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1-4  それは突然に


先頭を走っていたレルは唐突にその足をとめた。何故か嫌な予感がしたのだ。

と、ドカンと背中に衝撃を受けて吹っ飛ばされる。


「痛っ、ちょ、レルさん!急に立ち止まるのとかナシです!」

「あぁ、悪い悪い。」


頭から元気良く突っ込んできたのは同じリーベ生の班長、マリヴェラだ。そうだ自分は今集団の先頭を走っていたんだ、と我に返り身震いする。

マリヴェラが吹っ飛ばしてくれたおかげで街の人々もろごと将棋倒し……という大惨事は免れたようだ。


「どうしました?」

「いや……さっき先生が『急げ』って叫んだのは聞こえたけど、肝心の本人の姿は見えないなと思ってさ。」

「確かにそうですね。そういえば、アトスさんも。」

「リーベ生の何人かはまだ救助で街に残っておったぞ。無論、ベン先生もな。」


レルたちにつられて立ち止まった住人の一人がそう告げる。ウソでしょ、という隣の呟きを聞きながらレルも愕然とするしかない。気付けばイルスに向かって走り出していた。


「おいっ!?ちょっとお前……」

「丁度いい、アンタが先導して駅まで行ってくれ。俺が……いや、何人かが揃っていなくても鉄道が来たら先に乗って逃げていい。」


逆走するレルに驚く警備兵。すれ違いざまに用件を告げる。はぁぁぁぁ!?と素っ頓狂な声が上がったが、背中で聞き流した。混乱する頭を必死に働かせ、ただひたすらに街を目指す。


「レルさん待って!――お兄さんコレもお願い!」


同じように警備兵に戸籍を手渡したマリヴェラが走ってきて横に並んだ。


「あたし、嫌な予感がします。」

「ああ、俺もだ。理由は分からないが。」


乱れかけた息を懸命に引き上げて考える。一体何が自分の足を止めたのか。


「さっきから、すごいエネルギーを感じるんです。」

「エネルギー……地平線を埋め尽くした青い光か?」

「いや、それとは別のものだと。とにかく急いだ方がよさそうです。」


そうだな、と返して自身も感覚を研ぎ澄ましてみる。確かに、徐々に近づいてくる「何か」の気配を感じ取ることは出来る。しかしそれとは別となると……駄目だ、分からない。



剣術において必要な技術の一つに「読み」が挙げられる。五感を研ぎ澄ませ、相手の視線や癖、身体の動きから次の動作を予測するのだ。すなわち、洞察力。


しかしもう一つ、人には五感を超越した感覚が備わっているという。

第六感シックスセンス。そう呼ぶそうだ。


とは言うものの、俺のはあくまで「直感」レベルだしなぁ。


ぴょこぴょこ隣で跳ねる赤い髪を見やって嘯く。

第六感を簡単に言い換えれば、まぁ単なる「勘」だ。

相手の繰り出してきた剣を本能的に避ける。そんな時に第六感が働くといっていい。しかしあくまでも直感。意識してどうこうできる代物ではないし、外れる時は外れる。


しかしマリヴェラは別だ。こいつの読みは驚くほど冴えている。元々洞察力が高いというのもあるだろうが、一対一ならまだしも乱れ打ち――一人が一度に大人数相手に打ち合う稽古だ――でさえも見事に防ぎ切るのだから、当然単純な読みだけではないだろう。きっと生まれつき備わった才能というものがあるのだ。


そう――セミリオや、先生のように。


だからこいつの「直感」は外れない。何か別のエネルギーを感じると言うのならそれを信じるまでだ。額に浮かんだ汗をぬぐい、レルはイルスの門を目指した。





「良かった、あなたが来てくれて。ありがとう。」

「いいえ。それよりも怪我の方は?」

「大丈夫、かすり傷よ。」


イルス帰宅の一角を小走りに移動する人影。セミリオと赤ん坊を腕に抱いた母親だ。倒壊した建物で身動きが取れなくなっていた彼女をセミリオが助け出したところだった。リーベのある中央区も酷い有様だったが、北区はそれ以上に崩壊が進んでいた。急がなくては、と小道を抜け大通りを目指していると、視界の端にうずくまる金髪をとらえた。


「アトス?どうしたの?」

「おぉセミリオ!お前まだ残ってたのか。丁度いい、手ェ貸せ。」

「うん、分かった。」


全壊した家屋のそばにいたのはリーベ班長の一人、アトスだった。常に冷静なレルとどこかしら大胆なアトス。共にリーベ門下生最年長コンビだ。


連れていた母親に待っていてもらうよう一言残し、促されるままに建物の残骸――屋根だろう――に手をかける。ミシミシと軋みながら屋根が持ち上がった。その下、薄暗い空間から微かに聞こえるうめき声。


「まさか、人が?」

「あぁ。オイ、出てこれるか?」


微かに返事が聞こえるが何を言っているのか分からない。動きが無いところをみると、自力での脱出は無理なのだろう。


「僕行く、アトス一人で――」

「無茶言うな、出来なかったからお前の力借りたんだろ。」


それもそうだ。ギリッと奥歯を噛み締める。


「クソッ、誰かいねェのかよ!」

「呼んだか?」


突然フワッ、と腕にかかる負担が減った。少し柔らかめの特徴的な声が隣から降ってくる。


「コンラート!残ってたの?」

「まぁね。何してるの二人とも。」

「んなこと後回しだ、いけセミリオ!」


アトスの怒鳴り声に半ば反射で屋根の下に潜り込む。少し奥に男が一人倒れていた。薄暗がりで顔はよく見えないが、多分まだ若い。その足を見て成る程、と納得する。倒れた家具の下敷きになっているのだ。


「大丈夫ですか?引っぱりますよ?」


棚と地面のわずかな空間に自分の足を差し込み、男が頷くのを確認した。躊躇い無く足を跳ね上げ、家具が宙に浮いている間に一気にその身体を担ぎあげる。背負っていた剣が背中にめり込んだ。

外しとくんだった、と後悔するのも束の間、屋根を支える4本の腕――主にアトスの腕――がプルプルと震えているのを見て必死に足を動かす。


「がはっ」

「ナイスだ!」


屋根の下から這いずり出て、セミリオは男を背負ったままつぶれた。しかしすこーんと見事な手刀を頭に食らい、やれやれと立ち上がる。コンラートは男の足を診ていたが、大丈夫だと頷いた。


「急激な圧迫を受けたせいで少し走りづらいかもしれませんが、そのうち血が廻って元通りになります。」

「二人とも、急いで外へ。南門から街道を下ればすぐにみんなと合流できるはずです。」


頭を下げて走っていく二人を見送り、セミリオは2人に向き合う。


「北西区終了、誰も残ってないよ。」

「北東区を見てきた。こっちも大丈夫だ。」

「俺は南と中央の確認が終わったと北に伝えに来ただけさ。」


事前に示し合わせたかのように噛み合う発言。3人は互いの顔を見てニヤリと笑った。


「残っていた5人の班長も大通りへ向かっているはずだ。」

「そっか。みんな考えることって同じなんだね。」

「まー長年同じ屋根の下で暮らしてんだ。好まずとも似てくんじゃねーの?」


迫り来る危機とはいうものの、街の確認はまだまだ不完全だった。どこかに助けを求める人がいるかもしれない。そんな時に鋭く響いた「急げ」というベンの指示。それを聞いてリーベ生の班長は同じ判断を下したのだ。


自分が残る。お前らは先に行け、と。


こうして先導を任されたレルと戸籍番のマリヴェラ以外の8人はイルスに留まったというわけだ。


「僕、アトスに似たくないんだけどなー。」

「俺だっててめーみたいな生意気なチビはお断りだ!」

「はいはいそこまで。俺たちもさっさと行こう。」


すぱーん、とまたもやコンラートの手刀が頭部に決まった。地味に痛い……が口に出すのも癪だ。

もう一度辺りを見渡し、3人は大通りへと出る。と、中央区の方の小道から見知った顔が現れた。リーベの残った班長たちだ。向こうもこちらに気付き手を振る。


「三人とも無事でよかった。確認は?」

「あぁ、人っ子一人いねーよ。俺がしーっかり見てきたから大丈夫だ。」


君だけじゃないでしょ、と腰にチョップをお見舞いしようとして……

「ん?」

空気に混じった違和感に気付く。あれ、と反射的に振り返った。


「どうしたセミリオ。」


コンラートが不審そうに聞いてきたのを手で制す。肌を刺すのはよく知った感覚だ。

この感じ……いや、まさか。そんなはずは。


「いたいた!みんなーっ」

「なんだ全員こっちにいたのか。」


沈黙を打ち破るように声が響いた。8人は驚いて声のした方を向く。この場にいるはずの無い人間のものだったからだ。アトスが目を剥いて怒鳴る。


「おまっ、先導と戸籍はどうした!」


こちらに向かって走ってくるのは何とレルとマリヴェラである。


「代わりを頼んできた。それより……」

「レル!師匠は?そっち行ってた?」


会話をぶった切るようにしてセミリオが問いを重ねた。元々丸っこい目をさらにまん丸にして珍しく焦っている。


「どうしたんだお前。」

「あぁ、そうそう。俺もそれを確認しに来たんだ。」

「ってことは、そっちには居ないんだね?」

「あぁ。」


その言葉を聞いた途端、ざわっと全身が総毛立った。


「さっきマリヴェラがエネルギーを感じると言ってきたんだ。俺もなんか変だと思ったから引き返してきた。」

「アトスさんや先生もいないし……セミリオ?」

「師匠だ……。」


この感覚。ベンという高い目標に挑み続けた日々で慣れ親しんだものだ。今のレルやマリヴェラの言葉で確信した。師匠はまだこの街にいる!


「師匠がどこかにいる!すっごい集中してるんだよ。マリヴェラの言ってたエネルギーってやつ、多分師匠だ!」

「はァ?何でそんなことが分かるんだ。第一先生が残る理由なんて。」

「分かんない!けど、この感覚……師匠の雰囲気に似てる気がする!」


勢いで捲し立てられたその言葉に何かを察したのか、全員が集中を始める。しばらくするとその顔には納得したような表情が浮かんでいた。

凄腕の剣士になればなるほど雰囲気、オーラを身に纏うと言うが、うっすらと感じる圧迫感まさにベンのそれだったのだ。


「一体どうして……」



キィィィィン――――



金属と金属がぶつかる甲高い音が一体に響き渡った。刃と刃が打ち合わされた音だ。アトスがまじかよ、と吐き捨てる。


「北門ッ!」


レルが叫び、10人は一斉に北門へと駆け出した。

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