序
「お可哀想な……お嬢様」
召使いはそう呟きながら、主人である少女の髪をブラシですく。鏡に映る少女の姿は、天才人形職人カール・グスタフの最高傑作と間違えるほどに美し過ぎた。
「黄金のように輝き絹糸のように柔らかなこの髪、初夏の庭に咲く大輪の薔薇のような唇、遠く東方の高級な磁器よりも滑らかで柔らかな頬。そして黄金が眠る静かな湖畔の用に深く鮮やかに輝く青い瞳。お嬢様ほど美しい方はこの世に存在しませんわ」
「詩人のようね。メイア。でもお母様もお綺麗よ。わたくしはお母様そっくりに産まれてきたのだもの」
「もちろん奥様は今でもお綺麗ですわ。ただ……女性の美が一番輝く時代という物がありますわ。お嬢様は15歳になられたばかり、成人しこれから光り輝く、まさに最高のお年ですのに……」
ブラシの手を止めて俯くメイアを見て、少女は振り返って彼女の頬に触れる。メイアはまだ幼く、15歳の主人より一つ下だった。まだまだ未熟な所も多いが、主人に気に入られて一番側で使えている。
かすかな涙の跡はぬぐい去られ、少女はその指を愛らしい小さな舌で舐める。しかし少女の表情は人形のように固いまま、表情から何を思っているのかまったくわからない。
「なぜ泣くの? メイア。私は明日嫁ぐのよ。しかもこの国の主人。国王陛下の元に」
「それがお可哀想なのです! あの……あの鬼畜王の元に嫁ぐのですよ。18歳も年上の、あの恐ろしい王の元に。お嬢様がどれほど恐ろしい目にあうのか……」
大粒の涙をこぼして、我が事のように嘆き悲しむメイアの手を少女の手がそっと包み込む。その瞳は深過ぎて見る物を深淵へと引きずり込むような魔力を持っていた。
「私には貴方がついてきてくれるのだもの。何も怖くないわ。それにお母様が言ってたもの。陛下は素晴らしいお方だと。きっと周りが冗談で鬼畜王だなんて言ってるだけだわ」
「いいえ……いいえ……お嬢様は知らないだけです。あの鬼畜王は自分の父親を殺して玉座についた簒奪者。あの王が即位してから13年、どれだけの人間が殺されてきたか」
「メイア……」
少女が何かを言いかけたその時に、遠慮がちにノックの音が聞こえた。メイアは慌てて自分の頬を拭ってブラシを置くと、扉を開けに向かう。
「まあ……旦那様。こんな夜更けにどうなさいました?」
「明日娘が嫁ぐのだ。最後の挨拶をしたくてな……」
年の割には深いしわの刻まれた、はりのない肌の男が、さらに力なくうなだれている。弱々しく呟いたその姿にメイアは深く同情する。
「ああ……旦那様。お気持ちはよくお察ししますわ。最愛のお嬢様をあんな男の元に……」
「メイア……口を慎みなさい。明日から陛下の側でお使えするのだぞ。もしそんな言葉を陛下が聞いたら……私の首まで飛びかねん」
「し、失礼致しました……」
「もう良い。下がりなさい」
メイアは小さくお辞儀をして、静かに部屋を出た。メイアの足音が遠ざかるのを確認してから、男は静かに扉を閉めて鍵をかける。
「お父様……ごきげんよう」
少女はかわらず美しかった。美しく整えられた眉一つ動かさずに、父に向かって完璧なお辞儀をする。
「クリスティーナ……長かったな。とうとうこの日がやって来た5年前の婚約からずっと、この日の為にお前を育ててきた」
「はい、お父様」
「すべて教えた通りに、大人しく陛下にお使えするのだぞ」
「はい、お父様」
男が1歩づつ歩みを進め、クリスティーナのか細い顎に手を添えて上に向かせる。
「お前のやるべき事はわかっているな」
少女は可憐な微笑みを浮かべたまま、人形のように美しい唇を開く。
「はい。国王陛下を殺す事です」
まるで猫を可愛いと言うように、風が吹いて寒いと言うように、自然と沸き上がるような言葉で、クリスティーナは言った。それを男は満足そうに頷いて微笑んだ。
「よくわかっているな。クリスティーナ。服を脱ぎなさい」
「はい、お父様」
夜着をするりと脱ぎ去ると、まだ小さな2つのふくらみがあらわになり、国宝の美術品を眺めたように男は満足げに頷く。
「美しい私の娘」
そう呟きながら少女の柔らかなふくらみを荒々しく掴み、もう片方の手でそっとベットへ押し倒す。
「美しい私のクリスティーナ」
そう言いながら首筋から鎖骨までを舐め、ふくらみの頂を口に含んだ。興奮した表情で手はせわしなく太ももをまさぐり、その付け根へと手を伸ばす。かちりと冷たい感触に男の表情が曇った。
クリスティーナの下半身には、鍵付きの金属の無骨な装置がつけられている。貞操帯。本来は既婚女性が貞節を守る為につけられるものだ。
「忌々しい……まだつけていたのか」
「お母様が明日の朝外してくださると。お父様が思いあまってしまわぬようにと」
「カトリーヌめ……。私を信用してないのか」
「お父様。私は国王陛下を殺す為に嫁ぎます。それまで純潔は守られなければならないのです」
男は忌々しげに顔をしかめた後、麗しの娘を眺めて微笑んだ。
「そうだ……その通りだ。だが……今夜はまだ、お前は私の物だ」
そう言って男は厭らしくクリスティーナの唇をむさぼった。父に蹂躙される間も、クリスティーナは淡々と無抵抗に受け入れ、人形のように微笑み続ける。まるで本物の人形のように手応えの無い少女の体を、男がむさぼり尽くす。
月だけがその醜い光景を眺めていた。