001話 急には声がでないのです…
高校三年の五月中旬。
我が校の三年生は、東京に一週間の修学旅行に来ていた。
ボッチな俺は、前を歩くクラスメイトの姿を眺めている。
一団は和気あいあいと話しながら目的地であるホテルに移動中だ。
引率の先生方も、生徒と話しながら進んでいる。
なかなか、良い雰囲気ではある。
絵に描いた様な良いクラスだ…
前方を歩いていたクラスメイトの一人…可愛くて、優しく、面倒見が良い、我がクラスの委員長だ…が、誰かを探す様に振り返って、最後尾を歩いていた俺と目が合い微笑んだ、手まで上げて来ている。
…えっ、何事ですか?…
突然微笑まれて思考が停止する俺。
まさか…まさか、俺に微笑んでくれたのか!?
このクラスで唯一浮いてるボッチの俺なんかに!?
…いや、まて、考えろ。
委員長は確かに優しい。
俺みたいなボッチにも、クラスカースト最底辺なヤツ等にも、分け隔てなく接してくれる、まるで天使の如きお方だ。
確かに、彼女なら俺に愛想笑いを振りまいてくれるやも知れない。
ここは、反応を返すべきだろう…が、しかし。
俺の後ろに居る誰かに手を振っている可能性は無いか?
もし、勘違いで反応を返してしまった場合、地味に悲しい事になる。
…そう言えば、目の前の集団の中に一人足りない気がする…
あ、サッカー部のアイツだ!! 名前忘れたけど、アイツが居ない。
そう言えば、アイツ、さっきまでジュース飲んでたよな…確か、炭酸だ。コーラだっけ?
アイツ、いつもコーラ飲んでるよな…そういえば、今日の朝も飲んでたな…
そうか、解ったぞ…アイツはトイレに行って遅れてるんだな!!
そして、今、後ろから追いかけて来ていると。
そこまでの思考を繰り広げた後、確認のため後ろを振り返ると…
「わりぃー委員長。コンビニのトイレなかなか空かなくて、マジ焦ったわ」
コンビニのレジ袋を片手に走って来たアイツ(本当に名前覚えてない)は、俺を追い抜き、委員長の一団へとかけて行った。
「もぉー、鈴木君、またコーラ?
授業中でもよくトイレに行くよね、アレもコーラの飲み過ぎ?」
「いや、アレはただのサボり」
そこから、『そんなことだから成績伸びないんだよ?』という委員長の突っ込みが始まり、他の面々も加わり一層和気あいあいな雰囲気になっていった。
一方、俺はと言うと…
ふぅ、あぶなかった…
あそこで反応してたら、マジ、OUTだったは…
俺の諸刃の精神力じゃ耐えれなかったわ…
と、情けないことを考えていた。
俺は…所謂、ボッチだ。後、多分コミュ力も最低レベルだ、ネットですらまともにコミュニケーションが出来ない。
上手く説明出来ないが、そう…両親は共働きで夜遅い帰宅だから、一週間に一度喋るかどうかだし。最近、中学生の妹が口を聞いてくれないし。人と喋るの苦手だし、極力、喋らなくて良い様に生活してるし。学校では小学生の頃から続く、根っからのボッチだし…一ヶ月に一度、他人と喋るかどうかの、その程度のコミュ力保持者だ。
別に喋るのは嫌いでは無い。
いや、出来る事なら喋りたい。
友達も欲しい。
友情とか育んでみたい。
皆とワイワイしたい…
可愛い彼女も、出来るなら欲しい。
しかし、悲しいかな、俺の精神はソレに対応出来てない。
怖いのだ、何もかもが。
恐ろしいのだ、人付き合いが。
それは、おそらく日常生活に支障きたすレベルのコミュ力の低さなんだと思う。
変わりたい…とは思う。でも、無理だとも何処かで諦めている。
だから、いつも羨望の眼差しで見ているだけしか無いんだよな…
足下を見ながら一人で笑う。
最近、一人で笑う事が多くなった。
コレが、自嘲なんだろうな…なんとなく、そんな言葉が浮かんで来た。
(このまま俺、ボッチのまま独りぼっちで死ぬのかな? 孤独死ってヤツですかね? ハハハ)
最近、考え方がネガティブになって来ている。
鬱になるな俺…只でさえ根暗そうな顔がさらに悪くなるぞ!!
自分に皮肉を呟き、幾分、気分を楽にする。
そして顔を上げた時、驚くべき光景が目に飛び込んで来た。
車だ。
皆の居る場所に車が突っ込んで来る。
その、映像が頭の中に…いや、網膜に焼き付いて来た。
赤い、スポーツタイプの車…その車体がへしゃげ、もっと生々しい赤で染め上げられて…
しかし、次の瞬簡にはその映像は消えた。
目の前には、和気あいあいと進む皆が居る…
幻覚…か?
嫌な感じがした。
咄嗟に辺りを見渡し、赤い車が無いか確認する。
その場所に居ない事を願いながら…
しかし、あった…
反対車線、信号待ちをする赤いスポーツカー。
でも、突っ込んで来るとは限らな…
青信号になった瞬間、車はアクセルを全快にしたようで物凄いスピードで発信した。
車と打つかりながら、猛スピードで蛇行運転を開始する。
目の前のクラスメイトを見る、突然始まった暴走…と、いうのもあっただろうが。おそらく、大きな道の、それも反対車線ということもあり、危機感が薄れ呆然と眺めているようだ。中には、携帯で動画を撮り出すヤツも居る。
俺にはソレがとんでもなく、恐ろしくてたまらないのに…
危険を知らせようと、声を出そうとした。
が、声が出ない。普段喋らないから、急には声が出ないのだ。
焦る。
俺の中では、アノ車が皆の所に突っ込むイメージが、まるで確定事項の様に感じられた。
何事も無いのに超した事は無いが…皆の元に走り出していた。
間に合えば良い、危険を知らせてそれで…
車の同行を見て、絶望した。
何故だか知らないが、車が飛んでいる。
飛んでこちらに向かっている。
なんで飛んでいるの?
どうやら、反対側の縁石を台に飛んだらしい。
巫山戯るな!!
そんな、トンデモ運転仕出かしてんじゃねぇーーーーー
放物線を描いて飛ぶ、車…
落下地点を見ると、数名の生徒が呆然としていた。
俺は声を出しながら、ソコに飛び込んだ。
(嗚呼、俺はボッチのまま死ぬんだな…)
■
気がついたら、真っ白な空間で、テレビみたいに四角く切り取ったように映るその惨状を見ていた。
真っ赤な車が大破し、煙を上げている。
それを取り囲む無数の人々、見知った顔が幾つもあった、クラスメイトだ。
俺が押し飛ばしたヤツの一人は呆然と惨状を眺めていた。委員長だ。
突き飛ばした中にアイツ(名前忘れた)も含まれてたらしく、打ち所が悪かったのか、地面に横になり動かない。もう一人、脚を下敷きにされたヤツが居るらしい。ソイツの悲鳴が木霊する。
みんな、いつもの顔をが居るのを俺は確認した。
この一年間、ずっと見てた顔だ。名前は覚えてなくとも、忘れる事は無い。
しかし…幾ら、探しても俺の姿が見当たらない。変な話だが、俺は別の視点から自分を捜す事に違和感を感じていなかったのだ。
そして、見てしまった…車の下から覗く俺の目を…
そこで、その光景は途切れた。
まるでテレビを消すかの如く、突然に。
『あーーー、この先は、かなりグロ画像だぜ。
自分の変わり果てた姿は見ない事をお勧めするよ』
突然かけられた声に驚き、声の主を見ると。
ソコに居たのは、長い金髪を後ろで纏めた、緑の瞳の白人女性…服装は黒いパーカーと、白いホットパンツで、そこから覗く艶かしい脚のせいで目のやり場に困る。
なぜなら、俺の真後ろに胡座をかいて座っていたのだから…
座高からしても俺より幾分高いらしく、見下ろす様に俺を見て来る。
なんだよ、この美人さん!?
「ど…どな、た?……」
約数週間ぶりに声が出た。
『嗚呼? 私か?
私は…そうだな、この世界の管理を行っている者…そうだな、神みたいなもんだ』
え…神様?
ええ? なんで、神様と話してるの俺?
つーか、この人、本当に神様なの???
神様、カジュアルすぎないか?
『あ、今、《コイツ本当に神様?》とか、思っただろ?
顔に出てるぜ、少年』
戯けた調子で語る神様に、俺は飲まれていた。
ヤバい、何喋ろう。
実に一ヶ月ぶりの会話である。
『まぁ、厳密には神様…では、無いからなぁー
でも、神様みたいなもんだと思っておいてくれ。
で、本題なんだけど、面倒な諸事情を省きざっくり言うと、君さっき死んだ』
「……はぁ?……」
別に驚きはしなかったが、自然と口からその音が出て来た。
そうか、一ヶ月ぶりの会話は死後か…そんなことを考えていた。
『で、君はこれから2つの道を選ぶ事が出来る。良く聴いてな。
1つは、普通に輪廻転生の輪の中に入る事。まぁ、普通、よっぽどの事が無い限りコレだね。
もう1つは、その記憶持ったまま異世界に転生する事。コレは、結構希有な待遇ではあるのだけど…
さぁ、どうする?
私としては、2が面白いかなーー』
頭の整理が追いつかない。
マジ混乱だ…話の内容で無い。ソレ以前に美人さんと話している事自体で、頭が真っ白だ。
だから、つい、最後に聞こえた単語を言っていた。
「………2で」
次の瞬間、眩い光に包まれ、俺は転生を果たした。