夜の■■■■
夜には、すべてがある。
すべては俺のためのもので、俺のためだけの舞台。
街灯は俺を照らすスポットライトで、月は空に開いた穴で、あそこから眼が覗いでいるのだ。
生暖かい夏の終わりの湿った風が流れるのを感じながら、不思議な程に無音の世界をこつこつと足音をたてて歩く。
見上げ多さきにある月の周りには、ぼんやりとした虹かかかっている。どことなく鈍いあの光は非常に煙のようで、とても淡くとても濃い。
「ぷぁ~~~」
思わず伸びをしながら間抜けな声を上げてあくびをする。
草木も眠る丑三つ時。住宅街を歩いているがどこにも明かりのついた家などありはしない。
月明かり以外の光源といえば、定期的に並ぶちらつく街灯と、ぶぶぅんと低い音を立てつづけるじめついた自動販売機くらいしかない。
何となくポケットに手を入れるとジャラジャラとした小銭の感触がある。ジュースくらいは買えるか。
電信柱の隣に立っている自動販売機に110円を入れて、フルーツオレを買う。突っ込んでとったクリーム色のスチール缶はじっとりと結露がついており冷たく手を濡らす。
ぷしゅと言う音を立てて、そのまま目的もなく飲みながら歩き続ける。甘すぎる。本当に甘すぎる。誰だこんなにも甘い味にしたのは。
喉に流れる冷たさによる清涼感を覚えながらも、思いのほか喉の渇きが癒されず、口内にどろりとまとわりつくような砂糖の粘つきが僅かな不快感を感じる。
一気に飲みきることもなく、缶を持ったままぶらぶらと歩いていると小さな公園が目に入った。
公園は別に誰がいると言う訳でもないのに、街灯によって一定の明るさを保たれている。
すでに虫の声には秋の物が混ざりはじめ、その暗い灰色の世界の中でたまに命の終わりが近づいているのかヂヂヂヂヂッと不規則に蝉が声を上げる。
この公園は灯りで照らされている。電気の光だ。金がかかっている。
でも誰もいない。つまりはこの灯りは全て俺のためにある。この、夜の世界ではすべてが俺のためにあるのだ。
小さな公園だ。ブランコと街灯と、バネでうよんうよんと動くバイク型と馬型遊具。シーソー、ベンチ、ゴミ箱。この程度のものしかない。
ベンチに座りながら、残りが少なくなり体温で微妙にぬるくなってきたフルーツオレを飲んでいると、公園の隅にふと黒い澱みがあるのに気づいた。
あれは、──り、か。夜の世界にはあのような人間が日常の中では感知できない物が出てくることもある。別に珍しいものではない。
ずるり、ずるりと音を立てて淀みの中から一本の腕が出てきて。片腕で身体を引きずるようにして半身に切れた黒く崩れかけの身体が出てきた。
面白いのは、服装が縦じまの阪神のユニフォームであったことだ。半身だけに阪神か。わはははは。
そんな俺の笑いを気にした様子もなく、黒く崩れた身体はずりずりと身体を引きずり俺に向かって近づいてくる。
あの程度のモノ、別に触れられたところで俺がどうなるとも思わないが。
だが良い、ちょうど退屈だったのだ。払ってしまおう。
そう思うと同時に俺は空き缶をゴミ箱に捨てて、バイク型遊具に跨る。
そのまま。
「ばるばるばるばる、ぶるるん!ぶるるんぶるるんぶるるんぶわああああああああーーーーん!」
そう言いながら猛烈な勢いで遊具のばねをしならされる。ぎっこんばったんぎっこんばったんと。我ながらなかなか強烈な前後移動だぜ。
「ぶるるるるるん、ばるばるばるばるぶいいいいいいいいーーーん!」
そんなふうに声を上げて遊具を動かす。その俺を前にして、例の崩れかかった黒い身体は固まった後、まるで霧散するかのように四方に散ってその存在を空気に溶かしていった。
「ぱるぱるぱるぱるぱるぱる、ぱぱぱぱーーーー! ぶいいいぃいいんぼええええーーーーん!」
存在が消えても俺は遊具で遊び続ける。
そのまま遊具を楽しんでいたのだが、不意に向かいの住宅の二階の窓が開いて男が顔を出した。
「おいコラ何時だと思ってやがる。うるせえぞおおおおおお!」
「あぁぁ、すいまっせへぇ~~~~~ん!」
そうやって返事をする。
そうだ。夜中なのだ。こんなことをしては近所迷惑になってしまう。
だが、無意味ではなかった。目の前の澱みから出てきた黒く崩れた──は俺の行動を前にその存在を溶かした。
そう。だから、これはきっと無駄ではない。だが。
そもそも。
あれはなんなのか。
もしかしたら、あんなものは、存在しないのではないか。
いや。俺が認識したのだから。それは、そこにあったのだ。
俺の頭の中に。