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1-6  それは突然に


今、目の前で起きたことが信じられなかった。それだけではない。ここまでに色々なことがありすぎたのだ。

一体何が起きているんだ。悩み始めた矢先に小さく腕を引かれた。


「居なくなっちゃった、の?」

マリヴェラが掠れた声で問う。何も答えられない。


「死んでしまった、の?」


答える者は誰もいない。視線を下げれば、夜風に揺らぐベンのマントが目に入った。ゆっくりとした動作でそれを拾い上げ、息を吐く。

そう、僕らは進まなきゃいけないんだ。


「師匠は『あと二発』って言ってた。もしそうならあと一発、あの斬撃が来ると思う。」

「じゃあその前に、行くか。」


アトスがぐいっと目を拭って立ち上がった。泣くのは後でも出来るよな、強気に言い切った語尾が震えていたのに気付いたけれど、セミリオは気付かないふりをした。崩れ込んだままのマリヴェラの肩をそっと叩く。

そう、僕らは進まなきゃいけないんだ。


それでも。


「うん。みんなは先に行ってて。僕は……これを。」

「俺も……いや、そうだな。……分かった。」


ベンのマントと、折れた剣。セミリオはそれらを、リーベのあった場所に埋めておこうと考えていた。それが自分に出来る唯一の手向けであり、また自身のけじめをつける方法だと思ったのだ。


確かに、再び斬撃が襲ってくるかもしれない。しかしセミリオは衝動的に動いたとはいえ、その斬撃を防いでみせた。一方他の9人の仲間たちは丸腰である。いや、たとえ各自が剣を持っていたとしても、斬撃から逃れられるかは分からない。

かくいうセミリオも、先程と同じようにうまくいく確証など無いのだが。しかし、無事でいられる可能性が高いのはセミリオだろう。レルは全てを見越して、自分の気持ちを押しとどめた。


「行くぞ、みんな。」

「でも……!」

「大丈夫。でもレル、何かあったら先に逃げて。」

にっこりと微笑んでみせる。月明かりに照らされセミリオの髪が輝いた。



走り出した仲間たちを見送り、踵を返す。路地に入り中央区、リーベがあった場所へと向かう。先ほどまで何もなく過ごしていたのが信じられない有り様だった。


みんなで食事をした食堂、朝の素振りの場所にしていた裏庭、夜遅くまで仲間と腕相撲を競い合った寝室、毎日のようにくぐった正門。全てが、一瞬にして廃墟と化してしまったのだ。


そして、親のように慕っていたベンも……いなくなってしまった。遠い遠い、存在だった。

越えられない壁、追いつくことのできない背中、手を伸ばしても届かない光……セミリオにとってベンはそういう存在だったのだ。


何もかも、失ってしまった。


今になってようやくその事実が実体を持ち始めた。突き刺さるような痛みは果たして不安か、悲しみか。じわり、と虚ろな孤独が身体を蝕んでいく。滲んだ視界をそのままに、セミリオは門の前を懸命に掘り始めた。


これから、どうすればいいのだろう。


リーベ二代目当主。道場を再興しろとでもいうのだろうか。

人に剣を教えるなど自分に出来るのか──いや、ベンはきっとそういう意味で「当主」の肩書きを自分に託したのではない。何より、何故自分なんかが。今更ながら不思議に思う。



マントと、折れた剣を置く。


『俺は、追われていた。』

『半分くらい真実を知って、絶望した。馬鹿みたいに……怖くなったんだ。』

『この一件にお前たちは関わらない方がいいと思う。』

『信じた道を、行け。』


信じた道………自分の、やるべきこと。それは、きっと。


「師匠。あなたが追い求めた真実というものは、一体何なのですか。それは……僕が到底辿り着くことの許されないものですか。」


マントに付いていたマント留めに手を伸ばす。透き通る青サファイアの周りを銀細工であしらったシンプルなものだ。


「こんな僕に、リーベ二代目当主を託したのなら……僕は、信じてもいいですか。」


そっとそれを外し、静かに握りしめる。目を閉じて震える息を外に逃し、自身の気持ちを確かめた。

もう大丈夫、二度と揺らがない。


再び目を開けた時、緑の瞳からは迷いが抜けていた。


「僕は、この街で……いや、この世界で何が起きているのか、それを確かめに行きます。師匠、それが僕の信じた道です。」



土を元に戻し、その場所に折れた黒刀の柄がある方を突きたてる。いつの日か、ここに戻ることを決意して。小さく黙祷を捧げ、その場から立ち去ろうとした。刹那。


空を赤い稲妻が駆け抜けた。


空気を震わせるような重い、爆発音。地面がぐらりと波打ち牙を剥く。それと同時に、風によって運ばれてくる音と匂い。何かが爆ぜている。何かが焦げている。はっとして先程抜けた道を戻った。


「これは……。」


目に入ってきたのは、眩しいほどの炎だった。街の中心部から火の手が上がっていたのだ。

このままじゃ巻き込まれる、混乱する頭を抱えつつもそう判断し、南門の方を目指す。走れば走るほど体中が煤で汚れていく。


あと少し。


そう思った矢先、ざわっと背筋が疼いた。

反射的に走るのをやめ、その場から一歩後ろへ飛びのく。直後、赤い光がその場で弾けた。あっという間に炎が巻き起こり、視界いっぱいが橙色で埋め尽くされた。


熱い。

喉が焼ける様に痛い。


路地裏を抜けひらけた場に出た時、手足の感覚は既に無かった。耐えきれなくなって膝をつく。

ここまで火が回ってくるのも時間の問題だろう。早く行かなければと思うものの、足が思う様に動かない。




月夜を鋭く斬り裂く汽笛の音。

鉄道が無事に出発したことを告げる報せだ。




みんな、無事に出発したんだ。


息を吐けば、体中の緊張が解けた。でも、


「また……心配、かけちゃったなぁ……。」


ふっと笑って、朦朧としていたセミリオの意識はぷつりと途絶えた。



一節終わったので一旦インターバル取ります。

そして次回 予告編を引っ込めます。


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