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雨のち、どうなる……?!



 はてさて次の日。


 走行中、何の問題もなく無事に目的地へと到着する。

 以前と変わらぬ風景の広がる敷地に入ると、そこはしんとした静寂がただよっていた。


 このまえ来た時はたしか三人で野球をやっていたんだよな。

 でも今日は人っ子ひとりいない。

 さながら休日みたいに、うら寂しい空気を感じる……。


 横風が吹いて、地面の芝生をさらさらと撫でていった。


 とりあえず中に入ってみようと思い、ヘルメットを脱ぎ、入り口へつづく階段をのぼった。

 それからドアを押し開いて、店内の板敷きを踏んだ時、


「お兄チャン。待ってたよう!」


 明るい声がとどいた瞬間、走ってきたあいりが両手を伸ばしてジャンプしてきた。

 これは腰にぎゅっと抱きついてくる気だ。

 そう察したとたん、おれは身体を横にしてひょいとよける。


「わるい」

「だぁーー!」


 目標物を失ったお元気娘は、不恰好なカエルみたいな大の字で床にビターンと張りついた。


 黙って見下ろすおれ。

 むっくりと起きあがったあいりがとんび座りになった。

 そしてこっちを見上げ、目の幅ナミダを流しつつ悲しげに抗議してくる。


「し、しどいよお兄ちゃん……。なんでよけるのよ」

「いや、つい条件反射でな」


 鼻頭を痛そうにさすりながらゆるゆる立ち上がってきた。

 二言三言やりとりしたおれは彼女の案内をうけて、いつもの席へと移動する。


「今日はおまえ一人なのか? 他の人は見当たらないけど」

「ううん。みんないるよ」


 すでに定位置よろしくとなりにちゃっかり座っているあいりが、甘えたネコみたいにごろごろすり寄ってくる。


 ちょっとうっとうしい。

 だが今日はそんなふるまいを差し止めるよりも、めがね少女がどこにいるのか気になるぞ――と、視線を店内にめぐらせた。


 たぶん調理場の入り口にいるだろうと思いきや、本当にそこに身をちぢめて立っていた。

 正確には顔を不安そうに半分だけのぞかせて、おそるおそるこっちを警戒している様子。


 なんだか前に会った時よりも、心の距離がはなれてしまっているような……。

 やっぱまだあの出来事を引きずっているらしい。

 おれはやや残念な気分でとなりに話しかけてみる。


「あそこで萌奈美ちゃんがおびえているみたいだが」

「うん、そうみたいね。ちょっと呼んであげてよお兄ちゃん」

「お、おう。よっしゃ。じゃあ呼んでみるか。――やあ。こっちに来て座らないか? おれらといっしょに話をしようぜ」


 明るい声色をふくめて、いつも通りに接してみた。

 しかしめがね少女は身をすくませ、さっきよりも見える面積を減らしてしまう。


「呼んだら逆効果だったみたいだな……」

「気にしなくていいよ。べつにお兄ちゃんのこと嫌がってるわけじゃないから。オーイ萌奈美ちゃん。カモンカモン」


 今度はお元気娘が両手をふって声をかけた。

 すると弾かれたみたいに身をひっこめ、とうとう完全に隠れてしまった。

 完全、というか下がったみつ編みの片方が、少し見えてる状態。


「ありゃ? 今はこっちに来る気分じゃないみたい」

「仕方ないな。強引なのは良くない」

「それはそうとお兄ちゃん、今日はなに頼もうか。ちなみにお腹の減り具合はどんなカンジ?」


 朝めしを軽く食ってきただけなので、前みたくこの店で腹を満たそうと思っていた。


「そうだな。今日は何にしようかね」

「じゃあさオムライスにしようよオムライス。萌奈美ちゃんのつくるオムライスとっても美味しいよ? ねえお兄ちゃんオムライス食べようオムライス」

「おまえ何回オムライス言うんだ」


 ツッコミを入れると、ひらいたメニューの底をテーブルにパシパシ打ちつけてきた。


「オムライスオムライスオムライスオムライスオムライス」

「うるせー。じゃあそれでいいや」

「わかった。オーダー入りまーす。オムラ一丁!」


 あいりは座ったまま元気よく手をあげて調理場へと声をとばす。


「なんだよオムラって。このあいだはハグステだったし、おまえはいつもこんな調子で注文をとってるのか」

「まさか。こーゆーのはお兄ちゃん限定だよ」


 浮いた両足をぷらぷら振りながら、ほがらかな口調で答えた。

 めがね少女のみつ編みが、返事の代わりにスッと引っこむ。


 

 ハンバーグの時とは違い、今回はさほど時間はかからなかった。

 十分ほど待ったのち、銀のトレイをたずさえた萌奈美ちゃんがトコトコと歩いてくる。

 表情には気まずい色がありありと見えており、おれは少し気圧されそうになる。


 しかし昨日ツインテ少女から受けたアドバイスを思い出し、平常心を保ちつつ、やんわりとした気持ちでそれを眺めていた。

 コーヒーはすでにあいりが出していたので、そのそばに、萌奈美ちゃんはほくほくと湯気のたつオムライスの皿をのせた。


「おう。サンキューな」


 軽く礼を言ってみたが、少女はトレイを胸に抱いたまま目を横にそらすだけ。


「このオムライスもうまそうだな。なんか食べるのが楽しみになってきたぞ」

「……」

「よし。じゃあさっそく、いただくとするかな」

「……」


 気にしない気にしない。

 普段どおりにしていたら向こうから馴染んできて距離をちぢめてくる……だったよな。

 いや待てよ。ちょっとアクションがくどかったかもしれん。

 いったいどんなさじ加減で接すればいいんだろう。

 なんだかうまく距離がつかみにくいな……。


 めがね少女の代わりに、おれの腕にくっついていたあいりが声を出した。


「おまたせお兄ちゃん。萌奈美ちゃん特製のふわっふわオムライスの登場だよ? ささ、あったかいうちに召し上がってね」


 と、紙ナプキンに包まれていたスプーンをとりだす。

 おれは手渡されたそれを受けとって、すぐに食べようと思った。

 だけど、オムライスを見つめたまま手の動きがとまる。


 何事もなかったようにふるまう……。

 たしかにその方法は彼女にとって効果のあるやり方かもしれない。

 だがおれは、少女を悲しませ、涙を流す目に遭わせた。それを無視した真似なんてできそうにない。

 人の心にキズをつけたことを自覚し、反省しているならその気持ちを言葉で相手に伝えるべきではないだろうか。

 

 自分本意な考え方かもしれない。

 しかし謝りもせず平静をよそおい続けるなんてこと、おれにはとうてい無理だ。


 そう。できないものを無理にやる必要はない。そんなのはかえって不自然。

 だから距離のはかり方がわからなくなる。


 よっておれはスプーンを静かにおいて、両手をひざ頭にのせた。

 めがね少女はトレイを抱いたまま何も言わず、眉根を下げて横を見ている。

 そんな不安げな彼女を見つつ、おれは意を決して息を吸い込んだ。


「聞いてくれ萌奈美ちゃん!」


 声に反応するかのように、少女がこっちを向いた。


「この前はすまなかった。どんな理由があろうとキミを泣かせてしまったことに変わりはねえ」


 一回息を入れなおし、言葉を続ける。


「おれって要領のわるいところがあるんだ。でも、もうあんな悲しませることはしない。だからこれからは、おれと仲良くしてくれ!」


 誠意をこめてそう口にし、下を向いて目をいっぱいに閉じた。

 微動だにせず、色よい返事を期待する。


 今、彼女はどんな顔をしているのだろう……。


 懇願するおれを、静かに見下ろしているのかもしれない。

 いったいどういった反応が返ってくるのか、ただ答えをじっと待つ。


 ところが、いつまで経っても言葉が返ってこない。


 そして。

 顔を上げた時。


 ――そこに姿はなかった。


 テーブルにあったほかほかのオムライスも消えていた。


 どうやら彼女は、料理の皿を手にして、調理場の中へと引っこんでしまったらしい。


 いかん。こりゃやっちまったか。

 返事もなく無言で消えたということは、やっぱそれだけキズが深かったというわけなのか。

 自分の考えを優先して余計な行いに出たせいで、間違った結果をまねいた。


 これはもう、完全に嫌われた、という、状態なの、だろう……。


 がっかりとした無念な気持ちが肩に重くのしかかってくる。

 おれは勇み足を踏んだことに後悔し、深くうなだれた。

 やはりここはあのツインテ少女の言いつけどおりにしておけば良かった。


 うなだれたまま重いため息がこぼれる。


 ところが、少しずつ足音が近づいてきた。

 近くまで来て、テーブルに何かがコトリと置かれる――。おれはその音に反応して、静かにおもてを上げた。


 そこには……。

 手を前にそろえた萌奈美ちゃんが、桃色の唇を締めて立っていた。


 なぜだ。

 なぜ戻ってきたのだろう。


 不思議に感じてとなりを見れば、あいりがうれしそうに微笑み、指先を愉快げにテーブルのほうへ差していた。

 自然、そっちに目が動く。


「あっ!」


 驚きのあまり、つい声が出てしまう。

 オムライスの向こうに立つめがね少女は、目のやり場に迷った様子のあと、恥ずかしそうにもじもじと指をいじくりだした。

 あいりが肩を寄せてくる。


「よかったね。お兄ちゃん」


 戻ってきたオムライスの表面にはケチャップで、こういう文字が書かれていた。


『いいよ』


 視線が吸い寄せられ、意味が把握できると、だんだんうれしさが込み上げてきた。

 これはきっと、おれが仲良くしてくれと頼んだことへの返事。


 現にこっちに瞳を向けている萌奈美ちゃんの頬が照れくさそうに赤く染まっている。

 おれの顔がほころぶと、つられるようにしてはにかんでくれた。

 少女の笑った口から白い歯がこぼれる。

 

 言葉はいらなかった。

 今こうして真っ直ぐに、だけどちょっと遠慮がちに見つめてくる彼女の心は、きっと開かれているはず。


 なんか胸がくすぐったい……。

 萌奈美ちゃんって笑うとえくぼができるんだな。


 お元気娘がふたたび、おれにスプーンをにぎらせた。


「あれから何度も練習したのよ」

「練習……って、何を?」

「アタシを相手にして、見つめ合う練習」


 言ったあとなぜか、自分の赤らんだほっぺに両手をあてる。


「女の子同士なのに、アタシなんだかドキドキしちゃった」

「ドキドキっておまえ、いったいどんなふうに見つめ合ってたんだ」

「くふふ。ナイショ」


 なにを思い出しているのか知らんが、気恥ずかしそうに身体をくねらせる。

 おれはいったんスプーンを置き、どういういきさつがあったのか話を聞くことにした。すると、


「実はね。今日萌奈美ちゃん、自分からお兄ちゃんと仲良くしたいって、話そうとしてたんだよ?」

「自分から?」

「うん。いつ話すんだろうって楽しみにしてたんだ」


 あいりはこっちに身を寄せて幸せそうにしている。


「なのに、お兄ちゃんのほうから先に言っちゃうんだもん。アタシびっくりしちゃった」


 どうやら悩んでいたのは、おれ一人だけじゃなかったみたいだ。

 向こうもこうして、おれと仲良くなれるようにいろいろと考えて努力していたんだな。


 そうしみじみと感じていたところ、少し疑問が浮かぶ。


 まさか、あいりがオムライスをつよく勧めてきたのって、こういうことをさせるためだったんじゃぁ。

 会話の苦手な友達のために、話す以外に伝えやすい方法を選んで……。

 そういえばおれが頭を下げている時、となりで衣擦れの音が聞こえた気がする。

 あの時、めがね少女に手振りか何かで文字を書くように勧めたのかも……。


 いやいや、これはたぶん考えすぎだな。

 ただの能天気なやつだから、そこまで頭は回らないだろう。


「でもどうしてそんな気になったんだ? 萌奈美ちゃんから言おうとしてたなんて、思ってもみなかったぞ」

「それはきっと、最後にあの子が背中を押したから」


 あいりの指先が、今度は別のほうに向く。

 カウンターの陰に隠れるようにして、見覚えのある人物が身をかがめていた。

 そこには昨日のツインテ少女がニッコリ顔でピースサイン。


「アーッ。おまえは!」


 おれの声に反応して、長袖にジーンズの少女がスニーカーの底をキュッと鳴らして立ち上がる。


「どうやらうまくいったようね」


 喜ばしそうな声で言ったあと、陽気に身体をかたむけて水兵みたく敬礼した。


「昨日はどーも。あたしも仲をとりもつために一翼を担ってみました」

「おまえも店に来てたんだな。しかしべつに隠れる必要ないんじゃないか」

「いやはや、めでたしめでたし」


 おれたちは席から離れてカウンターのほうへ移動した。

 つき添うあいりが横から話しかけてくる。


「昨日、お兄ちゃんが歩道橋のうえで悩んでたって話してくれたの。だから萌奈美ちゃん最後の決心がついたんだよ?」

「なるほどな。こいつがあいりや萌奈美ちゃんにいろいろお喋りしたってわけか」

「こいつじゃなくて、『ゆらなちゃん』。ねえお兄ちゃん自己紹介しようよ」


 そう勧めてきたので、特に問題なく応じることにする。


「おう、そうだな。おれの名前は――」


 名前と学年を告げると、つづいてツインテ少女もとい、ゆらなが自己紹介をはじめる。


「こんにちは。熊谷ゆらなって言います。ここのお店には時々来るんで、これからもよろしくね」


 ん? 今なにか聞き捨てにならない言葉が混じっていたぞ。


「熊谷って、まさか」

「あ、こっちはね……」


 言ってからめがね少女に寄添い、慣れ親しんだ様子で自分の腕をからませた。


「あたしのお姉ちゃん」

「おいおいマジか。ってことは、妹!?」

「そう。今年中学三年生」


 ねっ? と一度、姉と顔を見合わせる。


「髪形を同じにしてめがねをかけて、大人しそうな表情したら、けっこう似てるって言われるのよ?」

「おまえって高校生じゃなかったんだな」

「えっ、あたし、そんな大人っぽく見える?」

「いや、どうだろう。中三ならそんなもんかも」


 などと、会話を繰り広げていると、どこからともなく独り言が聞こえてきた。


「……うん。なかなか美味ね」


 どうやらいつの間にか、他にも誰か店内にいたらしい。

 新たに客が来ているのかと思い、声のした方向へふり返ると、おれの席に黒髪の少女が座っていた。


 あいりたちと同じエプロンドレスの衣装――。たしか相賀茉夜とかいう女の子だ。


 窓から差しこむ午後のやわらかな陽射しを受けたまま、頬に片手をそえ、無表情で口をもぐもぐと動かしている。

 ほどなく噛んでからオムライスにスプーンを入れ、おもむろに口へ運ぼうとする。

 おれはとっさに大声を飛ばした。


「ちょっと待て! なに食ってるんだ」


 制止の声にまったく動じることなく、切れ長の目がこっちに向く。


「オムライス」


 さも当然とした態度でそう一言こぼし、優雅な威光を放っていた。


「いやいや、そうじゃなくてどうして食ってるんだよ」

「ちょうどお腹が減っていたから」


 冷然な声音で言って、またそっけなく食事を再開しようとする。


「おいこら、ハラが減っていても人の料理を勝手に食うなよ」


 そう差し止めると、彼女はすでに三分の一ほど食べたオムライスの表面に、視線を落とした。


「だってここに、『いいよ』って書いてある。食べても『いいよ』って」

「そういう意味じゃねえよ。しかもそれはおれに宛てたメッセージだ。返せおれのオムライス」


 なんの悪気もなく食べ物をとられ、取り乱しそうになったおれ&クールな黒髪少女を、萌奈美ちゃんが困ったようにおろおろ見比べる。

 あいりは憤怒するおれが詰め寄らないよう手首を綱引きのように全力で引っぱった。

 そこへツインテが『もうあきらめろ』と言わんばかりに目を閉じ、鼻からため息をついて、無言でおれの肩にポンと手をおく。


 勝手に食われた大切なオムライス。

 いくら愛車を修理して磨いてくれた恩義があるとはいえ、これはちょっと割にあわねーぞ。

 さてどうしてくれようと抗議していると、さわぎを聞きつけたらしいサツキさんが二階からのんびりと降りてきた。


「やあ。来てたんだな大江くん。おっ、みんなで仲良く楽しそうに盛り上がってるじゃん」


 ご、誤解もはなはだしい。

 これのどこが楽しそうに見えるというのだ。


「こいつが料理を――」


 と言いかけたところで、おれの脇を黒髪少女が涼風のごとく通りぬけていった。

 鼻通りのいい清涼な香りを残し、そのまま長い手足をふってステステと歩き、一度角を折れて雇用主の前まで来ると、こっちに背を向けてまっすぐに立つ。


 サツキさんは何事かと思ったらしく、階段の手すりにヒジをかけて訊ねる。


「どうしたんだ茉夜。そんなあらたまった顔して、何か用?」

「あの」


 黒髪少女は凛とした語調で応じた。


「私、このバイト向いてないから、もう辞めます」


 そうハッキリ告げたとたん、本人をのぞく全員が、


「えっ!?」


 と驚愕の一声を発した。


 

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