告白
クリスティーナはベットに横たわって目をつぶっている。青ざめた顔色でさえ、人形のような美しさは衰えない。ベットの脇でフィリップは彼女の手を両手で包み込み、クリスティーナが目覚めるのを待っていた。
側にひかえるメイアはその様子を、落ち着き無く見守っている。
「陛下……公務に戻られた方が……」
「自分の妻が死にかけているんだ。公務などしていられるか……。どうしてこんな事に……。俺が……クリスティーナを追いつめたのか?」
憔悴しきったフィリップにそれ以上声をかけられず、メイアは口をつぐむ。メイアもまたクリスティーナの身を案じ、不安で落ち着かないのだ。
するとその時クリスティーナがゆっくりと目を覚ます。
「クリスティーナ!」
フィリップは驚き大きな声をあげた。メイアもベットに駆け寄る。2人の顔を不思議そうに眺めてクリスティーナは笑った。
「死に損なったのですね」
「何を馬鹿な事を……」
フィリップがどなりかけて口をつぐんだ。クリスティーナは感情の欠片もない、無機質な表情で虚空を見つめていた。
「人払いをお願いします。でもメイアは残って」
フィリップとメイア以外の人間が部屋を去ったのを確認してから、クリスティーナはぽつりぽつりと語りだす。
「私は父に王を殺す為の道具として育てられました。陛下を殺そうとしてたんです」
メイアは驚き目を見開いたが、フィリップは動じる事無く、クリスティーナの手を握りしめた。
「初夜の日、陛下はとても優しくて、この人を殺すのかと考えただけで震えが止まりませんでした。結婚してからも、陛下はずっと優しくて、どんどん惹かれていって……」
クリスティーナはそこまで言って、やっとフィリップの顔を見た、寂しげに憂いに満ちた目で見つめる。
「私は陛下に恋をしていました。でもそれは許されない事でした」
「なぜ……私に恋をしたら許されないというのだ……」
ぎゅっと手を握ると、消えてしまいそうなほど儚くか細い手が震えた。
「私の父はロンダーク伯爵ではありません。結婚前に母が恋人との間にもうけた子供です。ここまで言えば、陛下ならおわかりになりますよね」
フィリップの顔色が真っ青になり、握っていた手は力なく滑り落ちた。両手を救い上げて顔を覆うと、絞り出すような声を出した。
「お前は……俺の子だったのだな」
「はい。ロンダーク伯爵は実の娘である私と関係を持たせて、陛下を罪に落とそうとしていたのです。だから陛下と結ばれるわけにはいかなかった。愛してはいけなかった」
「私もお前を愛していた。女として」
「それは陛下が私を娘と知らなかったからです。私は陛下が父だと知っていて恋をした。だから罪人なのです」
愛し合っても決して結ばれない2人。今更親子に戻れはしないだろう。
「メイア……貴方にも話しておきたい事があるの」
「王妃殿下……?」
クリスティーナはまた天上を見上げて話し始めた。
「私が産まれてすぐに、母は2人目の子を授かったわ。今度はロンダーク伯爵の実子。でも伯爵は産まれてきた娘を捨てて臣下の養子にした。私はその事を10歳の時に知ったの。私は父にお願いしたわ。私の妹を召使いとして雇ってほしいと」
「ま……まさか」
クリスティーナはメイアに手を伸ばして言った。
「メイア……貴方は私の妹。今まで話せなくてごめんなさい」
「そんな……そんな事……」
メイアはショックで言葉にできないもどかしさを抱えていた。
「私と陛下は結ばれない。でもメイアなら……。メイアもカトリーヌお母様の娘だから。陛下と結ばれて欲しいと……そう願ってました」
「クリスティーナ。カトリーヌの娘だから愛してるのではない。お前はお前だから……愛しているのだ」
クリスティーナは嬉しそうに微笑んで、そっとフィリップの頬を撫でた。
「お優しい、愛しの陛下。でももうお分かりでしょう。私と貴方は結ばれない。どうか私を自由にしてください。そうでないと……貴方を滅ぼしてしまいますわ」
そこまで言った所で力つきたようにクリスティーナは目を閉じた。フィリップとメイアが慌てて確認したが、クリスティーナは穏やかに眠っている。
2人は医者にその場を任せて、そっと部屋をでた。
「よい天気ね……」
クリスティーナは窓の外を眺めて微笑む。
「はい。良いお天気ですね。お茶は外で飲まれますか?」
「部屋でいいわ。風が強そうだから」
今までと何も変わらない会話。何も変わらない……。クリスティーナが告白しても、王はクリスティーナをそのまま王妃として扱った。秘密を知る者も他にいない。何も変わらない。
「陛下はどうなさるつもりなのかしら……私を王妃にしたままで」
「陛下のお気持ちはわかりませんが……王妃様が幸せでいられる道を探していらっしゃるのですわ。きっと……」
「私の幸せ……ね。今頃離婚する為の手続きに没頭してるのかもしれないわよ」
この国で離婚は難しい。結婚とは神が一生の伴侶を巡り会わせた奇跡だからだ。離婚は神の奇跡を否定するもの。神をないがしろにするわけにはいかない。
「私と陛下は結ばれてない。それを持ち出して、結婚不成立……神の間違いではないと証明すればいいのに」
「そんな……お二人はお似合いの夫婦でいらっしゃったのに……」
メイアの言葉にクリスティーナは微笑で返事した。夫婦ごっこで夫婦ではなかった。冷酷な鬼畜王と人形のような王妃。血のつながった親子でなければ、お似合いな夫婦であったかもしれない。
クリスティーナが立ち上がって軽く伸びをする。
「肌寒いわ。上掛けを取ってくれる?」
メイアが上掛けを取りに行くそのつかの間の間に、クリスティーナはバルコニーへと向かった。
「お嬢様!!」
メイアが気づいた時には遅かった。クリスティーナはバルコニーを乗り超えた。クリスティーナの身体は落下し、薔薇の花壇の植え込みに叩き付けられた。
咲き乱れる秋薔薇と、飛び散った赤い血。その対比のなかで、人形のようなクリスティーナの容姿はあまりに美し過ぎて、絵画の中の出来事のようであった。
薔薇の中でまだクリスティーナは息をしていた。苦しげな呼吸をしながらそれでも空を見上げている。
「私が……死ねば全ては解決……陛下……愛してました……」
クリスティーナは今度こそ瞳を閉じた。