表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

蒸気戦車「虎」、北海道の戦い

あんたは蒸気の力で動く車両と言うと、何を思い浮かべるだろうかね?


そう、蒸気機関車、英語で言うとSLだね。


今では鉄道車両は、ほとんど電車がディーゼル車で、蒸気機関車は観光客向けに走っとるだけだが。


そう、あの戦争が終わるまでは、ワシは国鉄で蒸気機関車の機関助士、戦後は機関士をしておった。


あの時の話を、あんたは聞きたいのかね?


あれは昭和二十年の八月、広島にアメリカの原子爆弾が投下されて、北海道にソ連軍が攻め込んで来た時の事だった。


さっきも言ったように、当時ワシは国鉄で機関助士をしておった。


まだワシは十九歳だったが、正確には機関士見習で、もう少しで正式な機関士なれるところだった。


蒸気機関車の機関士は戦前の少年たちにとって憧れの職業だった。


機関士は軍隊の下士官、警察の警部と同等の判任官、下級官吏で、社会的地位、俸給ともに恵まれていた。


機関士になるためには、機関区に入り、庫内手、機関助士見習、機関助士、機関士見習をへて機関士になるには通常五年以上かかった。


戦前の平和な頃なら十九歳の機関士は、まず有り得なかった。


戦争が激しくなると、若者は次々と兵隊に取られちまったからな。


人手不足で、今でなら、大学生や高校生ぐらいの若者とは言えない子供が、機関士になるようになったわけだ。


北海道の北にソ連軍が上陸すると、道民は南に向かって必死になって脱出した。


同時、ワシは避難民を乗せた列車のカマ焚きをしておった。


ある駅で停車していると、陸軍から駅長を通して「機関助士が一人欲しい」という話が来た。


どういうわけか、ワシがそれに選ばれて、機関庫に行くように命じられた。


機関庫の中に入ると、奇妙な車両が目に入った。


ちょと見ると、蒸気機関車なのだが、足回りがレールを走るための鉄輪ではなく、ブルドーザーと同じようなキャタピラになっていた。


蒸気機関車の後ろの方を見ると、実はそちらが「前」だったのだが、戦車が付いていた。


そう、それが蒸気機関車と戦車を合体したような「蒸気戦車」とワシの出会いだった。


「おう、貴様がカマ焚きか、頼むぞ。オレがこの蒸気戦車の戦車長だ」


声の方を振り向くと、そこに陸軍の軍人さんがいた。


その軍人さんの名前と階級?


うーん。聞いたはずなんだが、忘れてしまったな。


一緒に行動していた時、ワシは軍人さんを「戦車長殿」、軍人さんはワシを「カマ焚き」と呼んでいたからな。


「蒸気戦車ですか?何なのですか?この変な車両は?」


「変な車両だと?」


戦車長殿の声にも表情にも静かだが怒りがこもっていた。


ああっ!しまった!ぶん殴られる!


ワシはそう思った。


ワシは徴兵はされなかったが、陸軍で下っ端の兵が上官から鉄拳制裁をしょっちゅう受けるのは聞いていた。


ワシが国鉄に就職して最初になった「庫内手」と言うのは、一番下っ端の雑用係だ。


しょっちゅう先輩からワシは殴られておった。


経験上下手によけると、制裁が酷くなるので、身構えて殴られるのを待った。


拳は飛んで来なかった。


「確かに変な車両だ。こんな物の開発を決定した軍のお偉いさんの正気を疑うよ」


戦車長殿の怒りはワシに対するものでは無かった。


「カマ焚き。貴様に、一応、この蒸気戦車が開発された理由を説明しておこう。今はソ連が攻め込んで来たが、昭和十六年十二月にアメリカとの戦争を我が大日本帝国が始めた理由を知っているか?」


「アメリカから石油が輸入できなくなったので、南方資源地帯を占領して、大東亜共栄圏を作り、アジア人による自給自足体制を作り上げるためです」


「大東亜共栄圏はともかく、石油は我が国では必要量を満たせない。石油が無ければ海軍は軍艦は動かないし、陸軍も戦車は動かない。戦わずして負けてしまう。だからこそ、清水の舞台から飛び降りたつもりで、アメリカ相手の戦争始めたんだがな。結果はこのざまだ。沖縄はアメリカに占領されちまうし、広島に新型爆弾は落とされる。そして、北海道にソ連軍上陸だ。同盟国だったドイツは全土を連合国に占領されちまったそうだが、このままじゃ我が国もそうなっちまう」


「それは我が国が戦争に負けるという事ですか?」


ワシは「負ける」と口に出してしまってから後悔した。


周囲の誰もが、この状況で戦争に勝つとは思っていない雰囲気だったが、誰も負けるとはっきりとは口に出さなかった。


そのような事を言えば「非国民」あつかいされてしまうからだ。


しかも、よりにもよって軍人さんの前で言ってしまった。


どうしよう?憲兵に連れて行かれてしまうのか?


だが、戦車長殿は何も聞かなかったように話を続けた。


「少し話が逸れてしまったな。この蒸気戦車が開発された理由に話を戻すぞ。石油は国内では自給できない。石油が無ければ戦車は動かない。だが、石炭は国内で自給できる。だから、石炭で動く戦車を作ろうという事で開発されたんだ」


「そうですか凄いですね。子供の頃読んだ少年雑誌の挿し絵のようで、とても強そうです」


兵器に関して素人のワシは、戦車と蒸気機関車の合体した蒸気戦車が本当に強そうに見えた。


「強そう?このお役所仕事の辻褄合わせのこれがか?」


戦車長殿は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「アメリカとの戦争が始まる少し前、最初の計画は石炭を液体化する技術の実用化だったんだ?」


「石炭の液体化ですか?それは凄いですね」


「そうだ。石炭が液体化できれば、普通の戦車に燃料として使える。こんな変な蒸気戦車なんか作る必要は無い。だが、石炭液体化計画は中止になった」


「何故、中止になったのですか?」


「アメリカとの戦争の初めは連戦連勝だっただろ?南方の油田も占領できた。石炭の液体化には石油にくらべて金も手間もかかるんだ。石油が手に入るなら必要無いって上層部は判断したんだ」


「それなら、何故、蒸気戦車を作ったのですか?」


「南方から本土に石油を運ぶ船をアメリカの潜水艦に次々と沈められてな。結局は石油不足になった。しかし、今更石炭液体化計画を復活させても実現までは時間がかかる。陸軍もお役所だからな『できません』とは言えない。それで、短期間で実現可能そうな石炭をそのまま燃料として使う……、蒸気機関車と戦車が合体した蒸気戦車の開発になった」


「でも、とても強そうですよ。鉄道で戦車を運んだ事ありますが、その時見た戦車より大きいですよ。こんなのが何両もあるのですか?」


「いや、蒸気戦車はこの一両だけだ。『開発をきちんとやっています』と主張できる裏付けのためにだけ作ったんだからな。だが、砲撃力が日本で一番強い戦車なのは確かだ。戦車の部分はドイツから輸入した『ティーガー』だからな」


「ティーガーって何ですか?」


「英語で言うとタイガー、ドイツ語で虎という意味だ。ドイツ最強の重戦車だ。一両だけ潜水艦で輸入したのを無理矢理蒸気戦車に改造した」


「それじゃあ、これは蒸気戦車虎ですね」


戦車長殿は下手な冗談を聞いた時のように笑った。


「話が長くなったが、貴様を蒸気戦車虎の機関士として徴兵する。ウチの部隊にはカマ焚きできるヤツがいなくて困っていたんだ」


「僕は機関助士ではなくて、機関士なのですか?」


「この蒸気戦車の機関車部分を担当するのは機関士という事になっている」



遂に念願の機関士になれたので、ワシは嬉しかった。


その喜びは、機関車の運転台に乗り込むまでだったが……。


蒸気機関車の運転をするのは機関士なんだが、蒸気戦車の操縦をするのは戦車部分に乗っている操縦手だったんだ。


機関士とは名ばかりで、ワシのするのはカマ焚きだけで、やってるのは機関助士と変わりがなかった。


ワシらの乗り込んだ蒸気戦車の任務は、この町から避難民が列車で脱出する時間を稼ぐために、攻めてくるソ連軍を抑える事だった。


えっ?日本唯一のティーガー戦車の活躍について聞きたい?


うーん。そう言われてもな。ワシは見ていないのじゃよ。


いや、ワシはもちろん戦闘中ずっとカマ焚きをしておった。


普通の蒸気機関車の運転台は吹きさらしになっておって、外が見えるのじゃが、蒸気戦車の機関車部分の運転台は鉄の板に覆われていて、外がまったく見えなかった。


えっ?戦車部分と機関車部分は、どうやって通信していたのかって?


そんな物は無いよ。


そう、無線電話も有線電話も伝声管も無かった。


ワシはひたすらカマ焚きをしているだけで、戦闘が終わるのは外からノックされてようやく分かるぐらいだった。


戦闘が中断した時、一休みするために外に出たが、壊れたソ連の戦車がたくさん放置されていた。


蒸気戦車虎が撃破が撃破したのだと、それで分かった。


ワシも蒸気戦車虎の一応乗組員なのだが、自分も戦闘に加わっているという感じがしなかった。


カマ焚きの仕事は、どうだったか聞きたい?


普段、鉄道の蒸気機関車のカマ焚きをしている時よりは、楽なところもあった。


戦争中はあらゆる物が不足していたが、蒸気機関車用の石炭も質が悪くなっていてな。


泥のような石炭が回ってくる事もあってな。


なかなか燃えないので、ワシらカマ焚きは苦労しておった。


蒸気戦車は陸軍だからだろうが、質の良い石炭が用意されていてな。


よく燃えるので、そこは比較的楽だった。


辛かったのは、運転台が鉄の板で覆われていて密閉されていてな。


カマ焚きをしていると、とてつもなく暑かった。


体中の水分が全部絞り出されるかと思うほど、ワシは汗だくになった。


戦闘が中断されると、外からノックされてな。


外に出ると水と塩が用意されていた。


もちろん。水分と塩分の補給のためだ。


ワシは事前に何も言わなかったのに、戦車長殿が気を利かせてくれたんじゃよ。


えっ!?ワシはカマ焚き以外では戦闘に参加しなかったのかって?


まあ、戦闘に参加したと言えば、言えるのが、一度だけあった。


密閉された運転台の中でショベルで投炭していると、外から激しく叩く音がした。


ノックにしては強く叩き過ぎだと思ったが、密閉されていて外は見えないし、戦闘が一時中断したのだと思ってワシはドアを開けた。


そこには明らかに日本兵では無い。熊のような兵隊がいた。


「ソ連兵だ!」


ワシはとっさに手に持っていたショベルで、ソ連兵を殴った。


ソ連兵は地面に転がったが、倒れたままワシに銃を向けた。


銃を向けられるなんて初めてで、ワシはどうしたらいいのか分からず。固まってしまった。


銃声がした。


その銃声はソ連兵が放ったのではなく、戦車長殿の拳銃から放たれた。


ソ連兵は二度と動かなかった。


それが、ワシの唯一の戦闘経験じゃよ。


いよいよ、話が最後に入るが。


駅から最後の避難民を乗せた列車が、発車しようとしていた。


ワシら蒸気戦車の乗組員は、その列車に乗る事はできず。最後まで町に残るよう命令されていた。


まあ、簡単に言えば「死守」、「死ぬまで戦え」と命令されていたんじゃな。


その命令に対して、ワシは不思議と怒りも恐怖も感じなかった。


蒸気戦車に乗り込む以前にも、駅や機関車が空襲されて、鉄道員が殉職するのをワシは何度も見ていたし、「ああ、自分の番が来たんだな」ぐらいにしか思わなかった。


今の若い人たちには分からない気持ちなんじゃろうがな。


ソ連軍の何度目かの攻勢が失敗して、戦闘が中断している間に最後の列車は発車する事になった。


とにかく、避難民全員の脱出には成功しそうだったので、ワシらはホッとしておった。


空から何かが飛んで来た。


それが駅の上を通り過ぎると、最終列車を引く蒸気機関車が穴だらけになっていた。


ソ連軍の戦闘機による銃撃だった。


蒸気機関車が動かないのは、誰の目にも明らかだった。


避難民たちが絶望的な顔になった。


しかし、戦車長殿は冷静に、これからの対策を皆に説明した。


蒸気戦車の機関車部分は簡単に分離できて、線路の上を走る機関車に戻せる。


その機関車で列車を牽引して、避難民は脱出する。


「でも、戦車長殿。機関車部分を分離してしまったら、蒸気戦車は動けなくなるでしょう?どうすのですか?」



「カマ焚き。安心しろ。戦車の方には元々あったガソリンエンジンと僅かだがガソリンがある。最後の一戦する間は動けるさ」


「でも、僕も脱出するなんて、命令違反になるのでは?」


「この駅に一人だけ残っていた機関士が、さっきの空襲で殉職しちまったんだ。残っているのは十四歳の機関助士が一人だけ、貴様が機関士になって動かすしかないだろう?」


「しかし……」


「釜焚き。いや、機関士。俺は陸軍軍人としての役割を果たす。貴様は鉄道員としての役目を果たせ」


蒸気戦車から機関車部分を分離して、足回りをキャタピラから鉄輪に交換した。


大勢の避難民を乗せた客車や貨車を引いて、ワシの運転で列車は出発した。


貨車に人を乗せたのかって?ああ、客車の屋根の上まで避難民を乗せても、客車が足らなくなったんでな。貨車にまで避難民を乗せたんだ。


運転台には窓が無かったんでな。ドアを開けっ放しで、ワシは運転しておった。


身を乗り出して後ろを見ると、段々と蒸気戦車が……、いや、もう普通の戦車になったのだが、ワシの視界の中で小さくなっていって、最後には見えなくなった。


それから後は、日本人なら誰もが知る通りだ。


アメリカが北海道のソ連軍に向けて二つ目の原子爆弾を投下して、アメリカ軍も北海道に上陸した。


ソ連のスターリンは口ではアメリカを激しく非難したが、北海道からソ連軍を完全撤退させた。


北海道各地で日本軍が激しく抵抗して、アメリカ軍が介入する時間を稼いだからこそ、北海道が日本人の手に残ったのだと言われているな。


ワシも、そのごく僅かな一部だと誇ってもいいじゃろ。


戦車長殿が、あれからどうなったのか、ワシは知らなかった。


名前も覚えていなかったので、調べようがなくてな。


あの戦争を直接知らない若者のあなたに教えられるとはな。


あのティーガー戦車は最後の砲弾が無くなるまでソ連の戦車を撃破し続け、弾も燃料も無くなると、戦車長殿たちは捕虜になり、ティーガー戦車も戦利品として持って行かれてしまったのか。


戦車長殿たちはシベリアでの数年間の強制労働の末に亡くなられていたのか……。


戦後は、ワシは国鉄の機関士として働いた。


蒸気戦車の機関車部分も普通の蒸気機関車に改造されて、北海道のあちこちを走り回った。


戦後の数年間は車両不足だったからな。まともに動く蒸気機関車は貴重だった。


しかし、日本が豊かになって行くと、鉄道は電車やディーゼル車に変わって行き、最後まで蒸気機関車が残っていた北海道でも、ワシが定年退職する頃にはすべて廃止になった。


寂しくはあるが時代の流れだ仕方がない。


こうやって、蒸気戦車の機関車部分だったコイツが、守った駅の駅前広場に記念として保存されているのは幸運だろう。


蒸気機関車は廃車になると、ほとんどがスクラップになってしまったからな。


しかし、あなたは凄いの!あれを見つけ出して、ここまで持って来てしまうとは!


この蒸気機関車と合体していた戦車部分、ソ連の博物館にあったティーガー戦車を持って来るとは!


ソ連の崩壊の混乱に紛れたからできた?


ロシアとなって安定してからだったら無理だった?


そうじゃろうな。


それから、元の蒸気戦車の姿に戻すための資金集めも大変じゃったな。


だが、こうして、避難民を守った蒸気戦車虎の姿を見る事ができるようになった。


これに乗っていた最後の生き残りとして感謝するぞ。


何?これで終わりじゃない?


このままでは置物と同じで動けないが、今度は動けるように修復するのが目標?


実現が楽しみじゃの!ワシは蒸気戦車虎が動いているところを外から見た事な無いからの!

ご感想・評価をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うんうん。 読んで良かった大満足。
[一言]  今回も投稿ありがとうございます。そして、これは想像すら出来ませんでした。  装甲列車あたりなら考え付きましたが、まさかこんなものを。さすがです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ