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夜会

 多くの蝋燭に火を灯して、暗い夜を明るい祭典にするのは、この上ない贅沢である。そして今日はそれにふさわしい祝いの席だ。

 この国の王が結婚して妃を得た。本来ならお祝い色に参加者が染まるものだが、ひそひそと眉をひそめて噂しあう。


「それでは夜ばいは不成立と?」

「ああ……初夜は行われなかったらしい。あの王がよもや不能か?」

「15歳の花嫁が幼過ぎて満足できなかったのか? いや……あのカトリーヌ夫人に良く似た美少女と名高いのだろう」


 王夫婦は初夜に結ばれなかった。その事実は1日で貴族の間に広まる。

 王族、貴族の間では、契りを交わし、子供を産まなければ、後継者に困る。ゆえに片方が不能ではないか、行為がなされたのか。確認する見届け人が、初夜の夜に夫婦の寝室の隣で盗み聞きするのが慣例であった。

 そしてその見届け人から広まってしまったのだ。夫婦であるにも関わらず、結ばれなかったと。


「国王陛下、妃殿下、ご入場」


 伝令の告げる合図とともに入り口から道は明けられ、王夫婦が姿を現す。いつも通り冷たい美貌を光らせて、新婚というのに今にも人を殺しそうな、恐ろしさを放つ王。手をとってともに歩くのは思わず見とれるほどの美少女。

 社交界のお披露目もされずに結婚したため、多くの者はクリスティーナを噂でしか知らなかった。その美貌に、誰もが息を飲んで見蕩れる。

 彼女は大勢の人間に注目されても、臆する様子も無い。愛らしい微笑を浮かべて王の横に並んでいる。その姿は堂々として見え、まだ15歳だというのに、王の妃にふさわしい風格だ。

 2人が玉座につき、やっと一同ため息をついて張りつめた空気が破れる。それからは王夫婦への祝辞が続く。多くの貴族が上辺を取り繕い、にこやかに王夫婦に祝いの言葉を告げて行った。

 王は冷ややかな微笑を浮かべ、妃は愛らしい微笑を浮かべ、2人が美し過ぎて、完璧な笑顔過ぎて、まるで人形のような夫婦である。


「人でなしに、人形のような妻。お似合いだな……」


 王に聞こえないようにそんな言葉を漏らす声が聞こえる。それは的を得た言葉であった。


 一通り挨拶が終わった後、王の元に一組の夫婦がやってくる。


「国王陛下、ご結婚おめでとうございます」


「ずいぶん他人事だな。自分の娘の結婚式だろう。ロンダーク伯爵」

「自分の娘を王の妃にしていただき、これ以上の喜びはありません」


 空々しい社交辞令が続けられる中、王はカトリーヌをちらりと見る。視線が一瞬絡み付く。それだけで言葉はいらなかった。


「陛下。もはや王妃殿下といえども我が娘。少々の間2人きりで話をさせていただいてもよろしいでしょうか? その間妻のカトリーヌがお相手致しますので」

「かまわぬ。好きにするが良い」


 そう言い放つと、平然とカトリーヌの手をとってバルコニーへと向かう。皆がざわざわと噂をしながら2人の背中を目で追った。


「自分の妻の母親を愛人にするつもりか?」

「鬼畜王の名にふさわしい鬼畜ぶりだな。娘はそれで良いのか?」


 そんな無責任な言葉が飛び交う。

 クリスティーナは王の様子を気にするそぶりも見せずに、大人しく父とともに個室へと向かった。貴族同士の密談のために用意された窓もない窮屈な部屋だ。


 部屋に入って扉を閉じたとたん、ロンダークの微笑は消え、恐ろしいまでの憎々しげな表情を浮かべる。


「昨夜の初夜は不成立だったのだな。なぜだ?」

「なぜでしょう? 私が幼過ぎてお気に召していただけなかったのでしょうか?」


「10歳のお前を見初めて、婚約した男だぞ。何を今更……」

「では……警戒されているのでしょうか?」


 愛らしい微笑はそのままに、冷静に、淡々と言葉を紡ぐクリスティーナ。その姿は輝くばかりの美しさと反比例して恐ろしさを感じさせる。


「警戒……しているかもしれないな。私は王を憎んでる。王も私を憎んでる。お前はいわば人質だ」


 そう言いながらロンダークは表情を和らげ、自分の愛娘の頬に触れる。


「これだけ美しい娘を妻にして、手も出さぬとはあの男……不能か……」


 下品な笑みを浮かべながら、頬から首へ、そして鎖骨から胸元へと手を滑らせる。もう片方の手で、娘を椅子に押し倒し、ドレスの裾から手を入れる。ロンダークの口がクリスティーナの首に落ちる間際に、彼女は愛らしい声でささやいた。


「お父様。私はもう陛下の妻です。跡がつくような事はお辞めくださいませ。お父様が罰せられますわ」


 ロンダークは名残惜しげに、娘の胸をもみしだく。


「お父様。服が乱れます。他の方に怪しまれたらいけません」


 わずか15歳にして、冷静すぎるその言葉に、さすがのロンダークでさえもひるんだ。


「そうだな……その通りだ。私は決してあの男には負けない。誰にも知られずに、悟られずに……。だが今頃カトリーヌが時間稼ぎをしているはずだ。もう少しだけ……」


 それ以上クリスティーナは何も言わなかった。父親の手が自分の肌を撫でようと、いつものように仮面のような笑顔を浮かべている。

 クリスティーナは自分の体に夢中になる、父の事を見て見ぬ振りをしながらぽつりと呟いた。


「私は……を殺す為に産まれてきた……」


 幼い頃から教育を受けてきた、人を殺す為に産まれてきたと……。それでもかすかに残った人としての挟持が、心を鈍らせ、クリスティーナの目は不安で揺れ動く。



 その頃人目を避けるようにバルコニーへとやってきた国王フィリップは、人目が無いのを良い事に、カトリーヌを大胆に引き寄せて口づけをしようとする。しかしカトリーヌは顔を背けて口づけを拒否した。


「もはやわたくしは貴方の義理の母。親子での姦通は死罪なのでしょう?」

「その法が適用されるのは、あくまで血の繋がった親子だけだ。義理の親子なら……」


 フィリップはそういってカトリーヌの顎を救い上げる。娘と良く似た美しい美貌だが、娘と違って強気で勝ち気な表情で王を睨む。


「それでも……娘の夫と不埒な事をする気はありませんわ」


 そう言って顎に添えられた手を押しのける。フィリップの手から離れると、背を向けてバルコニーの正面に立つ。そこは室内から他の者が見える位置だ。


「変わらないな……強気で、怖いもの知らずで……。本当に、似ているのは顔だけだ。まったく……」


 カトリーヌはその言葉にちらりと振り返ってフィリップの顔を見る。いつものように冷たい微笑ではなく、まるで母親にたしなめられて決まりの悪い息子のような表情だった。


「あれはなんだ? あんな人形のような感情の欠片もない、わずか15歳だというのに、どんな時も作り物のような笑顔を崩さない……」

「それで……怖くなって手を出さなかったのですか?」


「怖いなどと私は……!」


 カトリーヌは憂いを帯びた瞳で目線をそらして言う。


「クリスティーナは……あの子は……夫が育てた化け物ですわ。油断なされませんように」

「はは……。あの小娘が、私を殺す暗殺者だとでも?」


 カトリーヌの言葉を冗談だと思ったのか、フィリップは笑う。しかしカトリーヌは否定しなかった。カトリーヌは悔しそうに顔をしかめ、手をぎゅっと握っていた。フィリップからは見えなかったが。


「貴方に愛されるのは私だけ……」


 フィリップに聞こえないように、カトリーヌは呟いてその場を去っていく。後に残されたフィリップはカトリーヌの背を追うように見つめ、わずかにせつなくため息をついた。

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