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萌えよ 戦場~オタクの最終戦争(ラストウォーズ)~  作者: Kureo
ユニット・オブ・サード
11/42

参拝せよ 聖地巡礼



原宿支部を出て車に揺られ数時間が経過した。


照りつける夏の日差しは少しずつ落ち、紅色に染まり始めていた。


後部座席に伝わる車の振動が私を眠りへ誘おうとしていた。


「雨音、もうすぐ着くわ。」


横に座っていた理沙が私の肩をさする。


眠い目を擦り、大きくあくびを一つ、


それほどまでに落ち着いた空間だった。


「ほんとに寝ちゃいそうだったよ。もういっそこのまま寝たかったな。」

「疲れているだろうから、眠ると起きないでしょう?まあ、その気持ちはわからなくもないけど。」


理沙も軽くあくびをしていた。


あくびをするときに手で口をおおう所作もそうだが、本当に上品な女の子だ。


同い年とはとても思えない。


「でしょ?私さ、車の心地いい揺れって大好きなんだよね。昔はよく両親の車に乗ってたっけ。やっぱり車は落ち着いて乗るものだよ。」

「いやいや、ホントその通りでヤンス。」


ハンドルを握る少女が私の独り言に相づちを打ってくれた。


私の位置から見える、くるりと巻いたショートカットの髪がふわふわと楽しそうに揺れている。


「うちらの班長は飛ばしすぎでヤンス。運転も景色も楽しんでこそのドライブでヤンス。」

「ごめんなさいね、ミズミ。夜型のあなたを無理矢理起こすはめになって。」

「いいんでヤンスよ。元はと言えばうちらの班長がトラウマレベルの暴走運転をするのがいけないんでヤンス。」


話から推測すると彼女、ミズミはミカの部下なのだろう。


上司より部下の方がよっぽど落ち着いていて常識があるのはどうかと思うが。


「オタク達にも、上下関係があるんですね。」

「いやいや、そんな堅苦しいものは基本無いでヤンスよ?」

「え?じゃあ、班長がどうとかっていうのは・・・」

「班長も班員も基本的には並列、対等の関係よ。身を縛るものは少ない方が自由に生きれるから。」

「じゃあ、班長の役割って何なんですか?」

「そうね、簡単に言うなら『班の個性を象徴した人』かしら。」

「個性を・・・?」


確かに今まで会った人は皆個性的だ。


美人の銃使い、暴走運転士のギャル、仲の良さそうな男性二人に語尾が特徴的な少女。


それぞれが濃すぎるほどの個性を持っていた。


「個性といっても、性格とかそういうのじゃないわ。要はどんな活躍の仕方が出来るかどうか。」

「班長を含めたうちら6班は主に乗り物の運転士連中で正式名称は運送交通担当6班、皆からは『移動の6班』って言われてるでヤンス。」

「なるほど、それでその象徴がミカさんなんですね。」


私は頷き、胸に手を当てた。


少しずつだが確実にオタクの情報を集めることができている。


成果は上々、と言ったところだろうか。


「ちなみに、もう気づいてるかもしれないでヤンスが、理沙も班長でヤンスよ。」

「ああ、さっき支部長室で言ってたような。3班だっけ?理沙の班はどんな人たちの集まりなの?」

「それは・・・」


彼女は何かを躊躇っているように見える。


班の内容が話したくないようなことなのだろうか。


「・・・理沙は自分の班の話をされるのがあまり好きじゃないでヤンスから、無理強いはしない方がいいでヤンスね。」

「そ、そっか。ごめんね、嫌なこと聞いちゃって。」

「・・・いえ、話すわ。いずれ知るようになることだし。遅かれ早かれだもの。」


理沙は大きく深呼吸をすると私に向き直った。


その瞳は凛として、でもどこか寂しげだった。


「私たち3班は数ある班の中で最も危険な任務を主としているの。名称は第一次戦闘防衛班。その任務は、最前線での戦闘。つまり常に死と隣り合わせなの。かつては数百人規模の班だったらしいわ。」

「そうだったんだ。でも、それだけ人数がいたらまとめるのも大変じゃ・・・」

「・・・」


私の言葉を聞いて理沙の顔が一瞬だが、明らかに曇った。


理沙は時折詰まりながらも、冷静に話し続けた。


「3班が数百人の戦闘団体だったのはかつての話。今は私を含めて3人しかいないわ。」

「さ、3人!?たったの3人で最前線で戦い続けてるの!?」

「それが、意外と成立してるんでヤンスよ。」


ミズミがドリンクホルダーの飲み物を一口飲むと話に入ってきた。


「最大の要因は何と言ってもそれぞれの戦闘力の高さでヤンス。一人一人が班長クラスの戦闘力をしているんでヤンス。その中でも群を抜いて強いのが理沙でヤンス。」

「大袈裟よ。私なんて、所詮ただの戦闘狂だわ。」

「しっかり自分を理解してるじゃないでヤンスか。」

「あの、理沙の強さってどのくらい何ですか・・・?」


私は知っておきたかった。


ミズミからも、そして支部長からも一目置かれているような彼女の強さを、


彼女の正体を知っておきたかった。


「・・・本人の前で言うのも気が引けるでヤンスが、率直な感想をいうと『化け物』そのものでヤンス。」

「化け物・・・」

「2年前、理沙がその強さを現し始めたのは中学生の頃でヤンス。日本政府の軍、一万人を一人で返り討ちにしたでヤンス。しかも、一人も殺さずに、でヤンス。」

「一万・・・!?」


2年前の軍、それは雨音もかつてニュースで目にしたことがあった。


過去最大の被害を負って帰還した軍、


その全員が戦闘不能の傷でも命に別状はなかった。


その原因が、今私の目の前にいる少女なのか。


「運が良かっただけよ。やつらが束にならずに散開して来てたら、私は負けていたわ。」

「一人も殺さなかったのはなにか意味があるの?」


私の疑問点はそこだ。


最終戦争という大掛かりな殲滅作戦を計画しているくらいだ。軍は当然オタクを生かしておく気はないのだろう。


命を狙われているのになぜ生かしたのか、


殺すことくらい造作もなかったはずだ。


「・・・別に私たちは、殺し合いがしたくて戦争をしてる訳じゃないから。ただ少しでいいから話を聞いてほしかった。それだけよ。」

「・・・」


かける言葉もなかった。


確かにオタクは身勝手だ。


3世紀前もオタクの暴動が発端らしい上に、東京とその周辺を占拠している。


だが、いくら犯罪者だからと言って、国も話の一つ聞かないのはどうなのだろうか。


事情や情状酌量の余地がもしかしたらあるかもしれないのに。


私はこの領地に来て、日本政府に若干の不信感を抱き始めていた。


「さてさてお二人さん。暗い話はそこまでにしとくでヤンス。見えてきたでヤンスよ。」


ミズミが声をかけ、車の窓を開けたので、顔を出して前方を見る。


微かに香る海の潮風の匂いと共に視界に写ったのは、


巨大な逆三角形の姿だった。


「あれが、聖地・・・?」

「ええ、あれが私たちの聖地、『旧 東京国際展示場』よ。」


入り口と思わしき場所から見たそれは圧巻の光景だった。


すると車が止まり、ミズミがドアのロックを開けた。


「ここからは一本道でヤンス。警備には話を通してるでヤンスから、すぐに入れると思うでヤンスよ。」

「やっぱりミズミも来れないんだね。」


ミカさんと同じく仕事だろうか。


小さいのによくやるものだ。


「いやいや、純粋にうちは入れないんでヤンス。何せ許可が降りてるのは雨音と理沙の二人だけでヤンスから。」

「入るのに許可がいるんだ?」

「何のためにわざわざ支部長室に行ったと思ってるの?許可を下せるのは支部長と一部の上層だけよ。」

「支部長って、あの人がですか?」


私の中に残る支部長というものは、


あの乱暴そうな男のアキさんだけだ。


私の支部長に対するイメージは今のところそのくらいしかない。


「あれは失敗だったわ。アキさんは別として、他の支部長はもっと落ち着きのある人達よ。まあ、あれはあれで需要が・・・」

「え?ごめん、最後の方聞き取れなかった。何て言ったの?」

「な、何でもないわっ!今のは忘れてちょうだい。」


顔をそらし、落ちつきなく指を動かす理沙。


支部長室でも似たような行動をとっていたような気がするが、また何か気に触るようなことを言ってしまったのだろうか。


「理沙、またこじらせてるでヤンスか?趣味の否定はマナー違反でヤンスが、仲間内でされるのは人によっては嫌がられるでヤンスよ?」

「・・・ごめんなさい、以後気を付けるわ。」

「前もそう言ってたでヤンス。」


しかし、二人の間では会話が成立していた。


前も、と言っている辺り私が原因ということではないようだ。


「コホン、じゃあ行くわよ雨音。」

「え!?ちょ、理沙!」

「ま、待つでヤンス!そのままじゃきっと・・・!」


理沙が車から降りるのを見て、私は慌てて車のドアを開け、舗装されたタイルの床を踏む。


「待ってってば・・・っ!?」


その瞬間だった。


経験したことのないレベルの頭痛に襲われた。


頭を強烈に締め付けるような痛み、


そのあまりの強さに倒れ込んでしまった。


「う・・・ぐっ・・・あああああ!!!」


痛い。


声を発そうにも、なぜか体に力が入らない。


手足も痺れてきた。


何なんだ、この痛みは。


「・・・やっぱり、拒絶は起こるわよね。」

「ま、まさか理沙、拒絶の事を話してなかったでヤンスか!?」

「ええ。着いてからで良いかなって。」

「何言ってるでヤンス!このままじゃ精神が壊されてしまうでヤンス!!!」

「分かってるわよ・・・」


二人の会話が酷く遠くに聞こえる。


拒絶って、何のこと?


わからない。それに今は増していくこの痛みと戦うので精一杯だ。


「理沙・・・た、助け・・・」


声にならない声を振り絞り彼女に助けを求める。


すると、それが分かっていたかのように彼女は目の前にしゃがみこんだ。


「これを持ちなさい。大丈夫、引き金は引けないから。」

「う・・・あ・・・・?」


痛みに耐える私の手に、彼女が何かを差し出した。


それを握ると、


瞬く間に身体中の痛みが引いていき、やがて消え去った。


「うう・・・今のは何・・・?」

「拒絶よ。あなたはこの地に来て間もないから、神アニメの発するオーラにやられたんでしょう。」


理沙に手を貸してもらい起き上がると、私は反対の手を見た。


自らの手でしっかりと、理沙から手渡された、その拳銃を握っていた。


・・・拳銃を?


「・・・うわあああっ!?」

「落ち着いて。さっきも言ったけど引き金は私以外引けないの。暴発することはないから、安心して。」

「え・・・?」


どうやら本当のようだ。


引き金は私が力を込めても固く動こうとしなかった。


どうやら素人が発砲して大惨事、という最悪の事態は免れたらしい。


「大丈夫でヤンスか?理沙の度の過ぎた天然は時に命取りでヤンスね。」

「はっ、そうだよ!何で教えてくれなかったの!めちゃくちゃ痛かったんですけど!?」

「だって、私たちの能力に触れていれば大丈夫だし、移動はミズミの車だからそこで言えば良いかなって。」

「本当、随所が適当でヤンスね・・・」


あまりの無計画な発言にミズミはため息をついていた。


戦闘に関しては頼もしそうだが、それ以外を理沙に任せるのは、少し危険かもしれない。


「でも、どうして降りた瞬間に痛みが来たんだろ。オーラ?に当てられたなら段々と痛くなるはずじゃ・・・」

「それも今言ったでしょ、私たちの能力に触れていれば、オーラに当てられる事もないって。」

「いやでも、車内で私、理沙の銃持ってなかったし・・・」

「・・・他に、なにか触れていたでしょう?」

「他に・・・?」


他に私が触れていたもの・・・?


服や髪止め、これは私が外から持ち込んだものだ。服に至っては制服。オタクに関係があるわけがない。


後はもう何もない。


改めて、私がどれだけ無謀な状態でここに来たのかを思い知らされただけだった。


・・・いや、あった。


一つだけ、私がずっと触れていたもの。


「車・・・」

「ご明察でヤンス。」


ミズミが可愛らしくウインクをすると指を鳴らした。


すると瞬く間に車が光りだし、やがて粒子となって消えていった。


目の前で起こる非科学的な現象に唖然とする。


「うちや班長の車は完全に能力でヤンス。アクセルやブレーキもほとんど飾りみたいな物でヤンスが、雰囲気ってのはうちらみたいな趣味の連中には意外と大事なんでヤンス。」


ミズミが手を差し出し空気をつかむと、先ほどと同じ場所に車は現れた。


「ちなみに聖地巡礼ってのは、この能力を授かるために行くっていうのが主な理由なんでヤンスよ。」

「わ、私が!?私、昨日まで外の世界にいたんだけど・・・」


私は生まれたときからこの地にいるわけではない。


オタクの能力の元が何かは知らないが、少なくとも理沙や他の皆よりは劣るはずだ。


「うーん、大丈夫だと思うでヤンスよ?どれだけ娯楽が少なくなったとはいえ趣味くらいはあると思うでヤンスが。」

「私、ほぼ無趣味なんだ。」

「じゃあ何か好きなことは?」

「気楽に生きることかな。」


私のあまりに生気のない私生活に、理沙とミズミは同時にため息をはいた。


仕方ないでしょ、なるがままに流されて生きてきたんだから。


「・・・そろそろうちは行くでヤンス。このまま放っておくのはスゴく不安でヤンスが。」

「たぶん大丈夫、何とかしてみるわ。」

「これほど頼りない理沙の返答は始めてでヤンスよ・・・」


もしかしなくても私今ディスられてないだろうか?


いや、だからって私にものすごい能力があるかといったらそうでもないわけで。


強いて言うなら少し運動神経がいいくらいの普通の女子高生だ。


「それじゃ、頑張るでヤンスよ。」

「はい。ありがとうございました。」


自分の仕事へ戻るミズミを見えなくなるまで見送り、私は改めて旧 東京国際展示場を見上げた。


「・・・」

「緊張しているの?」

「まあ、少しはね・・・」


理沙から渡された銃の効果もあって痛みなどはない。


ただ、


尋常ではないほどに胸がざわつく。


何かの圧が重くのし掛かるような感覚に、


冷や汗が頬を伝い、生唾を飲み込んだ。


「さあ、神様にご挨拶しましょうか。」

「う、うん。」


大きく息を吐いて、強く目を瞑った。


覚悟はできた。願わくば、裁きが下らないことを望んで。


私は理沙の後について神の住む領域へ一歩踏み出した。






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