006話 コミュ死数時間前
学校それは俺にとって人生最大の難関となった場所。
前世の……十数年の人生においてその大半を過ごした場所であり、俺が苦手なままだった場所だ。
そんな恐ろしい場所に俺は明日から通わなければならない……
寝れるわけがない。
俺は今、緊張して目が冴えすぎてるのと、口がカラカラなのとが合わさり、産まれて初めて(転生して初めて)の夜更かしの最中だ。
いやまぁ、寝る努力はしたのだけど全然全く睡魔が来てくれなかったから仕方ない。
現代日本と違い夜になると明かりがなく、勿論電気なんてものもないため唯一の光源は月明かりだけだ。目を細めつつベッドから起き上がる。見慣れた間取りだからか、それともこの身体の夜目が利くのかは解らないが、とりあえず躓いたり転けたりせずに部屋を移動した。
ここ数日、ミアさんやカレン、あとお姉様方が遊びに来ない時に入り浸っている部屋がある。そこは書庫のような場所であり、ワンルーム程の大きさの部屋の壁に大きな本棚が並べられ、ずらりと様々な本が並べられていた。
父より母の方がよく出入りする部屋で、本棚の上段の方には明らかに異質な雰囲気の書物があったりする。魔法とかそういったものの本なのだろうか?……まぁ、今回の目的はアレではないので下段の本を漁る。
下段の丁度自分の目線ぐらいの高さにそれはあった。
この世界の言語で《獣種の魔物とその生態:著フレデリック・マッドスキッパー》と書かれたものだ。地球でいう動物図鑑のような書物で、それと同等の大きさと重量があり、四歳の俺には少々重たい。両手で抱え落とさないように慎重に、窓から差し込む月明かりが照らす場所まで運ぶ。
それにしても俺の識字能力(正確にはコンラッド・ウィスタリアの)には驚嘆を隠せない。この世界の言葉を正式にどこかで習ったわけでもないのに、何故だかわからないが読めてしまう。不思議だ……もしかしてこの世界の住人は皆こうなのだろうか? それとも転生による恩恵か?
何にせよ、生前クラスの片隅で読書に耽っていた身としては有難い能力だ。
《獣種の魔物とその生態》は、写実的なイラストと幾つかの文章で、獣種と呼ばれる魔物の紹介と生態を解説したものである。
この魔物というのは、この世界における動物のことと考えて良いようで、必ずしもRPGで登場するような敵対的なエネミーのことではないらしい。
獣種というのは魔物の一種で、地球における哺乳類に該当すると考えて良さそうだ。とはいえ、獣種に人間は含まれないっぽい為、完全に獣種=哺乳類ではないんだろうな。
ちなみに、たまに窓の外に見える大きな角の牛の記載もある。
ーーー
【大角牛】
世界全土に広く分布する魔物であり、移動・家畜・農業など幅広い用途で人々の文化に根付いている。
特徴は頭部にある二対の大角で、雄の個体は大きく重量があり角の大きさで縄張り争いや雌の奪い合いなどをする。雌個体は、雄に比べ角が鋭利であり、主に天敵から自身や群れを守る手段として用いる。
比較的温厚な魔物であり、野生個体であっても攻撃してくることは稀である。
ただし繁殖期の雌は気が立っており、近づくときは眠草を詰めた袋を携帯しないと、たとえ家畜と飼育されている個体でも攻撃される危険がある。
ーーー
あれで温厚なのか……
身近な生物の生態に少し関心を寄せる。
楽しい。
地球にいた頃から動物好きだった俺は、そのまま眠くなるまで本を読み漁った。
■
「コニー朝だぞー、起きなさい」
身体を揺さぶられ薄目を開けると、金髪緑目のイケメンである我が父が呆れた様子で、しかし優しい手つきで俺の頭を撫でていた。
父の手はゴツゴツと固く決して良い感触ではないが、大きくて暖かく、安心していられるもので……触られていることを再確認した俺は飛び起き、数歩父との距離をとった。
胸に手を置き呼吸を整える……危ない危ない、コミュ力高めのイケモンの接近はコミュ障を簡単に亡き者にできる。
父は呆気にとられたようにポカンと俺の顔を見ていた。俺は目を伏せその視線から逃れる。
「お、とー様。お、おはようございます」
どうにか絞り出した言葉で朝の挨拶をすると、父ははにかんだように笑い『おはよう、コニー』と返す。
俺はこのやり取りに気恥ずかしさを感じつつ、視線を動かす……床に散らばった本を見て顔が青くなる。
しまった、あのまま寝落ちしたのか俺よ。やばい、怒られるか……
恐る恐る視線を父へと向けると、丁度床に落ちた本を拾い上げている最中であった。
「《獣種の魔物とその生態》ね、コニーにはまだ難しいんじゃないか?
そうだ、今度ミーシャ達と街の本屋にいこうな♪
僕はそんなに本は詳しくないけど、ミーシャは魔術師だからきっとコニー向けの本も見つけてくれるさ」
怒られるかと思ったが父はそんなことを言い、落ちていた本を一冊づつ本棚に返していく。
「あ、本で思い出した。コニーの教科書買わないとなぁ」
その父の一言で今日が登校初日であることを思い出し青ざめた。
「今日は僕と一緒だから安心するんだぞコニー。
一緒に先生とお友達に挨拶しような?」
もしかしたら俺は今日コミュ死するかもしれない。