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萌えよ 戦場~オタクの最終戦争(ラストウォーズ)~  作者: Kureo
ユニット・オブ・サード
12/42

拝謁せよ 神アニメ



警備の許可を受けた私たちは、まっすぐに室内への入り口へ向かった。


中に入り、理沙の後に続いて奥へと歩く。


展示場の中は閑散としていて、至るところにある穴や欠けた柱などが虫食いのように目立っていた。


「これが、東京国際展示場・・・」


この展示場のことは図鑑で見たことがあった。


昔はここで大規模なイベントが行われていたとか。


今はその姿は見る影もない。


「『旧 東京国際展示場』私たちも整備はするのだけれど、出来るだけ昔の姿を残す、という結論に至ったの。私たちの本当の意味での家のような場所よ。」

「家・・・?」

「かつてはここで、『コミックマーケット』皆からはコミケと呼ばれていたイベントが開催されていたの。」


恐らく図鑑で見た大規模なイベントの一つだろう。


かつてはここも国の保有する展示場だった。


「そのコミケっていうのはどんなイベントなの?」

「・・・私もコミケについては詳しく知らない。ただ、オタクが排斥される以前も、世間一般では軽蔑と哀れみの目を向けられることが多かった。ひっそりと影に生きてきたオタク達が年に一度、周りの目を気にせずに思い切り趣味を楽しむことができた場所・・・らしいわ。」


長い長い階段を歩く理沙の拳は強く静かに握られていた。


彼女も生きる時代が違えば、かつてのオタクのように楽しめたのだろうか、


もっと笑うことができたのだろうか。


それでも、世間から除け者にされ、その苦痛に耐えることになるのは、今も昔も変わらないことだった。


「私たちが欲しいのは、勝利でも、戦いでもないのに・・・ただほんの少しの理解、それだけが私たちの求めるものなの。」


階段の先には巨大なスクリーンが設置されていた。映画館のような、真新しい白いスクリーンだ。


「これは数年前に設置したばかりだから比較的新しいの。外観に似つかわないのがたまに傷だけど、遠くからでも画面を見ることができるわ。」

「遠くから見れるなら、ここに来る必要ないんじゃ。」

「神アニメの力は画面に近いほど濃くなるわ。何の能力も無いあなたが能力を得るためには、聖地巡礼が必要不可欠なの。」


理沙が端末を操作してスクリーンに何かが表示された。


日は地平線に落ち、辺りには夜の闇が広がりつつあったので画面が見にくいことはなかった。


「それじゃあ、二時間ほどで終わるから楽しんでね。」

「あれ、理沙は見ないの?」

「言ったでしょ、遠くからでも見れるって。それに、私は指令が入っちゃったから。」


彼女の手にした端末を見ると通知が大量に溜まっていた。


遠くの方で爆発音と獣の咆哮も聞こえてきた。


またあの化け物、アニマなのだろう。


「・・・」

「心配しないで。奴らはここには絶対に到達できないし、万が一が起きても私が守るから。」

「う、うん・・・」

「じゃあ、また後でね。」


そう言い残して彼女は駆け出し、脚に力を込めると一気に跳躍してビルの向こうへと消えた。


人とは思えないような常軌を逸した身体能力、


これもオタクの能力か。


「・・・要報告内容だね、これは。」


呟き、私は近くの椅子へ腰を下ろした。


正直なところ、能力などなくてもいい。


どうせ2年後には滅びる運命の種族達だ。


彼らがどれだけ苦悩しても、直接私には関係ないのだ。


だが、行動を円滑に進ませるためには能力があった方がいいだろう、


そのような気持ちで私は神アニメとやらの視聴を開始したのだった。




物語の舞台は近代の日本だった。


仲の良い6人の子供達の話で、それぞれが皆自分だけの個性を持っていた。


6人は自分達の生きた証を残そうとしていた。


いつか自分達が消えてなくなったとしても、確かにそこにいたと思わせるなにかを。


結論として、残したのがアニメだった。


それぞれの個性を生かしたそのアニメは素晴らしい出来で皆から称賛された。


しかし、6人は戦禍に巻き込まれた。


一人、また一人と死んでいく仲間を、ただ見ることしかできなかった。


最後に残された少女は考えた、


これを、自分達の生きた証を後世に残そうと。


そして、自分達のアニメを東京の奥深くに封印した。


いつか、見つけてもらえることを信じて。





気がつくと私は言葉を失っていた。


生まれて始めてみたのだ、アニメを、オタクの歴史を、彼らの魂を。


数百年の時を越えて語り継がれていく一つの物語、


その姿に、映像に、声に、音に、五感で感じることができる全てに心打たれた。


私の頬には無意識のうちに水滴が滴り落ちていた。


「これが、神アニメ・・・」


それは、まさしく神にふさわしい代物だった。


「どうだったかしら、初めてのアニメは?」


いつの間にか背後には理沙がいた。


辺りはもう真っ暗だ。


もう戦闘は終わったのだろうか。


「理沙・・・あれ、私なんで泣いて・・・」


理由はわからなかった。


ただ涙が止まらず、何度も目を擦った。


「すごかったでしょう?これが神アニメの力、私たちの心の拠り所よ。」

「ふん、滑稽だな理沙。我にはこいつが神アニメを理解できるとは到底思えんぞ。」


理沙の奥の柱の影から聞こえる声に思わず顔を向ける。


暗くてよく見えないが確かに誰かそこにいた。


こう、悪い癖よ。いい加減にその態度を直して。」

「ほう?我に指図とはいい身分だな。身の程を知れよ、理沙。」

「あなたこそ班長に対する態度じゃないわね。教育が必要かしら?」


中性的なその声は強気な対応で理沙に引けをとらなかった。


聞く限り同じ班のメンバーのようだが、何だか険悪な雰囲気だ。


仲裁に入った方がいいのだろうか。


「まぁまぁ二人とも、仲良くしなきゃだよぉ?イライラしてるならカルシウム取りなぁ?」


気の抜けるようなふわふわした声の主が二人の間に割って入った。


今度は明らかに女性、というよりは女児のような幼い声で、強気で中性的な声とはまるで対象のような声だった。


みどり、お前に関与の許可を与えたつもりは無いんだが?」

「碧じゃなくて『すもも』って呼んでよぉ!それに班員の仲裁に許可とか要らないでしょぉ?」

「二人ともそこまでにして。まだ戦闘は終わってないのよ。」


二人の声が一瞬にして途絶える。


理沙のその一声に二人は即座に反応したようだった。


先ほどまでの雰囲気と打って代わり、殺気と集中が滲み出ている。


恐るべき切り替えの早さとスイッチの入る速度だ。


「場所は分かるかしら?」

「東に1体、西と北に2体ずつ。親玉は北北西か、分散させているな。」

「どーするぅ?一度解散してそれぞれ潰そっかぁ?」

「それじゃあ町への被害は避けられないわ。親を潰して統率を絶つわよ。」

「「了解」」


ほんの数秒、最小限の会話で作戦と意思の疎通を計り、直ちに行動に移り出した。


理沙と紅と呼ばれた少年だろうか、二人は迷わずに北北西へと駆けていく。


置いていかれると思い、慌てて走ろうとする私の体はすぐに地面を蹴れなくなった。


「え、ちょ、ええ!?」

「ごめんねぇ、荒っぽいけどこれじゃないと追い付けないだろうからさぁ。理沙の指示なんだぁ、勘弁してねぇ。」


一瞬何が起こったのか分からなかった。


だが、すぐに自分の置かれた状況を理解する。


担がれているのだ、すももと呼ばれたこの女性に。


「じゃあいくよぉ・・・せぇのぉ!」


相変わらず気の抜けるような声で掛け声を出すと、彼女は重心を落とし次の瞬間、


「ジャーンプ!」


一気に跳躍した。


その高さは人の飛べる高さではなく、ビル一つを軽々と越える高さのものだった。


全身を浮遊感が襲い、パニック寸前だった。


「うわあああああっ!?落ちるうううう!!!」

「うわははっ!夜風が気持ちいいねぇ!」


ほぼ自由落下のような形で下降していく体、近づいてくる地面、衝突すると思った瞬間、


驚くほど軽やかに、衝撃などほとんど無いままに彼女は着地した。


「ここからは一本道だぁ。」

「・・・え?」


彼女は再び重心を落とすと、次は上にではなく横に加速した。


速度を上げ地面を蹴り、有り得ない勢いで走る。


それなのに、担がれている私にはほとんど衝撃が伝わらない。


どんな走り方と身体構造をしているんだ。



ものの数秒で理沙達の待つ場所に合流した。


「到着だよぉ、しっかり捕まってたねぇ。」


ゆっくりと下ろされたが、私自身はまだ速度酔いから覚めないでいた。


思わず大通りの真ん中で座り込んでしまうほどに。


見上げると道路沿いの街灯が3人のシルエットを照らしていた。


理沙の他に二人、どちらも私よりは年下のように見える。


「・・・情けない。あの程度の加速に耐えられないとは、さすがは下等種族だな。」

「紅、彼女も私たちと同じ人間よ。下等は撤回しなさい。」

「同じだと?能力も持たない外界出身に我等と同等の強さがあるとでも?」

「あなたは本当に人の話に聞く耳を持たないわね。こうなったら一度締め上げて・・・」

「あはは、理沙ぁ。締め上げるもいいけどさぁ、アニマのお出ましみたいだよぉ?」


3人の視線と意識がその一言で一瞬にして前方へ向けられる。


3人の視線を追うと、同じ道路の先に1対の赤い瞳が輝いていた。


目を引くのは巨大なたてがみ、そこから伸びる大木のような足に刀のような爪が街灯に怪しく輝く。


地鳴りを響かせ、ゆっくりとこちらに近づくそれは昼間見たものとは大きさが桁違いだった。


「ライオン・アニマだねぇ。しかも巨大種。」

「やはりこちらに来て正解だったな。こいつは並の兵士では歯が立たん。」

「見たところ単体のようね。追い詰められて親玉の登場ってところかしら。」


五メートルはある巨大な怪物を目の前にしても、3人に焦りや恐怖など一切見えないようだった。


むしろ目を離さず、冷静に敵を分析しているようにも見えた。


やがて両者の距離が百メートルほどになっただろうか。


アニマが足を止めた。


そして、爆発音にも似たような咆哮を上げ、たてがみを逆立てた。


その咆哮はアニマ周辺のガラスやガードレールを吹き飛ばすほどの勢いで、離れている場所でもその音は強烈過ぎて私は思わず耳を防いだ。


しかし、3人はやはり目を離していなかった。


むしろその咆哮を戦いの狼煙として各々構えているように見えた。


「作戦はいつも通りAで行くわ。・・・皆、死んだら怒るわよ。」

「それは杞憂に終わるだろうな。」

「理沙に怒られるのはやだなぁ。」


アニマが体に力を込め、牙を剥き出して駆け出した。


「作戦開始!!!」


それを合図に理沙以外の二人は左右に散開し、ビルの壁を蹴りアニマの側面へ回った。


「理沙っ、あんなに大きいの相手に二人で大丈夫なの!?」


目の前のアニマ、その体躯は昼間のものとは強さのレベルが違うだろう。


戦闘経験の無い私でもわかるほどの恐ろしさとオーラの様なもの、


それが空気を媒介として脳に危険信号を送っていた。


「・・・私も戦っているんだけど?」

「わ、分かってるよ!ていうか、そうじゃなくてあいつ、何かヤバくない?昼間のとは全然違うし・・・」


何が違う、具体的に言うなれば一撃の破壊力だ。


奴の通った道はひび割れ、鋪装が砕かれ、引きずられた尻尾の後が一本の道のように残っている。


それほどに奴の体は重く頑丈なのだ。


先行した二人は両側から相手の出方を探っている。


アニマが少年の方に狙いを定め、腕を振り下ろす。


瞬間的に隠れていた爪が姿を表し少年に襲いかかるが、少年は即座に後ろに跳躍し、これをかわす。


巨大な地鳴りと共に巻き上がる砂煙、少年の元いた場所は深いクレーター型の跡が出来ていた。


攻撃をはずしたアニマは次に標的を少女へ移し、大縄の如くしなる尻尾を振り回す。


しかし少女は身を屈めてそれを頭上でやり過ごす。


鈍く響く風切りの音は空振りを意味していたが、標的から反れた尻尾は電柱へ衝突し、それを容易くへし折った。


「おぉ、凄いねぇ!あんなの当たったら痛いだろぉなぁ。」

「ふん。まさかあの程度を避けられない可能性が万に一つでもあるというのか?」

「いやいやぁ、あんな遅い攻撃はさすがに避けるよぉ?紅だって、さっきの攻撃逃げすぎじゃなぁい?」

「減らず口を・・・次、来るぞッ!」

「はいよぉ!」


二人はアニマの猛攻を危なげなく避け続けていた。


それどころか、少しずつ確実に距離を詰めているようにも見える。


この二人も相当な手練れのようだった。


「心配ないわ、そろそろ二人とも能力を使うから。」

「やっぱり二人も能力を持ってるんだ。」

「ええ、目覚めたのは最近。でも使いこなせるようになれば私を軽く越えるはずよ。」


ただでさえ化け物呼ばわりされる理沙だ。


その理沙を軽く越えるなど、どんな化け物なのだ。


私は理沙の影から二人の戦いを見守っていた。


最初に動き出したのは少年、紅だった。


「いつまでも遊んでいるつもりはない。一気決めるぞ・・・『龍装』!!!」


右手を天高く掲げると、彼の腕は瞬く間に姿を変えていく。


肌は街灯の光に反射する鱗で覆われ、腕の太さも元の数倍の大きさへと変わり、指の一つ一つが爪先まで鋭利な獣の爪の様だった。


黒髪の一部が変色して緑がかった色になり、少し長さも増していた。


髪の隙間から見える瞳は龍の如くアニマを睨み付けていた。


アニマが爪で凪ぎ払おうとした瞬間、


奴の腕は少年の真横で動きを止めた。


龍の様な腕で少年がアニマの腕を掴んでいたのだ。


「・・・脆いな。」


そのまま手に力を込めるとアニマの腕は音を立てて崩れ、その痛みに悶えた。


「紅の能力は『龍似病』その身に宿った龍の力を扱うことが出来るの。あんまり使うと、龍の方に心を蝕まれるから多用は出来ないけどね。」

「り、龍って想像上の生き物じゃないの?」

「能力は、思ったように姿を変えて現れる。能力を授かるときに、彼が龍になりたいと願ったからあの能力を得ることができたのよ。それは、彼女も同じ。」


アニマが悶えたのはほんの数秒だった。


数秒で、標的を再び少女へ変更した。


「碧ッ!貴様もいい加減まともに戦え!」

「だからぁ、碧って呼ばないでってばぁ!!!」


少年の言葉に頬を膨らませて拗ねる少女、


その隙をめがけてアニマが飛びかかった。


「避けろ、碧ッ!!!」

「いい加減にしてよぉ!!!」


彼女が叫んだ。


同時に、


アニマが天高く飛ばされた。


突然の事態に、驚きと戸惑いを隠せない。


「なんで碧って呼ぶのぉ!?すももって呼んでよぉ!!」


子供のように地団駄を踏む彼女の手には、彼女の背丈を優に越える巨大な桃色のハンマーが握られていた。


そのハンマーを振り回し、駄々をこねるたびに周辺の道や標識、街路樹などが粉砕されていく。


「彼女が使うのは『ラブリー☆ハンマー』色合いや名前に騙されないで、ラブリーの欠片もない火力の大鎚だから。」

「うん、何となく察したよ。どんだけうち上がるの、あの化け物。」


ライオン・アニマが上空に飛び、月明かりに照らされる。


このまま落下を待つのかと思ったが、理沙が動き始めた。


「能力の体現には、個人差がある。その人と能力の相性もそうだけど、一番は思いの強さ。自分がどうなりたいのか、どうな風に生きたいのか。」


理沙が手にしたハンドガンを構える。


だが、アニマとの距離は軽くその射程を越えている。


「私は、『戦い続ける』いつか私達が、再びただの日本人に戻れる日まで・・・」


彼女は目をつむると軽く深呼吸をした。


すると、先程ミズミが車を消したときのような粒子となって、ハンドガンが弾けた。


そして、


その粒子は、新たな別の形となって再び集合した。


「なんなの、それ・・・?」


ハンドガンでないことは明確、圧倒的に大きさが違う。


やや太めのボディにそこからしなやかに伸びる銃口、全体的に細長いそのフォルムは狙撃銃のようだった。


「これが私の能力『バーリィバレット』この銃は私の思うがままに姿を変える。そして、この狙撃フォルムは・・・」


彼女は銃を持ち上げ、銃口を浮遊するアニマに向けた。


その視線はさながら、獲物を狩る獣・・・


「・・・瞬間火力なら、ダイヤモンドも貫通する。」


銃声と共に一直線に発射された鉛の弾丸は、まばたきの間にアニマへ到達し、その体躯を貫通した。


空中でもがいていた獣は、その動きを止め、やがて・・・


轟音を響かせ地面へ落下した。


「・・・わーい!楽勝だねぇ!」

「他愛ないな。百獣の王も所詮はこの程度か。」


理沙のもとに二人が合流し能力を解除した。


理沙もそれを見て武器をしまいかけたが、即座に武器を構え直すとアニマに向けた。


「・・・まだ終わってないわ。」

「えー?しぶといなぁ。」

「だがやつの息は風前の灯、放っておいても死ぬぞ?」

「命果てるその瞬間までオタクを狙うのがアニマ、それを忘れたの?」


理沙の言うとおり、アニマはその巨体を再び起こした。


一対の瞳に宿る殺気はまだ失せていない。


他の二人も各々の能力を再び発動させていた。


やがて、


アニマがゆっくりと口を開けると、


「グオオオオオオオオッ!!!」


今までとは比較になら無いほどの雄叫びをあげた。


そのあまりの勢いと音量に理沙までも思わず耳を塞いでしまった。


「こいつ・・・どこからこんな力が・・・!」

「うるさぁい・・・!」

「威嚇?いえ、そんな余裕の表れじゃないはず。なら、これは・・・?」


数十秒ほど続いた爆音のような雄叫びを終えると、アニマは糸が切れたかのように倒れ、そして動かなくなった。


「今のは、断末魔だったの・・・?」

「ええ、運の悪いことにね・・・」


理沙は狙撃銃をハンドガンに変形させると、私のすぐ横へ来た。


その目には、なぜか焦りの様子が見てとれた。


「二人とも!作戦をAからFに変更!護衛対象は雨音よッ!」


叫ぶように伝達すると、即座に二人は反応し、私に背を向けるようにして周りを囲んだ。


「貧弱な者でも護衛対象だからな。」

「えへへぇ、出来るだけ動いちゃダメだよ?」


二人にも余裕の表情は消えていた。


何かを恐れ、備えるような、


「ねえ、さっきのは断末魔だったんでしょ?ならもう敵は倒したんじゃ・・・」

「獣の断末魔は敵に対する最後の抵抗。自らの意思を仲間に引き継ぐための非常信号なの。つまり・・・」

「理沙、来たぞッ!!!」


紅の一声でその場に一気に緊張が走る。


建物の影から見えるのは紛れもないアニマだ。


その数は、一体や二体ではなかった。


「・・・多いな。」

「鳥類型のアニマもいるわ。完全に囲まれたみたいね。」

「ふええ、数が多くて気持ち悪いぃ。」


見た目は違えども皆アニマなのだ。


殺気のこもった目が四方八方からこちらに向かっている。


その中の一体、猪の姿をしたアニマが、文字通り猪突猛進の突進を繰り出す。


「うおっとと!」


しかし、その突進はすもものハンマーであっけなく返り討ちになる、


それは他のアニマも同様だった。


ほとんど一撃で絶命もしくは戦闘不能になっている。


個々の能力は大したことは無いようだ。


だが、数が多すぎる。


一体を倒しても間髪入れずにまた次が来る。


それを倒せばまた次が・・・


切れ目のない波状攻撃に三人は反撃に転じることができないようだった。


「・・・ちっ、鬱陶しいな。」

「でも両者の戦力は互角、持久戦に持ち込めば必ず勝てるわ・・・!」

「それまで持てばいいんだけどなぁ。」


確かに、防戦一方ではあるが一歩も引いていない。


三人に囲まれ守られている私のところに撃ち漏らしが来るようすもない。


三人はあえて持久戦に持ち込んでいるのだ。


三人の武器は例えるならほぼ無限の弾丸に違いはない、


片やアニマは復活もしない生物兵器、


耐久力はこちらが優位に立っている。


全て倒さずとも、援軍の到着を待てばそこから逃げることもできるだろう。


三人は戦闘が始まる前に暗黙の了解でこれを実行しているのだ。


勝てる・・・!


これなら、この状況を打破できる。


そう思っていたときだ。


「・・・!?すももっ、上ッ!!!」

「え?うわわわ!!」


理沙の声につられて私も上を見ると、何かのシルエットがこちらに落下していていた。


すももがそれをハンマーで凪ぎ払うとその物体は建物の壁にめり込んだ。


私はそれに見覚えがあった。


「これ、ミズミの車!?」


間違えようもなかった。


至るところが凹み、窓ガラスは割れ、ボンネットは崩壊しているが、それは紛れもない数時間前まで私が乗っていた車だった。


「ミズミ、移動班の娘か・・・」

「どうして空から車がぁ?」

「・・・まさか!?」


理沙は目の前の敵を一掃すると何かを探し始めた。


そして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると焦りを伴った声で呟いた。


「何てこと・・・どうして私は最初に確認しなかったのッ!ここは移動班の活動区画じゃない・・・!!!」


すぐにアニマの攻撃は再開され、


その直後、建物の向こう側で獣の遠吠えが聞こえた。


ちょうど、先程まで対峙していたライオン・アニマによく似たものだ。


「すぐ、すぐ確認に行こうよ!」

「この数じゃ無理だ!一瞬の隙は作れてもしばらく突破は出来そうにない!」

「じゃあ、誰か一人だけでも・・・!」

「今一人でも抜けられたらそこから陣形が崩れちゃうよぉ!」

「じゃあ、どうすれば・・・!」


理沙に狙撃を頼む?


いや、場所がわからない上に建物の向こうだ。


いくら超火力と言っても建物を貫通させれば絶命させるにはほど足りない。


一か八か降ってきた車を再び弾き返す?


いや、当たる確率が低すぎるしリスクも大きい。


なら・・・でも・・・


と、私の脳細胞はかつて無いほどの速度で思案を出しては却下するという事を繰り返していた。


そして、ひとつの結論にたどり着く。


この行動は恐ろしく危険な上に成功する可能性もゼロに近い。


だが、迷っている暇はない。たとえ相手がオタクでも受けた恩は返したい。


たとえこの身がどうなろうとも。


「理沙、紅、すもも!一瞬でいい、隙を作れる?一刻も早くミズミの様子を確認したいから!」

「何をするつもりなの?お願いだから危険な行動は・・・」

「大丈夫、皆に被害が及ぶ事はないから!戦闘を続けながらでいいから私の考えを聞いて!」


私は全員が聴き漏らすことがないように可能な限り声を出す。


そして、私の考えた作戦を全員に伝えることに成功した。


「━━━これが、今私の考え付く最善策だよ!」

「無茶を言うな、この波状攻撃のなか、そんな作業が成功するわけがない!」

「それに万一最初の行動に成功しても、そのあとの君のリスクが高すぎるよぉ!下手したら死んじゃうじゃん!」


二人からは否定的な意見だ。


承知の上だ。リスクの高い作戦を実行し、護衛対象である私を殺したとなればとんだ失態だろう。


でも、それでもやるしかないんだ。


「・・・私は3人の実力を信じてる。楽勝でしょ?あんなに大きいアニマに勝てたんだから。それに理沙に言われたから、『自分がどうなりたいのか、どんな風に生きたいのか』」


理沙は相変わらず苦渋の表情だ。


それでも構わず私は続けた。


「私は、助けたい!確かにここに来て日は浅い、でもお世話になった人を見殺しになんて出来ないっ!!」


無謀な事を言っている。滑稽だと笑われるかもしれない、呆れられるかもしれない、


でも不思議なことに胸の奥から湧いてくる何かが私に勇気をくれた。


こんな感覚は初めてだった。


「お願い理沙、私もあなたたちと戦いたい!私に戦わせて!」

「・・・わかったわ。」


理沙はハンドガンを狙撃銃に変化させ、眼前のアニマの額に押し当てた。


そして引き金を引くと放たれた弾丸が理沙の前方の敵を撃ち尽くした。


「作戦Fを一時中断、新規特別作戦を更新!」


再びハンドガンに持ち変えた理沙は、こちらを見るとうっすらと笑みを浮かべた。


「作戦名はそうね、『決意の少女作戦』って所かしら?」


それは第3班班長による作戦変更命令だった。




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