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嫉妬

 カトリーヌは王宮に住む娘に会う為、召使いに案内され城の中をゆっくりと歩いていた。

 クリスティーナの部屋について扉を開けた時、フィリップの笑い声が聞こえてきて驚く。皮肉的な笑いではなく、会話を楽しむような明るい物だ。フィリップが王についた後、そんな笑い声を聞いた事が無い。


「あら……お母様。お久しぶりですの。もうそんな時間でしたのね。陛下そろそろ公務にお戻りになられた方がよいのでは?」

「そうだな。長居しすぎたようだ。また時間を作って会いにくる」


 フィリップは入り口に向かうとカトリーヌとすれ違う。しかしフィリップはカトリーヌと視線をあわせることさえない。以前は目だけで自分が愛されている事を感じるくらいだったのに。


「お母様どうぞお座りくださいませ。お茶の時間にいたしましょう」


 クリスティーナは完璧な微笑を浮かべ、カトリーヌを席へと誘う。クリスティーナの姿には余裕が感じられ、カトリーヌは女として負けたような気がした。クリスティーナは召使いを下げさせて母と2人きりになった。


「元気そうで何よりだわ。陛下ともうまく言ってるのね。でもまだ寝所をともにしていないのでしょう?」


 その言葉には皮肉まじりの棘が含まれる。実の娘にフィリップを取られた気がしたのだ。


「陛下は私を気遣って待っていてくださるのですわ。本当にお優しい方」


 うっとりと微笑むクリスティーナの表情は、恋する乙女そのものだ。その姿が感にさわる。


「陛下と寝所をともにしないから、いまだ愛されているのよ。男は手に入らない女を追いかけたくなる生き物ですもの。手に入れてしまえばすぐに飽きられるわ」

「だから陛下と結婚しなかったのですか? 決して手に入らない事で、永遠に陛下に愛されたかった」


 カトリーヌは娘に図星をつかれて顔をしかめる。


「そうね……愛されて飽きられて捨てられる事が怖かった。国一番の美女と言われていたから、容姿には自信があったの。でも美しさは年とともに失われていくもの。貴方もいつまでも陛下に愛され続けると思わない事ね。美しさはやがて朽ちるのよ」

「そんな先の事は考えませんわ。私は今が楽しければよいのです」


 カトリーヌはすっかり冷めた紅茶を口にして、自分の娘を見つめた。自分に良く似た容姿は輝くばかりに美しい。しかし自分には無かった、ミステリアスな雰囲気もあり、母親なのに娘の魅力に引き込まれそうだ。


「お母様はお父様と私の企みを、陛下に話さないのですか?」


 カトリーヌは眉をひそめる。それはずっと迷っていた事だったから。昔愛した男が殺されそうなのに、なぜ何もしない。自問自答をして考えた。そして結論を出したのだ。


「陛下は永遠にわたくしを愛してくれる。そう思っていたけど、わたくしを忘れて、心変わりをしたのなら、そんな男もういらないわ」


 醜い独占欲がカトリーヌの中で渦巻く。ロンダーク伯爵と結婚したのは自分の意志だった。あの時意地をはらずに素直にフィリップと結婚していたら、今頃は自分が王妃になっていたかもしれない。

 そう思うと胸が苦しくなる。


「母様が果たせなかった恋は、娘が代わりに引き継ぎますわ。今は私にとっても陛下は大切なお方ですから」


 カトリーヌは意地の悪い笑みを浮かべた。


「でも貴方と陛下の恋は実る事はないわ」

「そうですわね。それでもわたしは陛下に恋をしました。例え実る事はなくても後悔しません」


 娘の力強い言葉にカトリーヌはうろたえる。自分に同じような意思の強さがあったなら、今を変られただろうか。そんな「もしも」を考えても意味が無い。ただ今は実の娘に嫉妬するしかなかった。



 カトリーヌが去ってすぐに新たな来客がやってきた。


「あら……ジョセフ秘書官。珍しいですわね。私の所へいらっしゃるなんて。公務でお忙しいでしょうに」

「王妃殿下にお話があって参りました」


 ジョゼフは話しながら部屋中を見渡した。その視線から察してクリスティーナは召使い達を下がらせる。

 人払いされ、誰もいなくなった事を確認してから、ジョゼフは重い口を開いた。


「王と寝所をともにしないのは何か理由が?」

「私は拒んでなどいません。ただ……陛下が待つとおっしゃってくださいました」


 クリスティーナは張り付いたような美しい微笑でジョゼフを見つめる。魔性の美しさに一瞬ジョゼフの心がぐらついた。しかしそれも一瞬の事。すぐに心を立て直す。


「寝所をともにする事に何か理由があるのでは?」


 クリスティーナは否定も肯定もしなかった。それだけでジョゼフには通じた。


「貴方は陛下の味方ですか」

「もちろん。私は陛下をお慕いしてます」


 その言葉だけは嘘偽り無く見えた。それを自分の目で確かめて、ジョゼフは満足げに頷く。


「すべては陛下のため、国の為に。王妃殿下、今後ともよろしくお願い致します」

「秘書官様も陛下の助けになってくださいませ」


 わずか15歳の小娘と思えない落ち着きぶりに、ジョゼフは感嘆しながらもその場を去って行く。

 後に残されたクリスティーナは、空になったティーカップを見つめて言った。


「油断のならない方。もう…時間の猶予はないかしら?」

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