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萌えよ 戦場~オタクの最終戦争(ラストウォーズ)~  作者: Kureo
ユニット・オブ・サード
7/42

逃走せよ 異形の獣






湿ったぬるい空気が身体中を包み込むような空間、


カビと腐敗した水の臭いが鼻の奥に残り続ける。


お世辞にも快適とは程遠い。


鉄格子と施錠も見える、俗にいう牢屋というやつだ。


「どうしてこんなことに・・・」


その鉄格子の内側、閉ざされた小さな空間に彼女、水鳥雨音は一人座り込んでいた。


「ここ、牢屋だよね。私犯罪者なの!?ただ歩いてただけで犯罪なの!?・・・いや、案外そうなのかも。」


雨音はこの地の法律に疎い。


・・・と言うか全く知らなかった。


今雨音がいるこの場所は彼女にとっては未開の地、通称『オタク領地』なのだ。



防衛省の任務で一高校生である雨音は、内乱の元凶である敵、オタクの領地に潜入調査にやって来たのだ。


昨夜、東京が見えたかと思えば車から下ろされ、歩き歩いて夜明けと共にやっと東京の末端に着いたとき、


ハンドガンを持った少女が現れ、何かを呟いたかと思えば、気がついたときにはこの牢の中。


麻酔でも射たれたのだろうか。


「・・・とにかく今は情報が欲しい。今はいつなの、私はどれだけ眠っていたの。」


辺りを見渡してみるが空気穴一つ見当たらない。


これでは今が昼か夜かもわからない。


手荷物は全て奪われているのだから、


もちろん身に付けていた時計もだ。


完全に情報を断たれている、


これがオタクの周到さなのだろうか。


「ようやくお目覚めのようね、水鳥雨音さん。」


突如として暗い空間に女性の声が反響する。


雨音は少し動揺したが、相手も人だと自らに言い聞かせ、冷静さを保った。


「誰?ていうか、何で私の名前を?」

「あら、意外と取り乱さないのね。そういうのキライじゃないわ。」

「そりゃどうも。・・・今はいつなの?」

「今は2325年7月10日、時刻はもうすぐ正午かしら。」


どうやら雨音がこの街に着いてから丸一日経過していたらしい。


この声の主の情報が真実という確証はないが、どんな些細な情報でも状況を判断する材料には変わりない。


「随分と親切だね。何か裏がある感じ?」

「そういう貴女は随分と疑り深いのね。私はただ確認しに来ただけなのに。」


暗闇の奥から聞こえてくるその声は、足音と共に次第に鮮明になっていった。


やがて、足音が牢屋の前で止まると、強烈な光が雨音の視界を覆った。


光の具合で向こう側は全く見えない。


「確認って、それより眩しいんですけど?」

「少し我慢して。確認が済むまでだから。」


何かがきしむ音。


向こう側で椅子にでも腰かけたのだろうか、光の位置も少し下降した。


「じゃあ、一つだけ質問させてもらうわ。貴女は何者?」

「ただの高校生。家出少女だよ。」

「そう・・・家出ね・・・」


彼女の声が消えると数秒の間、


そして、


鼓膜に突き刺さる破裂音とともに、何かが私の頬を掠めた。


「な・・・!?」

「ただの家出でわざわざ東京まで足を運んだの?外界ではここは戦地だって教育を受けさせないのかしら?」


雨音の顔に冷や汗が伝う。


間違いない。


相手は今発砲したのだ。


ライトで照らしているとはいえ、ほとんど暗闇のこの中を、正確に雨音の横を掠めて。


「嘘はすぐバレるわ、私はこの暗闇でも当てる。」

「どんな根拠をもって嘘だと・・・」

「そんなの、私の勘よ。」

「それで外してみなよ、あんたのやってることはただの殺人━━━」


再び炸裂する発砲、


今度は私の腕を掠め、服の裾を引き裂いた。


「次は当てるわ。最後に言い残すことは?」


恐らく、相手は確実に次の一撃で当てるだろう。


ここで死ぬのだろうか。


雨音の頭には走馬灯の如く今までの出来事が駆け巡る。


だが、


突如として襲う虚無感。


その正体が何なのかは分からない。


ただ一つだけ言えること。


もし仮に元に戻ったとして、それからどうする。


2年も会っていない友達が今まで通りに接してくれるだろうか。


そもそも、覚えていてくれるかどうかも定かではない。


この任務を達成したところで、手元に残るのは5億と孤独、


何とも味気ない物だろう。


それならいっそのこと━━━


「殺しなよ。死なんて怖くない、死んでも構わない。」


ここで終わりにしてしまおう。


イスルギや国の人には悪いけど、任務は失敗ということで。


「そう・・・なら、強く目を瞑りなさい。」


言われるがまま、思いきり目を瞑る。


死の瞬間は痛いのだろうか、


出来るだけ痛みは感じたくはない。


発砲音を待つその時間は一瞬であるはずが、雨音には永久のように感じられた。



やがて━━━


聞こえてきたのは発砲音ではなかった。


鉄と鉄が擦れてきしむ音、目を開けると牢屋の鉄格子の一部が開いていた。


「急ぎなさい。こんなじめじめしたところ、早く抜け出してシャワーでも浴びましょう?」

「え、ええ?」

「あら、拍子抜けね。てっきり私に襲い掛かるものだと思っていたけれど。」


先ほどからこの女性は初対面の人に対する態度が随分と横暴だ。


失礼という概念が欠乏しているのかと疑うレベルに。


それに雨音の中には少し引っ掛かることがあった。


牢の格子をくぐり大きく伸びをして女性を見るが、暗闇の中にいるため、やはり雨音に姿ははっきりとは見えなかった。


「あなたには私がそんな乱暴な女子高生に見えるんですか?」

「やっぱり高校生だったの。同年代の人が増えると嬉しいものね。」

「えっ?あなた高校生だったの?」

「ええ。今年で高校1年、16歳になったわ。」


雨音はあまりに大人びたその言葉使いと、色気を交えた声色から勝手にもっと年上だろうと予想していた。


ライトの光が雨音から外れ、通路の奥を照らし出す。


「こっちよ。不安だろうけど、殺しはしないから安心してついてきて。」

「ギリギリに発砲されて安心しろって方が無理じゃない?」

「・・・それもそうね。でもさっきので弾切れ、射とうと思っても射てないわ。」


雨音は歩き出す彼女に置いて行かれない、なおかつ何をされてもどうにか対応できるような距離感を保ったまま、


暗黒の通路を二人で歩いていった。

















━━━━━━━━━━━━━━



数分ほど歩いただろうか。


通路の階段に差し込む光が徐々に強くなっていく。


雨音はたまらず女性を追い抜かし、階段をかけ上がる。


階段を抜けるとそこは広い通路だった。


窓から照りつける真夏の太陽、吹き抜けるさわやかな風、


ようやく地上に出ることができた。


一日ぶりの日光はひどく懐かしく、そして眩しく見えた。


「んーっ、やっぱり太陽がいいねー!」

「大袈裟ね、たった一日じゃない。」

「あれだけ暗い空間にいたんじゃ、懐かしく感じてもおかしくないよ。」


雨音より数秒遅れて彼女は地下からゆっくりと出てきた。


太陽光にさらされ、次第にはっきりとその容姿が見えていく。


黒を基調としたミニスカートのドレスのような服装、そこから伸びるすらりと美しい手足。腰には先ほど発砲した物と思われるハンドガンが備えられていた。

強めの目付きをした整った顔から、煌めく長いストレートの銀髪が風になびいている。

簡潔に言うなれば美人そのものだった。


「・・・途中からもしかしたらと思ってたけど、やっぱりあのときの人だったんだ。」

「気づいていたのね。ごめんなさい、上からの指示で一度あなたを拘束する必要があったの。」

「・・・それって、私が外界から来た人間だから?」


雨音はしまった、というように口を押さえた。


これでは自分の立場を勘ぐられてしまうかもしれない。


それ以前に、オタクにとって外界は敵なのだ。


これは不快にさせてしまったかもと気にしていた。


「・・・3世紀という永い年月は、私たちの細胞に疑いの目を植え付けていったの。人は理解し合うからこそ、自由で気ままに暮らせるのに。」


彼女の目にうっすらと曇りが見える。


戦による傷を受けているのは、どちらも同じなのだ。


「あ、えっと、ごめん。変なこと聞いちゃったね・・・」

「いえ、いいの。実をいうと、貴女は最初から違うと思ってた。だって私たちの領地に一人で入ってくるんだもの。軍人や兵士ならそんな無謀で無茶な行為は絶対にしないわ。」


雨音もしたくてあんな無茶をしたわけではない。


諸事情で置いていかれただけなのだ。


「さあ、ここで油を売っている暇はないわ。先ほど原宿支部から動きが指示されたわ。ひとまず原宿支部に行くわよ。」

「は、原宿支部?」


雨音はこの地に来て日が浅いどころではなく、


彼女が何を言っているのかさっぱりだった。


「・・・道中話すわ。あまりここには長居したくない━━━と、言ってる間にお出ましね。」


そう言うと彼女は窓の外をじっと見た。


つられるようにして雨音も窓に張り付くようにして外を見る。


外にいるその生物を見て、雨音は言葉を失った。


「なに、あれ・・・!?」


狼、のようだが少し違う。


そもそも身体の大きさがまるで狼ではない。


異形とも言えるそれが数頭ほど徘徊していた。


「・・・ウルフ種6体、距離は60。気づかれるのも時間の問題ね。」

「ね、ねえ!あれ何なの?あの化け物は何なの!?」


雨音はパニックに陥っていた。


見ず知らずの土地で異質の化け物、自分は何の武装もしていない。


あれは人を襲うのか、殺傷能力があるのか、


そんなことばかりを考えるうちに平静ではいられなくなっていた。



━━━雨音のパニックが頂点に達するその直前、



突然の破裂音と軽い火花。


彼女がハンドガンを天に向け、引き金を引いていた。


「・・・落ち着いたかしら?」

「え、あ・・・?」

「無理もないわ。私も最初は戸惑ったから。」


彼女は銃を腰に戻し、雨音を優しく抱き締めると、そっと頭を撫でた。


発砲によって一度リセットされた脳が、彼女の優しさで満たされ、雨音に落ち着きを取り戻させた。


「・・・ありがとう。もう大丈夫。」

「・・・強いのね、あなた。」


ふっと微笑むその顔が、雨音にはとても輝いて見えた。


同時に、


あれだけの化け物が近くにいるなか、ここまでの余裕がある彼女はいったい何者なのか、


そのような疑問も浮かんだ。


「・・・さっきの射撃で奴らがこっちに気づいたわ。雨音さん。」

「雨音で良いよ、えっと・・・」

理沙りさよ。さあ、走るわよ雨音!」


理沙の声を合図に建物を走る。


すると、ほんの数秒遅れて獣が窓ガラスを突き破り、私たちのいた場所に食らい付いた。


「うわあっ!?こ、こっち来んなーっ!!」

「雨音、走って!あいつらは足は速いけど目が悪い、逃げ切れない相手じゃない!」


今まで生きてきて最大出力の全力疾走をする雨音の前で、理沙は同じく疾走しながらも端末を操作していた。


「こちら理沙!牢区画にウルフ種侵入。現在、非戦闘員と共に避難中、至急応援を!」


どうやら救援要請のようだが、反応がないらしい。


理沙はすぐさま画面を切り替えるとマップを表示した。


写し出された広大な立体図には無数のポイントが記されている。


その中でも、緑に点滅する光は絶え間なく移動している。


おそらくこれが理沙の現在地を記すものなのだろう。


「・・・原宿支部までまだ遠い、近くに逃げ込める場所はない。応援も・・・期待できそうにないわね・・・!」


背後で吠える獣はまだ二人を捉えていた。


その速度は彼女たちよりもずっと速く、追い付かれるのにそう時間はかからない。


逃げ切る前に捕まる、その判断を下した彼女は、


立ち止まって振り替えり、ハンドガンを抜くと目にも止まらぬ速さで速射した。


高速射出された弾丸が一発、獣の頭部を撃ち抜く。


この判断は正しかった。


味方を殺され、獣の足が一度止まるが、その鋭い目と牙は二人に向けられたままだ。


「理沙っ!?逃げるんじゃなかったの!?」


数メートル反応が遅れて雨音が立ち止まる。


目の前ではハンドガンを構えた少女が強い視線で獣を睨み付けていた。


「雨音、作戦変更よ。逃げるのはおしまい。こいつらをここで仕留めるッ!!」







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