未来を見る
その日は雨が降っていた。暗い部屋には、男が一人。いや、正確には一つ。床に伏せたまま動かなかった。
回り込んで顔を確認すると、それは、口から血を流し、虚ろな目の・・・・・・
「俺だった訳か」
目の前の猪野がため息交じりに吐く。
猪野は厳しい目つきで、口に手を当てている。
「だから言ったじゃんか。自分の死に目なんて見るもんじゃないって。それも殺し屋なんて職業の奴が」
コンクリート打ちっ放しの灰色の部屋には、重苦しい空気が横たわり、二人の口を閉ざしている。そこには、しとしとと雨の音が侵入している。
「それはいつなんだ、俺が殺されるのは?」
猪野がすがるように聞く。
「だから、それは分からないって。ただ、死ぬのはこの部屋で、それも遠くない未来だってことは確実だね」
私には、未来が覗ける。ただそれは、時間という絶対の座標を基準としてはいない。誰か、人の一日一日の人生を基準にしての、未来観察だ。
「じゃあ、もう一回見てくれよ。その、少し前を」
猪野は相当焦っている。
「見てどうなる?」
「運命を回避する手掛かりが何か手に入るかもしれないだろ」
「直近の未来は強力だ。そう簡単に変えられるものじゃない」
猪野はそれでも食い下がり、しかし、しかし、と繰り返す。
私も根負けし、未来を覗くことにした。
目を閉じ、集中した。
部屋には、死体となった猪野の他に、二人の男がいた。二人とも、全身白い服をきて、胸には、十字の赤いペンダントをつけていた。手には拳銃を握っていた。
二人は、何かを探して部屋の中を荒らしていた。恐らく猪野はこいつらに殺されるのだろう。
「何だその白服の男ってのは?詳しく教えてくれ」
聞き終わるなり、猪野はすぐに訊き返す。
「お前身に覚えがないのか?詳しく言うと、髪はどちらも短髪だったが、顔は、隠されていて分からなかった」
猪野の顔は酷く青ざめ、目を見開いて辺りをキョロキョロしている。
「それだけか。まあいい。とりあえず何処かへ逃げよう、な?」
額から大粒の汗を流している。先程よりも強くなった雨が、鉄筋コンクリートをすり抜けて猪野にだけ降りかかっている様だ。
「無理だ。変えられない」
私はあくまで冷たく言い放つ。感情を込めると、冷静な判断が出来なくなるから。
「じゃあ、頼む。もう一度、もう一度だけ見てくれ」
服を掴まれ、私は頼みを断れなかった。二度の能力の発動で、頭が痛かったが、何とか精神を集中させた。
薄明かりで照らされた部屋には、男が二人いた。猪野と、口論をしている、私だった。未来には居なかった私が、この時点では、存在していた。
見るなり、私は近くのクローゼットに駆け込んだ。バタンと大きな音を立て、戸を閉めた直後。
ドアをノックする音が聞こえた。