

「シグレくんが定職に就いてくれなかったら誰が食い扶持稼ぐんですか!? 私たち路頭に迷いますよ!?」

「大丈夫だ。お前らの優しい女神様がなんとかしてくれるだろ……たぶん」

「ダメ。セルフィエラは優しいけど、頼りにしちゃダメな部類の女神だから」

「あ~、やっぱお前らもそういう認識だったの?」


 右隣のリヘナに肩を揺すられ、左隣のヴィムに肩を揺すられ、太ももにまたがったクルシュが俺の胸倉を掴んで揺すってくる。

 もう反応する気力も抜け落ちた俺は、されるがままに頭を振って遠い景色を眺める。

 これ頑張ったら悟り開けるかな、とか考え始めたところで不意に声がかかった。


「あ、あの……」


 遠慮がちな声音に目をやれば、アイシャさんが粛々と居住まいを正してこちらを見つめていた。


「シグレさん、仕事を探しておられるんですよね? もし、ご迷惑でなければなんですが……」


 そう前置きして、彼女はある一つの提案を申し出てきた。

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