EP.001[始動]
喧騒が聞こえてくる。
見渡すと赤いレンガ造りの建物が建っている。
背後には噴水があり、VRならではのリアルさで存在感をアピールしていた。
次々とプレイヤーがログインしてきて喧騒は増すばかりだ。
心の底から湧き出でる興奮が身を焦がす。
遂に……遂にサービス開始だ!
地面を蹴ったり、壁を触ったりして感触を確かめる。
思わずニンマリと笑ってしまう。
そして唱える!
「ステータス……オープン!」
満足してステータス画面を閉じる。
そして感慨深く思い返す。
今日は、世界初のVRMMORPG≪Expedition Online≫のサービスイン初日だ。
先入観なく「この世界を楽しんでほしい」という運営チームの方針によりベータテストすら行われなかった。
しかし、ベータテストを行わなかったと言ってもその完成度は比類ない。
≪Expedition Online≫には、原子運動演算エンジン-Marchen-が搭載されており、このVR空間には原子レベルで物質が存在している。
また、その運動は現実の物とまったく同じ物だ。
つまり、現実で出来ることは≪Expedition Online≫でも出来るという事である。
しかしだからと言って、現実の物理法則に反することが出来ないわけではない。
それは、-Marche-への命令……言い換えれば『呪文』であり、引き起こせるその現象は魔法だ。
そして、≪Expedition Online≫にストーリークエストと呼ばれる物は存在しない。
プレイヤーは『冒険者』としてこの世界を旅するのがこのゲームの遊び方であり全てだ。……というのが、運営が発表した言葉だ。
サービス開始と共にこの世界は全てが解放されており、どこまでも行くことが出来る。
-Marchen-により、船を作れば浮くし、飛行機を作れば飛ぶ。
しかし、材料や作り方なども現実の物と同じであり、再現にどれほどの時間がかかるか分からない。
――なにが言いたいかというとこの世界は自由だ。
「おい、……ヘイズルか?」
感動していると、背後から野太い声が聞こえてきた。
振り返ってみると、翼を生やした大男が居た。
良く見ると、頭部からは強靭な2本の角が、腰からは巨大な尾が。
男は、炎のように赤い髪と、顎鬚を有し、メガネをかけていた。
「えっと……? どちらさま?」
「おぉい! ジークだよ! 前のゲームで一緒だった!」
「冗談冗談、分かってるよ。赤髪の龍人にするって言ってたもんな」
こいつとは≪Expedition Online≫を始める前から交流がある。
リア友っていう訳でもないんだがな。
単純に前にやってたネトゲで同じギルドだった、というだけだ。
「それで……ほんとにヘイズルか?」
「もちろん、なんならお前の恥ずかしい話をシャウトしてやろうか?」
「おおう、やめろやめろ。……しっかしなー。本当に女性アバターにしたのか」
ジークの指摘を受けて近くの建物のガラスに姿を映してみる。
身長は150cmほど――キャラメイクでは147cmに設定した。
金髪の髪が尻まで伸びており、ウェーブしている。
顔は現実では見たことないほどの可愛さだ。
その顔の横からチョコン、と尖った耳が伸びている。
体型はすらっとしており、突出して太い部分もない。
……有体に言えば貧乳である。
白い肌は水分を含んでおり、つるつるぷにぷにだ。
「おー、キャラメイクに1週間かけた甲斐はあった。かわいいな俺!」
「はー……コネで流通に乗った段階でソフトを買って、オフラインキャラメイクをしてたって連絡は貰ったがねぇ……」
胡乱な目でジークが見つめてくる。
そうだ、このVRMMOを楽しみにするあまりに工場から出荷された時点で入手した。
もちろん、入手したところでサーバー自体は開いていないのでキャラメイクしかできなかったが。
だが、そのキャラメイクが大事なのだ。この世界での分身だ。妥協なんか出来るわけがない。
「まぁ……いいけどよ。じゃあアリエルとクルーネとノワールを待たせてるし合流しようぜ」
そう言ってジークが歩き出したから横について共に歩みを進める。
いまは、この世界を動けることが楽しく、きょろきょろとあたりを見渡す。
「うーん、キャラクリの自由度の割には可愛い子あんまいないな?」
男女比で言えば女性の方が圧倒的に多いが、その顔はあまりかわいくない。
もちろん現実に換算すればアイドルグループ並みのかわいさではあるのだが……。
「お前みたいにソフトを早く手に入れることも出来なければ、お前みたいにずっとキャラクリばっかりする事も出来ねーんだよ」
「そんなもんか?」
見る物が全て新鮮で、目移りしながら数分あるくと『始まりの街』の北門に着いた。
その横に2人の女性と1人の男性……? がいた。
「その金髪エルフがヘイズルー?」
獣耳を生やした茶髪の165cmほどの女性が声をあげる。
「そういうお前は……アリエルか? ……種族は――」
「あったりー! 種族は狐の獣人だよ!」
そう言って尻をこちらに向けると可愛らしいもふもふの尻尾が姿を現した。
そうしてまた姿を戻して胸を張ると大きな胸が小さく揺れた。
……大きい胸に興味はないんだ。
「……やあ」
アリエルの背後から、水色の髪を揺らした少女が姿を見える。
その髪は肩に少しかかる程度の……ミディアムロングというのだろうか?
「クルーネか……ならその黒い鉄の塊がノワールか」
「……そう……ちなみに私の種族は――」
「ワッハッハ。吾輩の姿を看破するとは流石ギルドマスターだな!」
クルーネの言葉を遮って黒い物が、ガシャンガシャンと音を立てて寄ってきた。
それは、鎧……という話ではなく、有体に言えば……ロボットだった。
「吾輩は……鉄巨人である!」
「あー、うん。せやな」
正直、引いていた。その勢いに。
「ノワールは放っておいて……この世界を楽しもうじゃないか」
ジークがそう言って流れを仕切る。
心の底からその言葉に同意して叫ぶ。
「さぁ、待っていろよ……最も早くこの世界のすべてを見てやるッ!」
……。
「……どったの」
変人を見るかのような目でみんなから見られた。
「んじゃまぁ……攻略に向かうか、まずは……」
「ギルドを作ろう」
ジークの言葉を遮り宣言する。
「りょーかいー」
「うむ、ギルド-アドヴィンt――」
「あ、いや、ギルドネームは変えるぞ」
ノワールが勢いよく叫ぶのを途中で止める。
「話し合っただろう、前のギルドネームの名前は有名すぎるから捨てようってよぉ」
「……その通り」
ジークとクルーネの援護もありノワールにも正確に伝わる。
「そうであったな!」
「まーまー、じゃーギルド申請はー……どうするの? NPCとかっていたっけ?」
「……NPCは居ない」
そう、クルーネの言う通りこの世界にはNPCは1人も居ない。
この世界はプレイヤーで形作ってくれという事らしい。
「メニューから申請できるさ」
そう言ってメニューを呼び出し、コミュニケーション欄からギルド設立を呼び出す。
すると目の前に羊皮紙のようなものが現れた。
よく見ると設定欄がある。
「ほい、ギルドメンバー欄に記入してくれ」
そう言って各員に回す。
全員、記入し終えて自分のもとに戻ってきた。
そうして、全ての記入欄を埋めた。
瞬間、電子音が脳内に響く。
ギルドが設立された旨のメッセージが届いた。
「――さぁ、旅立とうか!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Guild-Name
┗[Win-TIGER]
Guild-City
┗[Null]
Guild-Master
┗[HAZEL]
Guild-Members
┣[Sieg]
┣[Grune]
┣[Arielle]
┗[Noir]
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~