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密かなひよ子



 バイクを停めた場所まで駆けもどり、やっとこさ人心地がつく。


「なんだあいつ。思いっきり問題児じゃねえか」


 家から急いで出てきたので額にうっすらと汗をかいていた。

 それを上着の袖でぬぐって、深くため息をつく。


「とんでもねえヤツだな。あやうくケガをさせられるところだったぜ」

「いきなり飛び込んできて、びっくりしたね……」

「まったくだ。茉夜ってキレるといつもあんな具合なのか?」


 なんだかムカムカしてきたため、腰に手をおいて玄関を見やった。

 するとめがね少女が小声で話しだす。


「一度先生が授業中に……えと、あの……」

「ん? どうした」

「前にこんなことがあったの」


 一言添えてから、たどたどしく、つっかえつっかえ話しだした。


 そして、


「――へえ。そんな出来事があったのか」


 萌奈美は微苦笑を浮かべる。


 話をまとめると、ある日の授業中、機嫌のわるかった男の教師がいた。

 名指しした生徒がうまく回答できなかったことに腹を立て、起立させた状態で荒々しく説教をはじめた。


 長説教のつらい言葉に女子生徒は顔をうつむけ涙をこらえていたらしい。

 そんな様子を見かねた茉夜が、急に椅子を持ち上げ、イライラと弁舌をふるう教師めがけて思いっきり投げつけたという。


「それでどうなったんだ?」


 教師に暴力をふるえばへたすると退学だろう。


 しかし生活指導室に呼び出された茉夜は、校長も交えて話し合った結果、三日間の停学だけで済んだらしい。

 教師側にも問題があったようで、そのへんを考慮しての処分になったとか。


「なるほどなぁ。あいつってキレたら後先考えずに暴れるタイプかな」

「たまに他校の生徒に絡まれて、けんかしてるみたい……」


 萌奈美は争い事を好まないらしく、目におびえの色が浮かんでいる。


「逃げりゃいいのに、いちいち売られたケンカを買ってそうだな」

「まだ学校に知られてないけど、そのうち……」

「ハデにやってりゃいつか知れるだろ。しまいに退学になるんじゃないの、あいつ」


 とりあえずそれなりの危険人物だと判断することができた。

 まさかもう一度家にもどって事情を訊きだし、説得にあたるのはとてもじゃないができない。

 よって今日のところはさっさと帰ってサツキさんに報告しようと思う。


 萌奈美にその旨を話すと、彼女は心残りな表情で家を見つめ、仕方なさそうにうなずいてくれた。


 二人でヘルメットをかぶり、バイクに乗って、さあ発進しようかとクラッチを繋いだ時。

 玄関の引き戸がガラガラと開いた。

 マヤ母が手に何かを携えて姿を見せる。


 近寄ってくる母親を見つつ、おれはメットのシールドを上げた。


「どうかしましたか?」


 まさか茉夜が怒り心頭で猛威をふるい続け、手が付けられなくなったから救済をもとめに来たとでもいうのだろうか。


 しかしおれの心配は杞憂だったようで、提げた袋を萌奈美に持たせた。


「せっかく来たんだから、おみやげ。あとでお店のみんなで食べてね」


 中身をのぞけば、いろんな種類のお菓子がたくさん詰め込まれていた。

 母親は、「この前のお返しね」と、にっこり笑う。


 お返し、というのがどんな意味かわからなかったので訊いてみた。

 するとマヤ母はエプロンのポッケから紙のようなものを取りだす。


「これ。あの子のアルバイト先の衣装を洗おうとしたとき、見つけたの」


 見ればそれは、丁寧に折りたたまれた和菓子の包み紙だった。


「茉夜が話していたのよ。お客さんのオートバイを修理したら、お礼にくれたって。それってあなたのことよね?」


 四角に折られたひよこまんじゅうの包み紙――。


 おれは心当たりがあるので、こくりとうなずく。


 でもどうしてそれを渡したのが、おれだと知っているのだろう。

 そのことを訊ねると、母はうれしそうに答える。


「わたしにもおすそ分けしてくれてね。普段男の子のことなんて褒めないのに、楽しそうに話すから覚えていたのよ。あなたの特徴も教えてくれたわ」

「そんなことがあったんですか。っていうか、お礼の品にひよこまんじゅうを選んでよかったのかな」


 おれはメットを脱いで頭をかく。


「あの子、和菓子も好きなの。お店の人に半分渡して、残りを持ち帰ってね……。わたしと二人でお茶請けに美味しくいただいたのよ。あなたのことを話題にして」

「おれのことなんて話さないように見えるのに、ちょっと意外だな」


 どうやらあいつは母親が相手なら素直な性格になれるようだ。

 できればおれらにも同じように接してもらいたいところ。


 母親は、包み紙を大事そうにポッケにもどした。


「茉夜って不器用で短気で暴れん坊なところがあるけど、そんなに悪い子じゃないから嫌いにならないでね」


 エプロンの前で指を組み、屈託のない笑顔でそう話す。

 自分が育てた娘だから、それだけ大切に想っているのだろう。


 おれは心がなごみ、萌奈美と顔を見合わせた。

 そして穏やかな口調で話す母親に、また視線を向ける。


「それにね――」


 だが言葉の途中、なぜか息が詰まったように口を閉じた。

 というか顔色がよくない。

 貧血みたいに青白くなったかと思うと、腰を落としてうつむいてしまう。


「ちょ、だいじょうぶですか?」

「うん。平気……」


 苦しそうに胸をおさえ、浅い呼吸をくり返している。


 だんだんつらそうな感じが増してきた。

 おれはすぐにスタンドをかけてバイクから降りた。

 萌奈美があわてていたから肩を貸して降ろしてやった。

 母親は地面に倒れるみたいにして手をつける。


「どこか具合がわるいんですか。お母さん!」

「そ、そんなことないわよ。ちょっと座っていれば治るから」


 おれは尋常ならざるものを感じた。 


「救急車を呼びますから、そのままじっとしていてください」

「……」


 顔をそむけて、こっちに表情を見せないようにしている母親の姿が痛ましい。

 こごめた背中を上下させて呼吸困難におちいった様子。

 萌奈美が泣きそうな顔で寄り添い、背中をさするがマヤ母の容態はいっこうに良くならない。


 このままではどうにかなってしまいそうだ。


 おれは切羽詰った気持ちで玄関にとびこみ、大声で茉夜を呼んだ。

 


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