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道路の先の夕焼け雲



 歩道橋から夕陽を眺めていた。

 建ちならぶビルの奥から差すオレンジ色の光が、だんだんとかげっていく。


 学校が終わったあと、かれこれ三十分ほどここでひとり、欄干に手とあごをくっつけボーっと頭を働かせていた。


 あの日からもうすぐ一週間が経つ。


 めがね少女の心を開く方法――なんてことを、日々いろいろ思案していたが、これといった良策が浮かばないでいた。

 どんな方法を選んでも、結局は裏目にでて、また彼女を同じ目に遭わせてしまう恐れがぬぐえない。

 明日は学校は休みだから、あの喫茶店に向かおうと思えばそうできる。


 さて、困ったぞ。


 こんな状態のまま向かっても進展はしないだろうし、へたを打つと余計、彼女の心に塩をすり込む事態になってしまう。

 間違ったやり方をすると逆効果になるのが目に見えている。


 歩道橋の途中で制服姿の高校生が夕陽を眺めつつ、眉間にしわを集めて、うんうん悩んでいる有様は少し変かと思うが、背後で過ぎゆく人は誰も気に留めない。

 遠くまで伸びた道路には夕刻の混雑で車輌などがひしめいている。

 下の歩道に目をやれば、スポーツバッグを肩にした女子生徒の集団がにぎにぎしく歩いているのが見えた。

 どんな会話に花を咲かせているのか知らないが、何やら楽しそうな様子。


 そういえば、あいりたちの通っている高校は、女子高だって言ってたことがあるな。

 めがね少女もクラスメイトが相手だと、あんな感じになんの隔たりもなく明るく笑ってわいわいにぎやかに――。いや、それはないな。

 どっちかっつーと教室で談笑してる輪からはなれた自分の席で、孤独にリリアンでも編んでいる姿が目に浮ぶ。

 まあそれはそれで別にいいんだけど、何でもいいからあいつと仲良くなれる方法はないもんかね。


 山稜に隠れていく夕陽の残りを見つめ、考えに行き詰った気持ちを溶かそうとしていた。

 ふいに誰かが横にならんできた。

 流れる夕風のように自然な感じに声をかけてくる。


「そんな黄昏(たそがれ)た顔しちゃって、もしや恋に身を焦がしていたの?」


 おれは欄干においた手の甲から、あごをはがして目をやった。

 知らない女の子だった。


 リボンのついた制服姿にスポーツバッグをかけて、毛先を散らしたツインテールの同年代らしき謎の少女。

 ここらじゃ見かけない制服だ。 

 いきなり声をかけられ、おれはいぶかしい気分を声音にのせる。


「誰だおまえ?」

「エ、忘れちゃったの?」


 さっきまで微笑をふくんでいた顔が引き、ハトが豆鉄砲うんぬんの驚いた表情に変化した。

 びっくり面の少女は胸の前でひらいた両手をゆっくり閉じ、気をとりなおした感じに一本指を立てて片目をつむる。

 おれに何かを教え諭そうとしている様子で、ニンマリと微笑んだ。


「キーワードは、喫茶店。お客さん。泣いてる女の子。……どう? 思い出せたかな」

「誰だおまえ?」

「ぶぶー!」


 両目を力んで閉じた彼女は、口を3の字にして不服をはいた。


「覚えてないんかい!」

「おいやめろ。つばが飛ぶだろうが」 

「このえんぜんたる美人を、忘我の彼方にうっちゃるなんてヒドイ」

「美人なのか?」


 本当にそう疑問に思ったので問いかけてみる。

 すると抗議めいた調子に両手足をつっぱってきた。


「どうしてそういうコトをあっさり口にするかな!」

「自分の容姿を誇張したから」

「軽い冗談だったのに、なんかキズついた」

「知らねえ奴から冗談を言われても嘘か本気か分かりづれーよ」


 実際に背は高くも低くもないし、出るところは特に出ているわけでもないし、ごく一般の女子高校生にしか見えない。

 まあ活発そうだし運動部で汗を流しているのが似合う見た目ではある。現にスポーツバッグをかけて部活帰りって感じがするしな。

 日頃テキパキと動いて物事を迅速に処理しそうなタイプ、に見えなくもないが、どこか抜けていてうっかりドジを踏みそうな印象もある。

 今つき合ってる彼氏とかいるんだろうか……。あっやっぱどうでもいいや。


 正面に立つ少女がジトっとした陰気な目を送ってきた。


「なんか馬鹿にされてる気がする」 

「すまんな。おれって心の中が表情に出るたちなんだ」

「しょぼん……」

「自分の落胆ぶりを擬音であらわすな」


 欄干にしなだれかかった少女は、伏し目がちにアンニュイな雰囲気をおびた。


「今のあたしの悲しみを表現するには、ラノベの一冊や二冊じゃ足りないくらい……」

「それってどのくらい深刻なんだろう」


 なんだか顔つきがころころ変わっておかしな奴だ。

 いい加減こんなやりとりをしていても仕方がないため、おれはここらで話を切り替えることにする。


「ところでおれに何か用か? さっき女子の集団が歩道を通ってたけど、もしかしてあの中にいたやつ?」

「そう。あたし地元の生徒じゃないけど、練習試合でこっちに来てたの。で、終わって駅に向かっていたところ」


 元気をとりもどしたらしく、よりかかった身体をおこして駅のある方向へと視線を向けた。


 あっ、なんだか見覚えがあるなこいつ。

 たしか先週、喫茶店でめがね少女とやりとりしている時、あいりと一緒になってカウンター席から眺めていたやつだ。


 遅まきながらそのことを説明すると、少女は安心したようにニッコリ微笑み、腕組みしてうんうんとうなづく。


「ようやく思い出したのね。このようちょうたる美人を」

「それはもういいから」

「はいはい」


 今はかけ合いをする気分じゃないため、手の甲でよけるようにしてあっさり断じてやった。

 少女は素直に応じるも、腑に落ちない様子で聞こえよがしに「ちっ」と舌を打つ。


「で、何か悩んでたんでしょ? さっき歩いてた時そういうふうに見えたんだけど」


 どうなのよ? という様相で、こっちに問いかけるみたいにパチパチまばたきした。


「なんだおまえ、おれのそういう姿を見つけたからいきなり話かけてきたのか」

「そうだよ。わるいかよ」

「急にガラが悪くなった!」

「おうおう、とっとと喋って楽になっちまえよニーさんよう。……ってのは冗談で、なんか思いつめた顔してたからさ、ちょいと声をかけてみたんだけど」

「へえ。そうなんだ」

「一緒にいたみんなにはね、先に駅へ行ってもらったの」


 なるほどな。

 ふむ、どうしよう。

 一人で思案していても良い方法なんて浮かばず考えが袋小路にはまっていたところ。

 せっかく話をうながしてきたんだし、いっちょ相談にのってもらおうか。

 いちおう知ってるやつだし、こいつみたいな年の近い同性に話をふってみて、良策を練ってもらったほうが解決への道は近くなるかもしれん。


「うーん。でもなあ」

「早くしないと電車がやって来る時間になるよ。駅にいるみんなと帰りが別々になっちゃう」


 それまで黙って反応を待っていた少女に、おれは決心して口を開いた。


「実はこのあいだ……おまえも見てただろ? めがねの女の子を泣かせたところ」 

「ふんふん。それで?」

「あの子と、どうにかして打ち解ける方法はないかなと思ってな」

「惚れちゃった?」

「いや、そういうのじゃねえよ。おれあそこの喫茶店けっこう気に入ってるし、ちょくちょく通うならそこで働いてる子たちと仲良くなっておきたいんだ」


 少女は納得したみたいに首を動す。


「なるほどね。やっぱそんなコト考えてるように見えた」

「ほんとかよ。適当に言ってるんじゃねえだろうな」

「だってあの日、すごく深刻な顔してたもの。涙をふきながら鼻水すすって店の奥にひっこんだ子のほう、ずっと気にしてたし」


 おれの脳裏にその時の光景が映ってきた。

 ――テーブルにこぼれたコーヒーをそのままに、あいりに付き添われて調理場の中へ消えていっためがめ少女。

 おれはただ呆然と立ったまま、その姿を見送った。

 何だかこれ以上ここには居ちゃいけないような気がして、黙って店を出たんだっけな――。


「なあ、おれってそんなに気にしているように見えたか?」

「うん。心残りな顔して出口のほうに向かって歩いてたよ」

「おれが帰ったあとどうなったんだ? おまえしばらく店の中にいたんだろう」

「あたしはコーヒーだけ飲んで帰ったけど。……それよりどうすんの? 今度お店に行ったとき、顔見た瞬間またワーッて泣かれたりして」

「不吉なこと言うなよ。そうならないようにするために、いろいろと打開案を練っているんだろうが」

「そーだったね。でもそんなに落ち込むほど考えなくていいと思うけど」


 少女は気楽な感じに言った。


「どういうことなんだ? それ」

「つまり泣いたくらいで、そんなに深く受けとる必要はないっていう意味」


 自信ありげな口ぶりに、おれは興味をおぼえ詳しく知りたくなる。


「よくわからんが、要するに女って感情が高ぶったらすぐに泣くものなのか?」

「まあおおざっぱに言うとね。男の子だとそういう場合、大声で叫んだり物を叩いたりするでしょ? それか内に秘めて抑えこもうと我慢したりとか」

「どうだろう。そういうのはケースバイケースっつーか。性別関係なくその人の性格によって違ってくると思うが」

「女の子は涙を流して発散する子が多いのよ? って言うか泣こうと思わなくてもすぐにそういう気持ちがおそってくるの……。あっ、もしかして次に喫茶店で会ったとき、まず最初に一言謝ろうとか思ってた?」


 おれはもちろんだろ、と言わんばかりに大きくうなずく。

 すると彼女はどうしてか目を丸くして首をふった。


「ダメよそんなことしちゃあ。謝ったりなんかしたら相手が重荷に感じて、よけい気にしちゃうでしょ」

「むむ。謝っちゃいけねえのかよ。じゃあどうすればいいんだ」


 腕組みして眉をしかめてしまうおれに、ツインテ少女は平然と答える。


「泣いたからって何か特別なことをやろうなんて思わず、フツーにしとけばいいってワケよ」

「普通って、泣かしちゃったけど今度あう時は、何事もなかったようにしてかまわないってことか?」

「そうよ。ああいう子の場合、心を開く方法なんて考えなくていいの。いつも通りにふるまっとけば、だんだん向こうから馴染んできて、ちょっとずつ距離をちぢめてくるから」

「いつも通りか……」

「相手が自分に積極的になってきたら敵意を感じるの」


 手ぶりを加えてそう説明する。


「まあ軽口を叩ける仲まで発展するかはわかんないけどね。でも少なくとも店に来るたび、おびえて警戒されまくるなんて段階はクリアできるって」

「ふーむ。そういうモンかね」

「重要なのは、こっちから何か進んでくどいアクションを起こそうとしないコトね。あとあまりジロジロ見ないのも大事。そばにいる時はたまに視線を向けて、そこにいるのを認識してるって、それとなく伝えればいいから」

「雰囲気がわるくないようだったら、話しかけてもいいのか? 普段どおりなら喋ったほうがいいと思うし」

「うん。相手が答えやすいような簡単な話なら振ってみるのもいいかも」


 ツインテ少女はリラックスしたように微笑む。


「ねえねえ。その子のこと、大切に想ってる?」

「もちろんだ。今はまだ馴染んでいないけど、大切にしたい人だって思っているぞ」

「そうよね。だからこうして悩みと真摯に向き合ってたんだよね。それで明日はお店に行くの?」


 おれは少し考えたあと、「行く」と簡潔に答えた。


「そうなんだ。ガンバッテね」

「おう」

「じゃあ、あたしそろそろ行くから。もう電車が来ちゃう」


 バッグを肩にかけ直した彼女は、跳ねるような足どりで進み、ツインテールを揺らせながら階段を降りていった。

 おれは離れていくうしろ姿を見送ってから、ふたたびビルの向こうにある山稜を眺めるのであった。


 さて本当にあいつの言うとおり何も特別なことはせず、ごく自然にふるまうのが正しいのかどうか半信半疑な思いだ。

 なんでもやってみるまで結果はわからない。


 正直、不安なところが残る……。


 しかしいつまでもここでクヨクヨ考えていても仕方がないな。

 とりあえず明日、あの喫茶店に行こう。

 そしてあいつの助言を守って、何事もなかったような態度で接するとしようか。


 空を見上げれば、暗くなってきた紺色の一面に、うっすらと星がまたたきはじめた。



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