EP.005[悪鬼]
『準備はいいか?』
円形にならんだパーティメンバーの顔を順々に見渡し、問いかけた。
『いつでもいいぜ』
『……いいよ』
『出陣である!』
『おっけぃ』
『問題ないですっ!』
その返答に満足して、インベントリから例の物を取り出す。
ダンジョンキー〔悪鬼洞〕。
手に収まったそれは、白地に金色のラインが走っているカードだった。
それを、人差し指と中指に挟み、天高く掲げる。
『転移! 悪鬼洞!』
宣言すると、カードが光った後に視界がブラックアウトする。
次の瞬間、岩盤の隙間からゆったりと溶岩が流れ出している洞窟の入り口に立っていた。
ふと、気になり後ろを見ると溶岩の海であった。
後戻りは出来なそうだ。
『むむ、ここが〔悪鬼洞〕であるか』
「らしいな、あとパーティチャットやめていいぞ」
「うむ、心得た」
不思議と、溶岩に囲まれているというのに熱さはあまり感じない。
体感気温30度ほどだろうか?
「あんま暑くないねー」
「ですねー」
思考が被る。
まぁ、VRゲームとして一番気になるところだろう。
「では、出発進行である!」
ノワールの号令で移動を開始する。
MMOのインスタンスダンジョンの掟。
タンクより前にでない。
エネミーが基本的に最初に狙うのは、1番早く近づいてきたプレイヤーだ。
それをタンクに譲ることにより、ヘイト管理……つまりターゲットの維持を容易にする。
ノワールを先頭にして進んでいくと、5mほど先にレッドオーガによく似たエネミーが3体徘徊していた。
形容するならば、一回り小さくした灰色のレッドオーガだ。
見つめると、オーガと表示された。
むしろこちらが元だった。
「3……2……1……、征くぞ。<飛拳撃>」
カウントダウンの後、ノワールの鉄拳がオーガに向かって一直線になる。
本来ならば、リーチが圧倒的に足りない。
しかし、最も近くに居たオーガがまるで殴られたかのようによろめく。
否、殴られたのだ。オーガの頬に拳の跡がくっきりと浮かんでいる。
<飛拳撃>はその名のとおり、空気を媒体に拳を飛ばす一撃だ。
攻撃をされた怒りでノワールを攻撃対象に定めたオーガ3匹が寄ってくる。
あっという間にノワールが囲まれる。
えげつない勢いでノワールのHPが減ってゆく。
「ジーク、1匹のタゲをとって。クルーネはノワールのヒール中心に。フラックスはバフ焚きながらジークのヒール。アリエルは、俺と一緒に最初に殴ったオーガ」
HPの減り方から作戦を素早く決める。
思い思いの返事をしながら各員、自分の仕事を始めた。
「<魔装弾>」
オーガの頭部にフレア・デモニオで<魔装弾>を撃ち込む。
ノービス・ライフルとは比べ物にならない破裂音と共に、弾丸が飛び出してオーガの頭部に直撃する。1撃で7割ほどHPを削った。
「朽ちること無き物よ!」
溶岩が流れる中、この場に有るはずのない氷柱が宙に出現して、四方からオーガを襲う。
それは、残り3割をきっていたHPをゼロにするのに十分すぎる威力を誇っていた。
「ずいぶん短い呪文じゃないか」
アリエルに軽口を叩く。
ドヤ? と横に記したくなるような顔を浮かべながら返答される。
「レベル10で出た<詠唱短縮>っていうパッシブスキルよ」
そして同じ呪文を唱えて、もう1匹のオーガに氷柱をお見舞いしている。
5割ほどHPを削った。
スキルは必要ないかな? と思い、使わずにヘッドショットする。
しかし、1割ほど残してしまった。
「<獅子連撃>である!」
ノワールがスキル名を叫ぶと両手に獅子の顔が浮かんだ。
そのままオーガの腹下に潜り込み、左手でアッパーを繰り出す。
丁度、鳩尾に決まり、オーガの巨体が微かに浮く。
しかし、それだけでは収まらない。
前のめりになったオーガの後頭部にフリーの右手が振り下ろされる。
地に叩きつけられる直前にオーガはポリゴンの塊となり、消えて行った。
もう1匹は? とジークの方を見るとちょうど倒したところだった。
「おつかれ、雑魚は何とかなりそうだな」
「おう」
ジークが袖で額を拭いながら返事をする。
しっかしまー、と声を続ける。
「バフつえーな」
「えへへ、占星術の面目躍如ですっ」
なるほど。
2人でこちらとほぼ同時に倒せたのはバフのおかげだったか。
あともう一つ聞いておかねば。
「クルーネ、消費MPは?」
「……30%ぐらい」
ならば回復を待たずに進んでも問題ないだろう。
これがもし、50%以上使っているようなら自然回復を待たなければならないところだった。
「では、再進行である」
「おう、頼む」
再び歩き出したが、一度戦闘を経験したことにより、足が軽やかだ。
少し雑談をする。
「フラックスは西の方を開拓していたんだよな?」
「そうですー」
「ホーンラビットとブラッドバット以外になにか見かけたか?」
Wikiを見た限りではホーンラビットとブラッドバットしか確認できてない、という事だった。
もしや、フラックスならば……と思う。
「そうですねー……あ、1匹だけオークを見かけました」
「ほー、戦わなかったのか?」
「レベルが低いときに遭遇しちゃったので逃げちゃったんですよ」
オークか。北には出なかったなぁ。
などと考えていると再びオーガ3匹と遭遇した。
「さっきと同じように」
俺らは武器を抜きながら、再び戦闘に身をやつした。
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「いよいよボス部屋か」
2時間ほどインスタンスダンジョンを埋めて遂にボス部屋にたどり着いた。
道中、レッドオーガが現れて、フレア・デモニオじゃダメージが通らず少しだけ苦戦したりもしたがその程度だった。
また、宝箱を3つ見つけた。
それぞれ、HP回復ポーション、SP回復ポーション、MP回復ポーションが入っていた。
NPCショップのないこのゲームでは貴重品だろう。
匿名掲示板に書いてあった製法で安定供給されれば、話は変わってくるのだろうが。
HP回復ポーションとSP回復ポーションはノワールに、MP回復ポーションはクルーネに渡した。
タンクとヒーラーが最も重要だからな。
「各自全回復してるか確認」
そう通達してから自分のステータスも確認する。
よし、回復しているな。
見渡しても回復しきってない人はいないようだ。
「全滅したときの扱いが分からないから丁寧にいくぞ」
「「「「「おっけ」」」」」
そして、ノワールを先頭にボス部屋に足を踏み入れた。
全員が入り切ると、ボス部屋の扉が耳障りな音を鳴らしながら閉まる。
「後戻りはできないってか」
完全に閉まり切り、暗闇が場を支配した。
3秒ほどしてから部屋を囲むように並んでいた燭台に青白い炎がともり始めた。
つばを飲み込み、何があっても良いように備える。
全ての燭台に炎が灯った時、上空からソレは落ちてきた。
ソレと地がぶつかり、地震が起きる。
地の揺れと突風に耐えながら、引き起こした張本人を睨む。
『コォォオオオオオ……』
そこには、レッドオーガなんか比にならない大きさのオーガが口から蒸気を吐きながら佇んでいた。
体感で3,4倍になっている。
角は巻角ではなくなり、象の牙のような角が顔と平行になるように生えていた。
微かな知性を感じさせた腰巻は、赤を基調とした作りの美しい鎧になっている。
そして、ノワールより大きな槌を握りしめていた。
彼の頭上に名前とレベルにHPバーが現れる。
カイゼルオーガ Lv20
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HPバー4本かよッ!
しかもレベル20って……ッ!
「征く。<飛拳撃>」
ノワールのスキルが試合開始のゴングとなった。
「ドローっ! [♌]……ジークさんっ」
「おう、バフさんきゅ! <ベルセルク>!」
獅子座のバフ……STRとAGIに補正のバフを付けられたジークが、アタッカースタンスになる。
体から赤いオーラを放ちながら、ジークは翼を広げた。
そして、体重を前に乗せた瞬間に羽ばたき加速する。
バフのついたその速度は、目で追う事すら適わなかった。
「後ろ貰ったぜ、カイゼルオーガさんよ……<龍爪斬>」
身の丈ほどの大剣を構える。
しかし、それだけではない。
同じものが4本並行に浮いていた。
残虐な笑みを浮かべてジークが斬る。
それらはジークの大剣と連動して動き、スキル名の由来であろう、龍の物が振るわれた後のように5本の爪痕を残した。
カイゼルオーガがよろめく。
同時に一定ダメージによる一瞬の硬直が起きた。
その隙を見逃す道理はない。
「<魔装弾>」
照準を合わせていた為、寸分の狂いなくカイゼルオーガの眉間に直撃した。
しかし、発砲により生じた硝煙により、前が見えなくなってしまった。
「巡り巡る風の精霊よ、その力を今一度我に貸したまえ!」
隣から詠唱が聞こえてきた。
アリエルの<詠唱短縮>のレベルではまだ短縮できないレベルの魔法が発動する。
目の前に漂っていた硝煙すら巻き込み、竜巻となってカイゼルオーガを包み込んだ。
巨大な竜巻で完全に姿が見えなくなっていたが、すぐに視界が良好になった。
アリエルの魔法が未だに続いているのにだ。
ただ、槌を振るわれただけ。
それだけで竜巻は霧散した。
そして表示に目を疑う。
カイゼルオーガ Lv20
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