参加せよ 雨音初任務
「もうすぐ見えてくるでヤンス。各々車内に忘れ物をしないよう気を付けるでヤンスよ。」
ミズミの声にはっとして目を覚ます。
エアコンの効いた広めの車内にいるのは、どれも見知った顔ばかりだがその様子はいつも見る彼らとは少し違った。
7月25日午前、前日から空を厚い雲が覆っていて、今日も清々しい一日とは言えない。
それでも日差しのキツイこの夏を過ごすものの一人としては、貴重な太陽を気にせず過ごせる日だ。
太陽は気にする。乙女だから。高校生だから。
日焼けは極力したくはない。
「日焼けを気にしないのはいいけどぉ、なぁんか一雨来そうな天気だよねぇ。」
私のすぐ後ろ、三列目の後部座席から甘くゆったりとした声が車内に響く。
すももが窓を開け空を見上げながら呟いていた。
「雨が降ると髪の毛うねっちゃうから嫌なんだよなぁ。」
「そうね、私たちにとっては案外死活問題よね。」
「今を生きる女子の永遠の天敵でヤンスよね、湿気は。」
「理解し難いな、女子と言う生き物は。」
「男子の紅にはきっと分からないよぉ。でも理解できる子はモテるよぉ?」
「モテるために生きているわけではない。」
会話だけ聞くと年相応の日常会話だ。
しかし、その声の主は全員、任務に備えて武装していた。
理沙は、初めて出会った日と同じ黒いドレスのような装備の各所に、必要な物資を収納している。
次にすもも、なんというか全体的にふわふわしているイメージの装備だ。おまけにピンクがほとんどを占めており、なんとも彼女らしいと言えばその通りだ。
紅は、短パンにTシャツという比較的ラフな格好をしている。なんでも、能力的に
どんな服でも大差はないそうだ。
かく言う私も人生で初めて武装というものをしている。
見た目はいつもの制服と大差はない。白いカッターシャツにチェックのミニスカート、胸元には青いリボンと至ってシンプルな制服だ。
持って来た服がこれしかないのもあったが、私的にはこれが一番動きやすいのだ。
その服を私の担当医である五十嵐さんに少しだけ改良してもらい、耐久性を向上し、更に軽量化した。
そして、なぜ私は武装しているのか。
「緊張しないで、雨音。何かあったら私たちが守るから。」
「ドッキドキの初任務でヤンスね。」
「・・・まあ、班に所属する以上ダラダラ過ごすわけにもいかないしね。」
約1週間前に能力に目覚めた私はその突然の過剰使用で意識を失った
そこから一週間、リハビリにリハビリを重ねてやっとこさいつもの状態まで戻すと、すぐさま今日の任務に出た。
私の所属する3班の主な任務は戦闘。
アニマを倒し、時には政府とも対峙しなければならない。
そう、政府と。
今私のいる東京都は日本にありながら日本ではない。
3世紀前、
オタクと呼ばれる人種によって支配された東京を奪還しようと、政府は今日までオタクと内乱を続けている。
表向きには軍事派兵による争闘を掲げ、裏では生物兵器による抹殺を試みていた。
しかし、オタク側も無力ではなかった。
神アニメと呼ばれる映像を見ることによって、常識では理解の及ばない超人的能力を得ることにより、オタクは政府と渡り合ってきた。
だが300年の歴史は長く、両者は疲弊し、ついに政府は決断を下した。
『最終戦争』
政府側の持つ全勢力を上げて決行される予定の戦い、
政府にとって失敗は許されない、文字通り最後の戦い、
その作戦のための情報を集めるため、私はこの領地にやって来た。
早い話、私は政府から送られたスパイだ。
もちろんオタクにこの情報がバレてはいけない。
私の正体も、最終戦争のことも国家機密だ。
初めはどこかの牢屋で監守などから話を聞くつもりだった。
なにせ私は一般人、オタクとも縁はなく、完全地方民の女子高生だったのだから。
それなのに、神アニメは私を選んだ。
透明の剣と異常身体能力、それが私の能力だ。
リハビリの中に能力の詳細を調べる物もあったが、詳しくは分からなかった。
担当医曰く「全くの正体不明、手がかりは透明な剣だけ、それ以外が全く分からない。」だそうで、
彼は私の能力を仮に
『ネームレスソード』
と名付けた。
無名の剣、少し安直すぎる気もするが、正直名前はどうでもいい。
いずれ滅びるこの人種、私は余計な肩入れなどせず、ただ淡々と日々を生き延びれればそれでいい。
だが生き延びるためにはその地に適応しなければならない。
こんな言葉がある。
(郷に入っては郷に従え)
When in Rome, do as the Romans do
つまり私は日本からの逃亡者としてオタクを演じ続けるしかないのだ。
私の生きる道は、もうそれしか残されていない。
「・・・目的地まであと少し。最終確認をするわ。みんなよく聞いて頂戴。」
班長、理沙のその一言はいつもと変わらないトーンだ。
だが確実に、場の空気に緊張感が走り、私は自然と固唾を飲んだ。
「作戦はいつも通り。標的を捕捉し次第、両脇から紅とすももで攻める。私は正面から、出来るだけ全体を攻める。その隙に雨音は背後に回って攻撃が入れられそうなら遠慮なくぶちこんで。」
「了解。」
「りょーかぁい!」
「り、了解っ。」
「いい雨音?決して無茶はダメよ?確実に反撃を食らわないタイミングだけを狙って。わかったわね?」
「・・・わかった。」
最終確認で釘を刺され、同時に彼女の優しさも垣間見る事が出来た。
とても同い年とは思えない冷静さと適切な判断、おまけに性格の良さ。
彼女とは外界で会っていたなら良い友達になれたかもしれない。
でも、現実はそうはいかない。
過度に馴れ合うことは後に自分を傷つける事になりかねない。
心のなかに思いをとどめ大きく深呼吸をして前を見つめると、
視界には巨大なターミナルと広大な土地が入り込んできた。