一話・幼女と混浴
俺――倉坂時雨は今、年端もいかない女の子三人と風呂に入っている。
大変誤解を受けそうな場面だが、もちろん好き好んで入っているわけではない。こいつらが一人じゃ体を洗えなかったのでもろとも放り込まざるを得なかったのだ。
何の役得も感じない色気皆無の女体を三人分洗う羽目となった俺の疲労と心情を、誰が理解してくれるだろうか。
「どうしてこうなった」
知らず口から嘆きがこぼれる。すると目の前で背を向けている少女が聞き咎めて振り返ってきた。
「何か言った?」
「いや何も」
「それよりシグレ、さっきから手が止まってる」
ああ、考え事をしてつい手を動かすのを忘れていたようだ。
雑念を振り払い、再び布で少女の背中をせっせと洗う。
「なになに? もしかして、あたしの体に見惚れてたの?」
「フンッ」
「鼻で笑った!?」
そりゃ笑いたくもなるだろ。何が悲しくてガキの裸に興奮せにゃならんのだ。
内心愚痴りながら手だけは機械的に稼働させて手早く背中を洗い終え、続いて脇から手を滑り込ませたところで少女が身をよじった。
「ちょっ……!? そこ、ダメ、くすぐった……ふあ!?」
何やら変な声を出しながら俺の手から逃れようとしているみたいだが、この狭い浴室内で逃げおおせるはずもなく、俺に体を取り押さえられなす術もなく磨かれていく。
にしても、イヌより洗いにくい上イヌよりやかましいなこいつ。
「もうちょっとだけ静かにできないか? さすがにご近所迷惑だぞ?」
「だ、だって……ひゃう!?」
「すぐ終わらせてやるから、黙って壁のシミでも数えてろ」
やましい気持ちなどまったく微塵もないのだが、さすがにこうも浴室で幼い少女の悲鳴が聞こえていればあらぬ噂が立ちかねない。やましい気持ちなんてないけど。壁薄いんだよこのボロ屋。
そろそろ本気でお隣さんに不審がられそうなので、こころへんでこいつの洗浄は終了しよう。桶のお湯を頭からぶっかける。
「ほら、終わったぞ。交代だ」
「ま、まって……少しだけ休ませて」
ぐったりと疲れ切った様子で吐息をもらし、俺の胸にもたれかかってくる。洗われただけでどんだけ疲弊してんだよ。そもそも頼んだのお前だろ。
あいにくと少女の回復を待っていられるだけの暇がない多忙な俺は、無言で少女を抱きかかえると問答無用で湯船に投下した。
「よし、次」
努めて事務的に二人目を呼び出すが、返事がない。というより、湯船に浸かっていたはずの二人のうち片割れが、どこにもいないではないか。
「……おい、あと一人どこ行った?」
顔を引き攣らせ、一緒にいたはずの少女に問いかければ、その少女は静かにブクブクと気泡の浮かぶ水面を指差した。
「リーちゃんならついさっきのぼせて沈んじゃった」
「それをもっと早く言えぇ!」
大慌てでお湯に手を突っ込み引っ張り上げると、茹でタコになって目を回す少女が現れた。幸いにして息はある。
問題はこいつが当分起きそうもないことであり、つまるところ俺は今からこいつを抱えて一旦浴室から出て体を乾かして服も着せて、なおかつ目を覚ますまでそばに居ないといけないということにほかならない。まだ一人順番待ちが残ってるんですけど……。
これに関しては俺の監督不行き届きが招いた事故であるのは認めるが……なぜこう次から次へと想定外の事態が起きるのか。
俺の憧れていた異世界生活は、こんな保育士じみた暮らしではなかった……。
いったいどこで理想が狂ったのだろう……ああ、最初っからか。
そうだ。狂うも何も、これが予定調和であり、これこそが俺が異世界に呼び出された理由だった。
俺は少女を抱えたまま脱力気味に天井を仰ぎ、今日一日の出来事を漠然と振り返った。