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ハシブト君

作者: 守徳

ハシブト君


ゴミ置き場を荒らすとか、大変ずうずうしくてムカつくと世間で嫌われもんのカラスですが、実は結構お調子者で、にくめない奴なんですよ。

 よくみかけるのは、すこし体が大きくて、口ばしの曲がっているのが、ハシブトカラスで、ひとまわり小さくて、口ばしのまっすぐなのがハシボソカラスです。他にも種類はありますが、この二つをよくみかけます。ハシブトカラスは森にいたのが都会にも適応して、ビル街へも生活圏をひろげてきました。ハシボソカラスは農村などに多く、街ではあまりみかけません。研究者によるとスズメ、やツバメと違ってカラスという鳥はいないそうで「あっ、カラス」というと「何ガラス? ブト? ボソ?」と聞きなおされるそうです。

 そんなハシブトカラス=ハシブト君のお話です。


 子育てをしない単独カラスのハシブト君は一日中遊んで暮らしているようなもので、たとえばこんなものです。

 朝起きると仲間と連れ立って、ゴミ集積所へと向かいます。人間にとってはゴミでもハシブト君たちにはごちそうの山で、そこから生ゴミを引っ張り出して食べているのです。今日は魚にしようか、肉にしようかと迷っているようなものです。鳥のから揚げなど、共食いになりますが大好物です。カラスはだいたい何でも食べる雑食性ですが、脂物は好きで目がありません。目が在りませんというより、むしろ眼しかないのです。カラスは臭いには敏感ではないのでもっぱら目で見てさがしています。そして、茶色いもの赤いものをみつけてゴミ袋から引っ張り出すと言っていいでしょう。

 たらふく食べ終わると、あとは仲間であるプー太郎たちと追いかけっこをしたり、池に泳にいったりと好き勝手に遊んでいます。営巣といって、ペアを組んで子育てするようなカラスとはちがって、単独のカラスは、エサを雛に運ぶ必要もないし、テリトリーに侵入してくる他のカラスに目を光らせることもないので、一日のんびり遊んで、夜になって疲れたら森のねぐらに帰る、都会でも公園の木々などに止まって生活をしています。まあ、遊人なんで、いまさら苦労することもあるまいと営巣をしない、これらの単独カラスは毎日を楽しくすごしていました。

 大阪の郊外といっても、新しい家が立ちならんで森もある住宅地のゴミ集積所に向かいました。

 ハシボソ君たちが、ゴミ袋から食物を引っ張り出しているのを上空から見定めてハシブト君たちが降り立ちました。

ブト「オラ、オラ、どけ、どけ」

ボソ「乱暴はやめてください」

ブト「お前、なんか文句あんのか」

ボソ「毎日毎日いいかげんにしろよ。俺たちが見つけたんじゃないか」

ブト「うるせいな。お前たちのみつけたものはオレのもの、オレの見つけたものはオレのものじゃないか」

 ハシボソ君へ体当たりして追い払ってしまいました。

 ハシブト君はハシボソ君のみつけたマヨネーズのチューブを横取りして穴をあけてうまそうにチューチュー吸いだしました。ハシブト君はマヨラーなのです。

 食事を終えたハシブト君たちは、追いかけっこをはじめました。

ブトA「さあ、ついてこいよ、空中戦だ」

ブトB「待って、待って」

ブトA「待つわけないやろ。ケツから突進」

ブトB「ケツはやめろ。ケツはやめろよな」

 ブトBが地上の植え込みに首を突っ込みました。

ブトA「バカめ、頭突っ込んでも尻が見えてるぞ」

 ブトBの尻に一撃をあびせました。

ブトB「ギヤー、グワアー」

ブトC「これはチャンス」

 ブトCはブトAに加担してブトBをやっつける。

 これはカラス達だから出来ることで、猛禽類の鷹だったりすると、戦闘能力はもっと高くて、空中で止まったかと思うと身をひるがえすことができるので、全く勝ち目もなく、地上に降り立つことすらできません。プロペラ戦闘機とジェット戦闘機ぐらいのちがいがあります。

 一方、追い払われたハシボソ君たちが話し合っていました。

ボソ1「こう毎日、毎日追い払われているようではどうにもならんな」

ボソ2「でも、そんなこと言っても、あの巨体で迫られたらどうしようもないって」

ボソ3「まあ、オレたちに出来ることは地上を飛び跳ねて逃げることしかできないね」

ボソ1「そうさ、あいつらは四歩ぐらいしかあるけないんだから。オレたちは十歩はいけるからな」

ボソ2「でも、逃げるだけではどうしようもない。また、ワタリカラスの親分にでも相談してみてはどうかな」

ボソ3「そうだ。それがいい。こんど渡ってきたときにでも相談しよう」

 ハシボソ君たちは、一族の中でも一番大きな体をしているワタリカラスの親分が渡ってきたときに相談しました。

ボソ「親分、ハシブトたちがいつもエサ場で、僕たちの獲物を横取りするので困っているんですが」

ワタリ「またかいな。去年もそんなこと言っていたな」

ボソ「毎年のことですが、今年もハシブトの奴に意見してほしいんです」

ワタリ「よし、それじゃあ森にでも行ってみるか」

 ワタリカラスの親分は、ハシブト君たちが休んでいる森の木に向かいました。

ワタリ「ハシモト君」

 はっと、ハシブト君は振り向きました。

ワタリ「維新のハシモト君じゃないの?」

ブト「ハァ?」

ワタリ「いや、すまん、すまん、ちょっとオチョクッタだけだよ。そう怖い顔をするな」

 ワタリの親分は大きな体に似ず、おちゃめなカラスで、ダジャレを飛ばすのが大好きなのです。

ワタリ「また、ハシボソ君たちをいじめているらしいな。何度言ったらわかるんだ。なぜ、いじめるんだ」

ブト「なぜって、暇だからさ。それにおもしろいし。ちょっとからかうと本気になって怒ってくるし、それだけ」

 ハシブト君は悪びれることもなく、そうすました。

ワタリ「いつも、いつもうまくいくとは限らないんだぞ。いまに罰があたるぞ」

 ワタリカラスの親分の意見にも開き直っているハシブト君でした。

 一方、ハシボソ君たちはハシブト君たちとは別に、スーパーマーケットの親父にも苦しめられていました。駐車場でエサを求めてピョン、ピョンはねていたら、モノは投げつけられるし、『大売出し』と書かれた旗竿で追いかけられるので、困っていました。

ボソ1「危ねえな、あいつ。なんとかならないかなあ」

ボソ2「あいつが一番危ないよ」

 そんな話をしている電柱へハシブト君が聞きつけてやってきました。

ブト「どうした? シケタ顔して」

ボソ1「おっ、ハシブト君。いいところへ来てくれた。あのスーパーの親父なんとかならないかなあ」

ブト「また、スーパーの親父が悪さするのか」

 自分のことを棚にあげて、親父の悪口を言うハシブト君でした。

ボソ1「ハシブト、くーん。何かいい手はないかなあ」

ボソ2「ハシブト君なら、なにかいい知恵を持っていると思うんだけど」

ブト「ないわけじゃないけど、きわめて危ない。ここは一番やり返すしかないんじゃないかい」

ボソ1「どうやるん?」

ブト「親父の頭にケリをいれてやるんだよ」

ボソ1「えっえ、そんな危ないことできませんよ。捕まったら八つ裂きにされる」

ブト「じゃあしかたがないな。このままの状態が続くとおもった方がいい」

ボソ1「そんなあ」

ボソ2「でも、ケリをいれるなんてやったことがないから」

ブト「オレたちはいつも仲間内で練習しているから簡単なことさ」

 ハシブト君は自慢していました。

ボソ1「じゃ、ハシブト君にお願いしようっかな」

 ハシボソ君たちがおだてます。ますますいい気になったハシブト君は言いました。

ブト「よし、そしたら、いっちょうやったるか」

 そう言うと腕まくりをして(腕はありませんが)、電柱を飛び立ちました。そして、駐車場で掃除をしているグリーンの帽子を被ったスーパーの親父めがけて、急降下して、タッチアンドゴウを試みました。

 ところが、帽子をつかんだところで、左脚が何かにひっぱられました。そうすると、飛び上がれません。左脚にピアノ線が深く食い込んでいたのです。

親父「わっはっは。バカカラスめ、ワナにはまったな」

 親父は、ピアノ線を緩めようとしません。ぐいぐいと左脚は締め付けられ、ハシブト君はもうパニック状態になりました。

ブト「グァー、グァー」

親父「このいたずらものめ、思い知れ」

 スーパーの親父は、そのまま引きずっていって、鉄の手すりに縛り付けました。ハシブト君は、飛び上がろうとするのですが、五十センチほど飛び上がると引っ張られて落ちるということを繰り返していました。

 力つきて手すりに逆さ吊りの状態でいるところへ、スーパーの親父が旗竿で、しこたま殴りつけてきました。

ブト「あかん、もうあかん!」

 ついに、ぶら下がったまま、ハシブト君は力がつきてしまいました。

 遠くの電柱から、ハシボソ君や、ハシブト君の仲間たちが不安そうな顔をして見つめていました。

 ハシブト君は羽を折られそうになり、口ばしは上下が食い違ってしまいました。目のまわりは赤くはれあがり、全身が痛みます。

 それから、スーパーの親父は〈いたずらカラス〉と書いた紙をもってきて、手すりにはりつけました。

 道行く人々がコソコソと言い合っています。

ブト「誰でもいいから助けてくれ」

 そう、カーカーと鳴いてみましたが誰も遠巻きに通り過ぎていくだけで、指をさすものもいました。

 中年の太ったスーパーの親父は笑いました。

親父「これだけ、みせしめにしたら、他のカラスもおじけずいて悪さしないだろう」

 

 日も暮れてきたころ、ほぼ意識の失いかけているハシブト君のそばにワタリカラスの親分の声が届きました。

ワタリ「おい、ハシブトだいじょうぶか」

ブト「あっ、親分、なんとか助けてください。もう頭に血が上って、どうにもいけませんや」

ワタリ「じっとしていろ。すきをみてピアノ線を切ってやるから」

ブト「お願いします。人の通りが少なくなってからでいいですから」

 黄昏のせまるころもう一度親分がやってきました。

ワタリ「おい、おまえもうこんな無茶をするんじゃないぞ、わかったか」

ブト「ええ、もうしません」

ワタリ「そうかわかったな。それじゃピアノ線を切ってやろう」

 そういうとワタリカラスの親分はその鋭い口ばしでピアノ線を切ってくれました。

 ハシブト君は急に元気をとりもどして、飛び立ちました。うれしそうに「カー」と鳴いていちもくさんにねぐらの森をめざして飛んでいきました。

 もどってきたハシブト君にみんながかけよりました。

ブトB「よかったな。よかったな」

ブトC「助かりましたね。一事はどうなるかと思った」

ブトD「さすがハシブト君、『運』をもっている」

 だれもがほめそやして、肩をたたきあって喜びました。そしてワタリカラスの親分にお礼をいいました。

 逃げ帰ったもののハシブト君は満身創痍で、左脚は完全に折れていました。また、片目はつぶれ羽は血だらけでした。動けないハシブト君にみんなが食べ物を運んでやり、世話をしました。

ブト「悪いな。いつも運んでもらって」

ブトB「そんなことないよ。勇敢にスーパーの親父と戦ってくれたんだから」

ブト「そうかい」

そこへハシボソ君たちがやってきました。

ボソ1「僕たちがお願いして、ひどいことになってしまってすまない」

ブト「いやー、オレが気をつけなかったのがいけなかったのさ」

ボソ2「そのかわりといえばなんだけれど、これからはエサ場にきたら手助けするよ。なんでも言ってほしい。これは痛み止めの軟膏だけれど、使ってほしい。僕たちの英雄だから」

 やっと傷の癒えたハシブト君だが、やはり片足ではうまく枝に止まれないし、着地しても食べ物まで歩くことができない。そこでみんなに助けてもらって生きていくことができました。

 一年が過ぎて、またワタリカラスの親分が立ち寄りました。

ワタリ「おお、ハシブトやないか。どうしたんや? 真っ白になって」

ブト「へえ、痛み止めを全身に塗っていたらこうなりました」

ワタリ「えっ、それ日焼け止めとちがうんか」

ブト「どうりで効かんとおもた」

ワタリ「かわいそうにな。みんなにいじめられてるんか。がんばって、生き抜くんやで」

ブト「ハッ、シブトく生きております」


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