懐疑せよ 防衛省
雨音達がグラウンドに到着すると、そこには既に全校生徒が集まっていた。
「ふう、ぎりぎりセーフだね。」
「・・・やっぱり。」
教師達の集団の中にあの連中がいる、
雨音の中の疑問は確信に変わった。
今回の測定には何か裏がある。
「それでは、全員揃ったので説明を開始する。」
体育主任の教師が生徒達の前へと出ると、
彼らの自然と視線はそちらに向けられる。
「今日行うのは、一般的な体力測定だ。何も気負いをする必要はない。本日は特別に防衛省の方に見学をしていただく。」
謎の連中の正体は防衛省だった。
戦地である日本において防衛省の仕事は決して暇ではないはず、
私たちのような田舎の学生に何のようなのか、と
雨音は内心で考えていた。
「・・・防衛省対オタク掃討作戦課のイスルギです。まず、本日は我々の都合によって皆様の貴重な学習時間をいただいたことに感謝します。」
イスルギと名乗った女性が前に出て一礼する。
だが本名は名乗らない。
これは国の自らの身分を容易に公開しないための制度で、
オタクには優れた技術者がおり、名前一つで本人を丸裸にされてしまう可能性があるからだそうだ。
今の軍人は名前を明かすことも簡単ではない。
「では早速本題に。本日我々がここへ来たのは他でもありません。この学校の運動能力の高さに着目したのです。」
イスルギは、過去のデータからこの学校が全国的にも極めて運動能力が高いだの、
スポーツで優れた成績を残すことが多いだのと
ごちゃごちゃ言っていたが、雨音はほとんど聞き流していた。
「━━━そこで、我々は考えました。その若さゆえの機転と想像力、吸収力に加えて身体能力を兼ね備えた優秀な人材がいれば・・・」
イスルギはそう言って、
突然胸ポケットから拳銃を取りだし、上空に発砲した。
驚く教師と生徒達、その顔には隠しきれない混乱が写し出されていた。
「・・・そして、戦場で響く銃声にも動じない屈強な精神の持ち主がいれば、と。」
発砲した拳銃を部下らしき人に渡すと、代わりにボードを受け取った。
「そう言うことだ。では、今から呼ぶものは起立して欲しい。」
どういうことだ。
雨音は内心で激しく軽蔑していた。
いきなり発砲して驚かない学生がそう簡単にいるわけないだろ、
他を兼ね備えると常識が欠乏するのか。
「━━━4組32番水鳥雨音」
「・・・はい?」
彼女は雨音の名を呼んだ。
雨音には完全に不意打ちだった。
先程から呼ばれていたのは体格のいい男子生徒で、女子が呼ばれることなど完全な想定外だったからだ。
「・・・どうした、早く立ってくれないか?」
「あ、あの、なんで私・・・?」
「・・・それを今説明するメリットは?」
返答が思い浮かばない。
渋々といった感じで立ち上がる。
そこから先も呼名は続いたが、呼ばれる名前に雨音以外の女子生徒の名前は一つとして無かった。
ラグビー部主将、空手部エース、剣道部全国進出者・・・
華奢な雨音は完全に場違いの空間だった。
「━━━以上だ。では呼ばれた者以外は直ちに教室に戻ってくれ。ここから先は選ばれし者達の試験、いや、試練と言った方がいいかもしれないからな。」
ざわざわとグラウンドを後にする生徒達の中で、雨音に駆け寄る少女がいた。
「雨音っ!なんで、なんであんたが!?」
その今にも泣きそうな表情の花村をなだめようと、雨音は冷静に、緊張を見せない声色で語りかけた。
「大丈夫、心配しないで。今の日本にとって人材は貴重な資源だから、殺されたりすることはないよ、きっと。」
「でも・・・!」
「・・・いざとなったら持ち前の俊足で逃げるって。動体視力もずば抜けてるんだから。」
花村を不安にさせまいと雨音は精一杯の笑顔を見せる。
雨音には、何故かこれが彼女との最後のやり取りになるような気がしたのだ。
それなら、せめて笑顔で、と。
「・・・わかった。頑張れ、雨音!」
「・・・そこの一般生徒、早く教室へ。」
防衛省の人間に急かされ、早足で去る花村を見送り、
校舎に消えると雨音はイスルギを睨み付けた。
「・・・数秒のロスだ。水鳥雨音、言い分は?」
言葉の一つ一つが冷たく鋭い。
これが本物の戦場を知る人間なのか。
だが、これで取り乱すような雨音ではなかった。
姿勢を崩し、ポケットに手を突っ込みながら挑発するような目を彼女へ向けた。
「別に。JK特有の会話ですよ。あなたも昔やったでしょう?」
「・・・その態度は、私を防衛省防衛副大臣と知ってのことか?」
「副大臣だったんですか。それはさぞお金をたくさん貰っているんでしょうね。女の方なのに大したものですね、私も女ですけど。」
その言葉が逆鱗に触れたのか、イスルギは拳銃を部下から取り上げ
銃口を雨音に向けた。
「・・・私には常時発砲許可が降りている。この場で撃つことも可能だぞ?」
これには名前を呼ばれていた生徒も少し驚いていたが、イスルギは銃口を下げない。
雨音は少し身動ぎすると生唾を飲み込み、彼女を正面から見つめた。
「発砲許可があっても、無抵抗の一般人を簡単には殺せないでしょ。」
「何も殺すだけの発砲ではないさ。二度と起き上がれない体にすることも出来るだろ。」
「それなら、訴訟を起こして勝つことは容易ですね。」
「喋れなくしてやるさ。」
「なら、腕とペンがある。」
「上に掛け合おう。」
「職権乱用。」
「・・・覚悟はいいか。」
「・・・始めからね。」
肌に刺すような沈黙がグラウンドを包む。
イスルギの銃口は真っ直ぐ雨音を向いている。
しかし、雨音は怯むことなくイスルギから目を離さない。
雨音は薄々感づいていたのだ。
この人は、この人の目的は━━━
「くく・・・ははははははっ!」
イスルギは突然笑い出すと拳銃を天高く掲げ引き金を引いた。
響き渡ったのは発砲音
・・・などではなく、カチン、と拳銃のハンマーが本体を叩く乾いた音だった
「いや、全くもって見事な度胸だ。よし、合格だ。」
彼女はそう言うと部下に指示を出し、教員たちに他の生徒を下がらせた。
不完全燃焼で終わった運動部の屈強な男子生徒たちは、
納得のいかない様子で教室へと引き下がって行った。
「・・・さて、これで腹を割って話が出来るな。」
「そう言うのは互いに丸腰で始めて言えるんじゃないの?」
「はははっ、君は本当に肝の据わったJKだな。私の若い頃を思い出すよ。」
「ついてきてくれ」と言われ、彼女の後ろにつきグラウンドを離れる。
この時雨音は、これから何かとんでもないことが起こるのではないか、と心中穏やかではなかった。