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悪癖

「疲れただろう。ゆっくり休むと良い」

「お気遣いありがとうございます。陛下」


 クリスティーナが優雅にお辞儀をする。部屋を出て行こうとする王に向かって、メイアは口を開きかける。


「へいか…」

「メイア。下がりなさい。陛下に無礼ですわ」


 クリスティーナの厳しい声が言葉を遮る。15歳とは思えない威厳に満ちていた。その気丈さに王は目を見開いて自分の妻を見たが、クリスティーナはにこりと微笑む。


「陛下も数々の公務の合間をぬっての結婚式、お疲れでしょう。ごゆっくりお休みくださいませ」


 親子ほどに年の離れた娘に気を使われあっけにとられていたが、王はすぐにふっと笑った。


「案外気丈なのだな。そういう所は母親譲りか」


 嬉しそうにそう言って部屋を出て行く。王の退出を見送るとクリスティーナはいつもの用に愛らしい微笑みでメイアを見る。


「メイア。湯浴みをするわ。支度を」

「……は……い」


「メイア? どうしたの?」


 俯く自分の召使いに、不思議そうに小首をかしげる。


「もう……お二人は夫婦になられたのに、寝所を別にするのは……」


 そう言いながらクリスティーナの肩にかけられたショールを見る。夜会の前に国王フィリップが用意させた物だ。秋口といえども夜は冷えるからと。鬼畜王などと言われるが、意外に細やかな気遣いをみせる。


「陛下はわたくしを気遣ってくださったのですわ。まだまだ幼いわたくしなど、陛下の相手にふさわしくないのでしょう。もう少し……陛下にふさわしく……」

「お嬢様はもう十分王妃としての自覚をお持ちです。完璧すぎるのです。まだお若いのに……だから陛下も戸惑われて……」


「ふふふ……」


 鈴が転がるような笑い声がして、メイアは驚く。いつもの完璧な微笑ではなく、クリスティーナは年相応の無邪気な笑顔を見せる。


「この前まで鬼畜王だなどと、陛下を恐れていたのに……。メイアは陛下が好きになったのね」

「違います! 恐れ多い」


「いいのよ。陛下はとても素敵な方ですもの。お美しくて、聡明で、優しい。ただ本当のお顔を、他の方にお見せしない不器用な方なだけ」

「そ……それは……」


 昨夜、夜ばいの時にメイアも側に控えていた。何か用があればすぐに動けるように。

 国王フィリップがクリスティーナに対して発した言葉はとても優しかった。そっとのぞき見て、少女を怯えさせぬよう微笑む姿に驚きもした。

 しかし王はもっと驚いた事だろう。新婚初夜、鬼畜王ともいわれる年の離れた夫に、まったく動じる事無く微笑み続ける少女に。


 メイアがクリスティーナに仕えるようになって5年。主人が動揺する所を見た事がない。わずか10歳の幼い頃から、いつも可憐で動じない主人を、時に恐ろしく感じる事もある。王はクリスティーナの冷静さに驚き、当惑し、手を出さなかった。仕方が無い事なのかもしれない。


「メイア……私の代わりに、貴方が陛下のお相手をしても良いのよ。貴方が陛下の子を産むなら嬉しいわ」

「な、何を言ってるのですか! お嬢様。悪い冗談を言わないでください」


「私が冗談を言った事があるかしら?」

「初めて聞きました。こんな悪いじょう……」


 そう言いかけてクリスティーナの表情に気づいてはっとした。とても真剣にまっすぐメイアを見つめている。クリスティーナはメイアの手をとり、両手でぎゅっと握ると口を開く。


「本気で貴方が陛下と結ばれれば良いのにと思っているわ」

「お嬢様……なぜ……ですか? なぜそのような事を……」


「私では陛下を幸せに出来ないから……」


 そう言って、寂しげに憂いを帯びた目で微笑んだ。なぜクリスティーナがそのような事を言うのかわからない。


「さて……湯浴みね。……それから、明日から朝の湯浴みは必要ないわ」

「まあ……毎日朝晩湯浴みなさっていたのに……」


「ここは王宮。もう家ではないの……。こちらの流儀にあわせなくては……。そうでしょう?」


 そう言いながらクリスティーナは自分の体を抱きしめてさする。体にこびりついた何かを削ぎ落とすような仕草だった。



 それから数日、王は王妃の元に訪れなかった。本来の王妃が行うべき公務も与えずに、クリスティーナはまるで籠の鳥のように閉じ込められた自由を満喫している。


「ねえ……ジョセフィーヌ。陛下はいついらっしゃるのかしらね」


 クリスティーナはジョセフィーヌと名づけたペットに話しかける。その気味の悪い光景を、メイアは慣れたように見過ごす。


「お嬢様。本日のお茶は何に致しましょうか? デザートは……」

「メイア。私はもう王妃なのよ。お嬢様ではないわ」


「し、失礼致しました。王妃殿下」

「ふふふ。貴方は変わらないわね。素直で、優しくて、私は貴方が大好きよ」


「殿下……」

「だからお父様にお願いして、結婚してもついてきてもらう事にしたの」


「そうなのですか?」

「ええ……私は貴方の幸せを願っているわ。だから……」


 クリスティーナが言いかけたところで、ノックが響く。慌ててメイアが扉を開くと、国王陛下その人が立っていた。


「入るぞ」

「お、おまちください。陛下!」


 メイアが慌てて制止するも、国王フィリップは半ば強引に部屋に入った。そしてクリスティーナの姿を見て、青ざめ声にならない悲鳴を上げた。


「陛下? どうなさったのですか? 面白いお顔をされてますわ」


 クリスティーナは優雅に微笑みながら、愛するペットのジョセフィーヌを撫でる。クリスティーナの首や腕を這う、黄色と緑のシマヘビ。それがジョセフィーヌだ。


「そ、その蛇はなんだ」

「ペットですわ。可愛いでしょう。とっても綺麗な縞模様ですの」


 うっとりと微笑む少女の姿に、冗談ではないと王は気づく。しかしだからこそ、なおさらその姿が不気味だった。美少女と蛇。実に似合わない光景だ。


「陛下。ご安心くださいませ。ジョセフィーヌは、毒の牙を抜いていますから、危険はありませんのよ」

「毒蛇なのか?」


「生き物は毒がある方が美しいのですわ」


 そう言ってうっとりと蛇を撫でるクリスティーナの姿に、フィリップはすっかり怖じ気づく。


「ところで陛下。どのような御用で……」

「たまには一緒に茶でも……と思ったが、気が変わった」


 そう言ってフィリップは逃げ出すように部屋を出ていった。その姿を見てメイアが大きくため息をつく。


「だから言ったじゃないですか。ペットを連れて結婚するのは辞めた方がと」

「あら……わたくしが今までにたった3つしか言わなかったワガママだもの。叶えてもらったっていいじゃない。それに本当は他の子も連れてきたかったのに、ジョセフィーヌだけって言われてしまったのよ」


 実家には色とりどりの蛇が飼われていた。クリスティーナの悪癖は、毒蛇を愛でる事だ。


「生き物は毒がある方が美しいの……」


 そう呟く、美し過ぎる主人にも、毒があるのかと、メイアは一人悩んだ。

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