十四
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ディスハイン家に俺たちがやって来てから、早6カ月の月日が経とうとしていた。
戦闘に対する技術はあるが、俺たちは育って来た環境があまりよくなかったので体力、体格共に劣るとして、ディスハイン家では訓練よりも雑用に使う時間の方が多かった。
それでも、体格をよくするために用意された食事を常に完食することで、この半年という短い期間で体つきや血色はみるみる内に良くなっていった。
特に目立つのが、フリオの姿だ。スラムから来たばかりの――牢屋から助け出したばかりのフリオの頬はコケ、髪はパサついて大よそまともな環境で育って来た人間だと思う人間はいないだろう。
しかし、今は違った。ふわふわとカールした髪は滑らかになり、頬も子供らしいふくらみを持っている。動きも、俺の知る全盛期には一歩劣るが、それでも近いうちに俺の知っているフリオは越えるだろう。
俺はと言うと、体格――胸板も少しずつ厚くなり筋肉が全体的についてきている。食事量が多くなったと共に、兵全体で行う訓練の他にティーダとの個人的な訓練があるので、フリオよりも筋肉が付いていると思う。
ヨウリは、メイドとして働くというよりアインの勧めにより、軍事関係の特に兵站を学ばせるために商人の家に出入りするようになった。
しかし、俺から離す訳にもいかないので商売に就かせず、商人としての勉強をしつつメイドとしての作法を学んでいる、といったほうが良いだろう。そこで問題となるのだが、魔王軍に襲われている未来であっても、なくなることがなかったイジメだ。
特にメイドは、互いに協力関係にありながらも働いている部署によって得るうま味が変わり、さらに上下の関係もあるのでイジメの温床となりやすい。
田舎の平民生まれ、さらに商人として勉強をしながらメイドの勉強もするという特殊な立場のヨウリはイジメの対象となりやすい。ここで過ごすようになってから半年経つが、今のところそういった話を聞くことはなかった。
ただこれは、俺たちが兵士として年齢にそぐわない能力をディスハイン家に見せているからだ。つまり、俺たちが躓いた瞬間に、ヨウリはイジメの対象となる。
まぁ、そうはいっても、現状のまま過ごすことが出来れば多少俺たちが躓いたとしても、すぐにイジメが始まることは無いだろう……。
★
「う~ん。この紅茶の香りって、本当に良いわねぇ~」
寒い季節となったが、ディスハイン家が持っているガラスで覆われた植物園は気温が高く、外は常緑樹以外寂しい色合いとなっているのに、この施設の中は春か秋か、といった草花が生えている。
そこの一角を陣取り紅茶の香りを楽しみ、味に舌鼓を打っているのは、アインの婚約者であるイストーカ様だ。高原の少女、といった感じの服を着て穏やかな表情で午後のティータイムを楽しんでいる姿は、戦場を駆けまわって来た俺たちでさえ気おくれしてしまう気品を放っている。
だが、それは彼女の本性を知らないからだ。
今の俺とフリオの任務は、イストーカ様の護衛だ。ディスハイン家の敷地内で、さらにイストーカ様の家であるガルスボン大公家とディスハイン家の兵士が植物園の外で見張りをしており、侍っているメイドや執事はイストーカ様が連れてきた者なので、護衛に俺たちが必要とはいえない。それどころか、出自不明の俺たちの方が危ない存在だ。
そんな状況で俺たちがイストーカ様の護衛をしているのは、俺たちが着ている服――軍服がアリル王子の召し物と同じだったからだ。
そのアリル王子とは、ここへ来てから2回しか会っていない。
その程度でしか会わない俺たちが、なぜアリル王子と同じ召し物を着用しているのか、というのも話題になる一端を買っている。風の噂で聞こえてくる夜会でも、俺たちの話題で溢れているそうだ。
普段であれば、戯れに孤児を拾ってきて良いことをした気分になった、程度で終わる話だったのだが、拾ってきた本人が、ある日突然、人が変わったように人材確保と伝手作りに尽力を始めるなど、今までの大人しかった性格では考えられなかったことを始めていたからだ。
他にも、未来が見えているかのように各地で起こるイザコザが反乱となる前に鎮め、公共工事の見直しをして工期、費用を抑えるという海千山千の大臣たちをも唸らす結果に導いている。
そんな王子が集めた子供――つまり俺たちのことが気になったイストーカ様はこうして時々、アインに会いに来てお茶を飲んでいくついでに俺たちの様子をみるようになった。
様子を見るといっても直接何をするという訳ではなく、こうして近くに侍らしているだけだが……。
「そういえば――」
お茶くみ係なんか自分が連れてきたメイドにやらせればいいのに、と考えていた矢先、その考えを見透かしたようなタイミングでイストーカ様が口を開いた。
「アリル第四王子様は、最近何かを探しているようだけど、みんな何か知らない?」
「自分には、分かりません」
「右に同じく」
俺もフリオも同じ回答をした。ちなみに、これは本当だ。
現在の最大の探し物は、暴虐の魔女なのは間違いない。しかし、それが見つからない今、カウセス王国に昔住んでいて今は旅に出ている献身の魔女は、その仲間に頼んで呼び戻してもらっている最中だ。
彼女が来ない事には暴虐の魔女にはたどり着けないので、俺たちは動けないでいる。そんな中で動いているアリル王子が何を考え、何を探しているのかは俺たちには分からない。
「そうなの。何かお手伝いできるのもがあると良いのですが……」
しゅん、と沈んだ様子で視線を落とすイストーカ様。その様子は心優しい少女のもので、嗜みある殿方であれば心打たれ、声をかけたくなる仕草だろう。
「もし――」
「ん?」
「もしも、本当にそのようにお考えでしたら、アイセンタ様に言伝を頼んではいかがでしょう? 私たちの名前を出してもらえれば、アリル王子も話くらいは聞いてくれるはずです」
イストーカ様の言葉に反応したのは、意外なことにフリオだった。彼も俺と同じくイストーカ様を苦手としているのに、なぜ突然反応したのか……?
「時間はかかるかもしれませんが、きっと来てくれると思います」
きっと、ではなく、絶対に来るだろう。多分、無理にでも時間を作って。
しかし、それよりも問題がある。たかが平民の分際で、フリオは王子に時間を作らせると言ったのだ。不敬罪に問われて吊るされる可能性だってある。
今のフリオの言葉を聞いた執事やメイド、護衛の兵士も目をむいて驚いている。柔和な笑みを浮かべていたイストーカ様ですら、その仮面が剥がれるくらい驚いた顔をしている。
フリオが言ったのは、それほどのことなのだ。
「フリオ、口が過ぎるぞ」
アリル王子は笑って済ますどころか、会いに来てくれると思う。しかし、目の前の貴族がそれをどう思うかはまた別だ。不興を買うどころの騒ぎではないだろう。
「…………」
イストーカ様の飲み護衛に狩り出されているのが相当心身に負担をかけているのか、フリオは俺からの注意にもムスッ、とした顔になるだけだった。
「ふふっ」
俺が注意したところで緊張が解けたのか、イストーカ様が不意に笑った。
焦りのない、普段通りの笑みで。
「みんな、とても仲が良いのですね。最近、アイセンタ様が私の相手をしてくださらないのですが、どうすればこちらを向いていただけるか一緒に考えていただけませんか?」
アリル王子の話からどうしてそちらへ話を持っていくのか。そもそも、アインとイストーカ様の仲は前ほどに変わっていない。
機微に疎い俺がただそう思っているだけなのかもしれないが、二人の間に格差があるということも含めてもともとそれほど近い間柄ではないと思う。
たぶん、俺たちがアインとイストーカ様の未来について話していなかったとしても、この距離感は変わらなかっただろう。
「恋愛に疎い子供の意見として聞き届けていただきたいのですが」
と、前置きをしてから再びフリオが口を開いた。
「アイセンタ様は、イストーカ様とつり合おうと奔走しているだけだと思います。イストーカ様を大切に思っているがための、この忙しさなんでしょう」
姿勢を崩すことなく、視線すら合わさずフリオは言い切った。その表情に曇りは無く、本心から言っているようだった。
しかし、フリオがそれを本心で言っている訳ではない。フリオとイストーカ様は絶対に相いれないのだから。
「まぁ、本当!? そうだとしたら、本当に嬉しい」
頬をほんのりと染めて、ニヤける口元を隠すように手で覆った。どこからどこまでが本心なのか分からない。本当に恐ろしい蛇だ。
「じゃぁ、みんなでアイセンタ様のご様子を見に行きませんか?」
馬鹿の一言のせいで、面倒くさいことになった。
2月11日 誤字脱字を修正しました。




