2-1 その目に映る景色は
きちんと布団をかけて寝たはずなのに、何だか寒い気がする。
そんな思いと共に目を覚ますと、飛び込んできたのは一面鉛色の空だった。夜は明け、辺りは明るくなっていた。鼻を衝くのは、物の焼け焦げた匂い。少しずつ意識がはっきりしていき、昨日の出来事を半ば夢見心地で思い起こす。
人々の悲鳴、燃え盛る炎。崩れ去る街、何が起こっているのか分からない恐怖。闇を切り裂く一筋の光、折れた黒い長剣、虚しく宙を舞ったその―――
「師匠っ!」
ガバっと跳ね起き、辺りを見わたす。炎はいつの間にか消えていた。黒焦げの家が点々と続いている様ははっきり言って異様なものだ。全身が痛い。立ちあがるのはまだ無理だと判断し、近くの残骸に身体を預けた。背中に何かが当たる感触がする。手を伸ばしてみてその存在を思い出した。ベンから預かった黒い巾着だ。そういえば、とズボンのポケットに入れっぱなしにしていたマント留めを取り出す。無くなる心配がないように、巾着の端の方につけておいた。よし、これでいい。肝心の中身を確認すべく巾着の口を開ける。
入っていたのは使い古された手帳と黄ばんだ封筒、財布、そして鎖のついたカメオだった。不思議な鳥をあしらってある。鷲のようにも思えるが、どこか少し違う気がした。長い尾と、鋭い鉤爪。強さと知性の両方を感じさせる。翼には磨かれた宝石らしきものが点々と散りばめられていた。
「何だろう。」
一先ず大事なものだろうと思い巾着へしまっておく。封筒を拾い上げ裏返せば、右下に「ベン・リーベ」のサインが見て取れる。開けていいものだろうか、と少し躊躇ったが思いきって封を切った。封筒と同様に黄ばんでいる三つ折りの便箋。随分前に書かれたものなのだろうか。逡巡しながら紙を広げれば、その手紙が自分の名前から始まっていることに気付く。そのまま食い入るように読み進めた。
セミリオ
この手紙を読んでいるということは、俺は何らかの理由でお前のそばに居ないのだろう。俺は多分、いつか逃げ出さねばならなくなる。今でも追われている身だからだ。もしくは逃げだす前に死ぬか、だ。今だから言おう。俺は一度、死んでいる。自然の掟に反したこの身は、いつか耐えきれなくなる。その前に出来る限りをお前に託そう。
お前は「神の書斎」のおとぎ話を知っているか?おそらく知らないだろう。知らなくても無理はない。この世界、ウォルスタッドに古くから伝わるおとぎ話だ。神は世界のすべてを記録しておくために、世界中で起こった出来事を本にして書斎に保管している。筋書きはこんなものだろう。
俺はこのおとぎ話の、いや……神の書斎の真偽をずっと追ってきた。
ただのおとぎ話だ。そう吐き捨てることはいとも簡単なことさ。だが俺は「神の書斎」が実在していないとは言い切れなかった。だからずっと長い間、探し続けた。それが俺の追われている大きな原因だ。
全てを書き記すことができたらと思うが、お前がこの手紙を読むという確証もない。他の者の手に渡る可能性だってあり得るわけだ。
セミリオ、お前はおそらく凄腕の剣士に成長するのだろう。ここ最近、お前の動きを見ていて思った。お前なら、真実に辿り着けるかもしれない。
お前なら、食い止められるかもしれない。「黒い炎」を。
だが無理強いはしない。今のお前はまだヒヨっこだ。渦巻く流れに逆らうことも敵わず消えゆく泡だ。……これを読んでいるのは何年後のお前かは分からないが。
俺に言えるのは、これだけだ。信じた道を行け。 ベン・リーベ
追伸
オルドに俺の旧知で鍛冶屋を営んでいる奴がいる。ニエンっていう。何かあったらそいつを訪ねるといい。
3回、いや5回は読み返した。師匠が追っていたのは、おとぎ話の中に存在する「神の書斎」の真偽なのか。そんなおとぎ話は聞いたことがない。物心ついたときからベンの傍らで剣を振っていたのだ。もしかしたら意図的に、そのおとぎ話を聞かせないようにしていたのかもしれない。でも一体、何故おとぎ話の真偽を確かめたいと思ったのだろう。そこまで言い切るにはきっと、神の書斎の存在を示す何かがあったのだ。それは一体、何か。それに気にかかったのはもう一つ。
「黒い炎って、何だ。」
古びた手帳をぱらぱらとめくる。リーベ生全員のデータや試合の結果、果てにはおかずのレシピまで何でも書いてあった。そっと全てを巾着に収める。はっきり言って分からないことだらけだ。
一度死んでいる、というのも気にかかる。どこかを破門されたとかそういう類だろうか。
もうちょい分かりやすく書いてほしかったなぁ、と心の内で文句を言わせてもらう。
でも、一先ずやるべきことは決まった。ニエン、という人を探さなくちゃ。オルドは崩壊したって聞いたんだけど……なんとかなるか。剣を背負い直し立ち上がる。
今度こそ南門を抜け、セミリオは外の世界へと一歩を踏み出した。
お久しぶりです、5月末2週は地獄スケジュールでした。
予告編を引っ込めました。「2012年」に時の流れを感じました。
人生初めての漫画を描いてます。原作担当で初ネーム。
こちらの執筆に影響が……(o_o)