表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

法廷

「被告人に最後の弁明の場を与える」


 天上が高く、人の密度の濃い広間で、さざ波のようなざわめきが、ゆっくりと収まっていく。

 裁判所には裁判官である国王の席が中央の高い所に作られ、左右に弁護人と検察官が別れる。国王と向かい合う席にいるのが被告人。

 そして彼らの周りをぐるりと囲むように傍聴席があった。片側には二階席まであり、今日はそこもいっぱいになるほど、人が集まっている。


「し、知らなかったのだ。昔、少し情をかわした召使いに子がいた事など知らないし、ましてや雇っていた召使いが自分の子供だなんて、思っても見なかった。知らずに関係を持っていたのだ。不可抗力だ」


 被告人がそう反論すると、検察官は鋭い言葉を浴びせる。


「他の召使いより多い金を、母親に渡していたと言う証言があります。母親と接触していたのなら、自分の娘だと認識できたはずだ」

「裁判官、意義を申し立てます。被告人は直接娘の母親とは会っていません。給金を弾んだのもただの召使いではなく愛人だったからで、娘だと知っていたからではありません。実際娘が働き始めるまで、一切養育費は支払われていないのです……さらに」


 弁護人の言葉を遮るように、裁判官が大きく鈴を鳴らす。それは静粛にという合図だった。室内の全ての人間が裁判官の言葉を、固唾をのんで見守る。


「知っていたか、知らなかったか、そこは問題ではない。血のつながった娘と関係を持った。それがギルティ……有罪だ」


 被告人は真っ赤な顔で怒りだして裁判官に食って掛かる。


「近親相姦は死刑などと、100年間実施されなかった古い法だろう! それを今更持ち出してきて、私をはめようなどと……」

「意義は認めない。静粛に」


 被告人は刑務官に取り押さえられ、口を塞がれる。


「例え古い法でも、廃止されてなければ生きている。そしてこの国は法治国家である。法を犯せばどんな身分の者でも裁かれる。それがこの国を支える柱だからだ。以上」


 裁判官……国王フィリップは、立ち上がるとその長身の高さが周囲に威圧感を与え、氷のように冷たい灰色の瞳で見つめられると、死を覚悟する程にぞっとすると噂されていた。

 フィリップは美しい男である。まだ33歳の若さで国王でありながら重い威厳に満ちており、整いすぎた風貌は、知的で鋭い刃物のようだ。

 美しい……しかし恐ろしい……だから美しくても女は近寄らない、そんな空気を醸し出している。有罪判決を翻す気もなく、フィリップは背を向け退場して行く。傍聴席からひそひそと「鬼畜王の酷い仕打ちが……」などとフィリップの悪い噂が囁かれても、無関心で出て行く。

 裁判所を出ると馬車が用意されており、その中で秘書官のジョセフが待っていた。ジョゼフは見た目平凡な中年の男に見えるが、表情の変化に乏しい為に、何を考えているのか、わからない所がある。


「お疲れさまでした」

「ジョセフお手柄だ。よくあんな古い法律を探りだしてきたな。証拠集めの手腕も見事だった」


「お褒めいただき光栄です。陛下。それではアイツは……」

「死刑だ。これでまた一つ国に巣くうダニが消えた。私は綺麗好きだからな。汚いものは徹底的に排除する」


 舗装されてない道を走ってるのか、時折揺れながら速い速度で馬車が走って行く。しばらく2人は無言でいたが、フィリップが窓の外を眺めながら言う。


「ロンダーク伯爵の隙は見つかりそうか?」

「今の所は何一つ。怪しい事は数多くあるのですが、全ての証拠がロンダークに行き着く前にもみ消されます。あれほど見事に隙を見せないとは……」


「お前を手こずらせるとは……。まあ、15年私が狙い続けた獲物だ。それだけしぶとくても仕方が無い。アイツだけは……絶対に叩き潰す」


 そう言った時に少しだけ、冷たい表情に熱がこもる。目の奥でメラメラと炎が燃え滾っている。


「それほどまでにロンダーク伯爵を憎んでいらっしゃるのに、なぜ伯爵の娘を妃にされるのですか?」

「伯爵が溺愛する娘と結婚したら、なにか弱みを見せるかもしれないからだ」


 そう言ってフィリップはわずかに笑った。口のはしだけつり上がる、薄気味悪い笑い方だ。こういう時フィリップが悪巧みを考えている事は、長い付き合いのジョセフにはわかった。


「本当にそれだけでしょうか? まだカトリーヌ様に未練が……」

「それ以上言ったらお前もギルティだ」


「私を裁く法があればお答えください」

「国家反逆罪だ」


「証拠不十分で不起訴処分でしょうね」


 ジョセフは微塵も動揺を見せずに切り返す。有能過ぎて煙たい。そういうたぐいの人種であった。フィリップはこうなると押し黙る事しかできなくなる。ジョセフは矛先を変えて話題を提供する。


「今夜……初夜ですか。古式ゆかしきしきたりとはいえ、国王である貴方が『夜ばい』などしなくても……」


 それはこの国の古い風習だった。新婦は実家の自分の部屋で待ち、新郎が忍んで来て『夜ばい』をし、自分の家に連れ帰る。これが昔からの風習だ。すでに廃れて守る者も少ない。


「この国の法と風習を守るのも王の勤めだ」


 まるで気持ちのこもっていない、空っぽの言葉をジョセフは黙って受け止める。鬼畜王と呼ばれるこの男は、本音を話す事が非常に少ない。ジョセフは例外的に親しく話しているが、それでも踏み込めない一線がどこかに存在した。


 誰にも踏み込ませない孤高の存在は、どれほど味気ない人生か、理解できる者は神以外いない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ