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1-5  それは突然に


来た。


響く轟音と揺れる地面。静かに眼を開けて、ベンは自分の推測が強ち間違いではなかったことを知った。

地平線いっぱいに広がっていた青い輝きは今やイルスを覆う程度にまで収縮し、一本の光の帯と化している。その一端が闘技場の壁に食い込み……何の苦もなく断ち切っていった。そのまま空気を割りながら光の帯が目前に迫る。本能の赴くままに剣を振り下ろすと、キィィィィンと甲高い音が辺りに響いた。剣と青い光がぶつかり生み出された音だ。本来なら光が実体を持っているなど考えられない。が、それはまさに「光の刃」と形容するにふさわしいものだった。

青い光はベンの手から剣を弾き飛ばそうと圧力をかけてくる。せめて光の刃が進もうとする角度だけでも変えられないか。そう思案している間にも両足は虚しく地面に抵抗の跡を残していく。最早力技だけでどうこう出来るものではなかった。長年使い古してきた愛剣の黒い刀身。そこに青い光がまとわりつく。渾身の力で光を押し戻そうとして、剣が小さく悲鳴を上げた。


―――クソッ……防ぎ切れない、か……


押し合いを続けていたわずかの間に、剣はこれまでにないほどのダメージを受けていた。自分から仕掛ければ、折れる。折れれば、身体は光に切り刻まれる。ふっ、と笑い覚悟を決めた。耐えてくれ、あと一発で決着ケリをつけるから。


小さく息を吐き、腰を落とした。そのまま右足を踏み込み、身体を捻りながら刃に全体重をかける。流れるような一連の動き。



―――悪い、な……



誰に向けてだろうか、零れた謝罪は青い光が砕け散る音にかき消されて。視界に映る青い光の残片、黒い剣の断片、逃げたはずの自分の弟子たちの顔。




「師匠――――――っ!!」




崩れゆく街の中、ベンの身体は虚しく宙に舞った。




「師匠、師匠!しっかりして!」


真っ先に駆け寄りガタガタと揺さぶるが何も返事がない。左肩から胴半ばまで裂け赤く染まった服を一瞥し、セミリオは顔をしかめた。ベンの体温が急激に下がっていくのが分かる。何よりも出血がひどい。


「返事してよ師匠!誰かキズぐすっ……師匠!?」

ベンの意識が戻ってきていた。その口が三文字の言葉を形作る。


「無駄だ……って、どうして、」


問いが終わる前にベンが自らの服を破く。隠れていた部分が露わになり―――セミリオは言葉を失った。周りを取り囲むようにしていた班長たちも息を呑む。傷口を中心にして肌が結晶化していたのだ。触れるとひやりとした感覚が手の平に伝わる。これは、


「氷……?」


はっとして周りに視線を巡らせる。じっと見ていたコンラートも何かに気付いた様に立ち上がった。その足元には直線状の何かが煌めいている。よく見れば近くにある家の残骸や、崩れかけた門にも同様のものが見て取れた。


「これ、さっきの青い光が抉った所だよね。」

「うん。光に触れた部分が氷になる、か。そんなことってある?」


「………あぁ、ある。」


一拍置いて答えたのはベンだった。起き上がろうとする上体からはパキパキパキッ、と枝を踏み折るような音。痛みに身体が傾ぎ、慌ててレルが支える。



魔法という存在は太古の昔にこの世界から消滅したはずだが、不思議な力を持つ者が存在するのは事実だ。俺が知っているのは四人。そのうちの一人が……氷の力を操ることが出来る。


「この斬撃は、おそらく……そいつの仕業だ。」

「どうしてそいつだと断定できるんだ?しかも不思議な力?氷?」

「そんなことよりも『そいつ』っていうのは?誰なんですか?」


必死になったマリヴェラを震える腕で制す。肩口付近の傷を覆っていただけの氷は今や二の腕、肘にまで広がっていた。見つめている間にも、残った肌色の部分がじわりじわりと結晶化していく。まさかの状態に小さく悲鳴が漏れる。自分の腕に視線が注がれていることに気付き、ベンは静かに手を下ろした。


「この一件に、関わるな。……絶対だ。」


一語一句に力を込めて言う。予想が当たっていれば……命がいくつあっても足りない。


「そしてもう一つ、早くここから離れろ。あと二発……っ」

「先生!」


くっ、と息が詰まる。指先に残った僅かな肌色で喉元をなぞれば冷たい違和感。思ったよりも氷の侵食が早い。ここまで結晶化が進んだとなると、もう成す術がないのは目に見えている。ダメか……そう呟いた時。微かに地面が揺れているのを感じる。固まりかけの首を精一杯回し目を細めると、今度は街道の先に轟音と共に黄色い垂直線が現れ、瞬く間に空間を割った。


「遅かったか……!」


班長の内の一人が立ち上がった。セミリオだ。その顔にいつもの無邪気さは無い。


「レル、師匠を。」

「おい、何を」


最後まで聞かずセミリオは背中から剣を抜き駆け出した。仲間たちからの制止の声は耳に届いていない。不思議な力だとか、ベンが押し負けただとか、そんなことは綺麗さっぱり抜け落ちていた。


いける、あの「刃」を叩き折る。


崩れかけた壁を踏み台にし一気に空中へと身を躍らせる。迫り来る轟音。視線は黄色い光に固定したまま。


「いっけええええええええ」


くるりと回転して光に刃を叩きつける。剣が一瞬眩しく光り輝き、黄色い刃は粉々に砕け散った。四肢を支える術を失い、セミリオは地面に転がり落ちるしかない。上手い具合に受け身をとり立ち上がれば、ベンの、仲間たちの驚いた様な顔がこちらを見つめていた。

生きてる……助かったんだ。

ならやることは決まっている。さっさとこの場から離れることだ。円の中へと歩みを進めれば、まだ仲間たちは驚いた顔をしている。


「どうしたの?」

「どうしたってお前、それ……」

「え?」


何の話か分からずキョトンとしていると、ベンが小さく手を伸ばしているのが見えた。しゃがみこむとくしゃり、と頭を撫でられる。そうか……と呟くベンの瞳は、どこか懐かしむような色を帯びていた。見たことの無いくらいの穏やかな微笑、その中に一片の決意のようなものを感じ取って少し怖くなる。


「俺は……もう、助からない。」


果たしてその直感は、当たった。


「いつか、こうなると……分かっていた。そういう運命……なんだ。」


少しずつ、少しずつ。掠れた声に荒い息が混じっていく。運命なんて大袈裟な、と突っ込むことは出来なかった。冗談を言っているわけではないのは明白だったからだ。誰かが鼻をすする、誰かが歯を食いしばる。そんな顔をするな、とベンは笑ってみせた。ピキリ、と耳障りな音をたてながら。吐く息は白い。身体が芯まで冷えきっているのだろう。


「俺は、追われていた。何年もの間、逃げ続けた。……隠されていた真実を知りたかっただけだった。まぁ秘密をほじくり返したんだ、煙たがられて当然か。」


剣術道場リーベが門を開いて約10年、そんな話は今まで誰も聞いたことはなかった。ベンの独白は続く。


「半分くらい真実を知って、絶望した。馬鹿みたいに……怖くなったんだ。俺は、追っ手から逃げてきただけじゃない。現実から、この世界から、逃げたのさ。」


だから、と一呼吸置いて一人一人の顔を見つめる。支え切れなくなって、ゆるりと身体を倒した。地面に寝そべる形になる。


「この一件――街の崩壊、だな――にお前たちは関わるべきじゃないと思う。だが、あくまで俺個人の意見だ。信じた道を、行け。」


突然ベンの身体が透け始めた。その言葉が何かの合図であったかのように。声にならない叫びを上げて全員が駆け寄る。


「セミ……リオ。お前を…リーベ二…代目当主にっ…任命す……る。」

「嫌だっ!師匠!!師匠っ!」

「これを、託す。お前の、信じた道を……行け。」


渡されたのは黒い巾着。リーベ二代目当主……その言葉の重みに身体が震える。しかしベンが静かに自分を見つめていることに気付き、覚悟を決めた。周りを見れば、仲間たちも小さく頷いている。巾着を胸に抱き、ベンに向かって力強く頷き返した。


「俺は……お前たちを、誇りに……思う。」


そう呟いて、安心したように笑って。黒髪が風になびいて、頬に一筋煌めきが流れ落ちて。


ベンの身体は、空気に融けるように、消え去った。その場に取り残された黒いマントが、今の出来事が幻想でないと物語っていた。



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