十一話・冒険者
食後、お礼を言ってアイシャさんの家を出ると、俺たちはその足で冒険者ギルドと呼ばれる場所へ向かった。なんでも冒険者はギルドに登録することで冒険者と認められ、クエストを受けることを許可されるのだという。
さっそくギルドで申請を行うと、厳しい審査や長ったらしい手続きなどもなく、命にかかわる危険な仕事の割には思いのほかあっさりと登録が完了された。
一つ誤算だったのは、登録料に銀貨二枚かかったことだ。地味にこの出費は痛い。
まあいい。ひとまず職には就けたのだから良しとしよう。銀貨二枚くらいすぐに稼いでやる。
冒険者の最大の魅力は何と言っても一獲千金の夢と男心をくすぐるロマンにある。武器とスキルを駆使して魔物を倒す。まさにファンタジーゲームそのものじゃないか。
はやる気持ちをどうにか抑え、町の門へと足を運ぶ。
そう。これから冒険者になって初めてのクエストだ。
「よし。冒険者になったからには一匹くらい魔物を倒すぞ」
「何言ってんのシグレ、あたしたち今日は薬草採集だよ?」
「シグレくんのレベルではゴブリンを倒すのさえ難しいと思います」
「そもそもにぃに手ぶらだし」
「やかましいわ!」
高揚しているところに三つの声が水を差してきて、俺の気分は一気に低下した。
実のところ今回のクエスト。森に薬草を採りに行くだけの簡単な仕事である。初級のうちはこういった低難易度のクエストしか受注できないのだから仕方ない。
もちろん低難易度と言っても、採集中に魔物と遭遇する危険はある。だからこそこうしてギルドに依頼がくるわけだ。
ではなぜそんな危険なクエストに子供を連れてきたのか。
正直に告白しよう。俺よりこいつらの方が遥かに強いからだ。
男の冒険にガキを連れてくるのは甚だ不本意ではあったが、こいつらほど頼りになる仲間もそうそういないのも事実。なんたって伝説のドラゴン、力が制限されていても十分活躍は見込める。
我ながら子供を当てにするのは情けないと思うが、こっちは生活がかかっているのだ。なりふり構っていられない。恥も外聞もとうにない。プライドなら今朝ベッドで捨てた。
半ば開き直り無理やり気持ちを奮い立たせる。
「とにかく薬草を手っ取り早くむしり取って報酬もらうぞ。でなきゃ今日こそ晩飯抜きになりかねん。お前らも手伝え」
「「「はーい」」」
俺の号令に従い三人が後ろからついて来る。しかしそれも三歩ほどで止まってしまった。
「ねぇ、もしかして、こっから歩いて行くの?」
「当たり前だろ」
町から森まではおよそ二キロ。大人なら大した距離ではないが子供の足では少しキツい。とはいえ馬車なんて手配できる金銭的余裕なんてないし、そもそも運賃なんてかかったらその時点で収入がマイナスになる。
こいつらには悪いがここは徒歩で付いて来てもらうしかない。
「えぇ~、遠いよぉ」
「んなこと言ったってな。歩く以外に手段なんてないだろ」
「あるよ」
そう答えたのはヴィムだった。彼女たちはそれぞれ顔を見合わせるや、背中から被膜の翼を出現してみせたのだ。ヴィムが親指を立てる。
「これで飛んでくの」
「……え?」
思わず顔が引き攣った。顔面から血の気が引いていく。まさかこの流れは……。
「特別にシグレも運んであげる」
俺がもっとも恐れていた一言がクルシュの口から告げられた。
「いやいいから! ホントいいから! お前らだけ先に行ってくれ、俺徒歩で行くから!」
「遠慮しなくていいよ?」
「してねぇよ! マジで俺はいい! ……おい何する気だ? やめろ、離せ、早まるな! 話せば分かる!」
「子供みたいにはしゃいでるシグレくん、ちょっと可愛いです」
「お前の目はいつから飾りになった? どう見たらはしゃいでるように見えんだよ!」
空中を飛んで腕を掴むヴィムとリヘナを死に物狂いで振りほどこうとするが、悲しいかな、こいつらに筋力では到底敵わない。その間にも俺の足は徐々に地面から引き剥がされていく。
「二人とも、シグレ落とさないでね。それじゃ準備もできたことだし、目的の森にレッツゴー」
「「おー」」
「やめろぉぉぉ! おろせっ! 俺――高所恐怖症なんだよぉぉぉ!」
抗議の叫びも虚しく、俺の体がゆっくりと上昇を始める。
そしていくら助けを呼んでも、高度二百メートルの地点に救いなど訪れるはずもなかった。