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九城霊異記  作者: pepe
7/10

6幕:錯綜

 秋島との電話を終えて、直人は弟に向き直った。悚然と立ちすくむ直行の顔には、失意が強くわだかまっていた。

 その傍らでは、どこか現実感の薄いメノウがぼんやりと立っている。

「やっぱり……厄介な事になっちまうのかよ」

「現状を嘆いても始まらん。重要なのは、どうするかだ」

 直人は揺らいだりはしなかった。やはり、などとおこがましい(、、、、、、)ことは思わない。ただ納得しただけだ。

「でも、どうすれば!」

 直行が叫んだ。が、その激情は、兄には通じない。

「作戦が終わった以上、契約はすでに終了している。おまえたちはおれの部下ではない。好きにしろ」

 それが道理だった。直人の言うことは正しい。いつもそうだ。反論の余地がないほど、正しいがために追い詰めてしまう。それはせつない少年の身には、すぎる重圧だ。

 そう言い置きながら直人は、ここで同行者には関係のない話を始めた。

「……クーデターに関する資料によれば、霊捜局の中央発令所を真っ先に占拠する手筈になっている。おそらく、首都での戦力を切り崩すためだろう」

「それがどうし……なんで、さっき、電話で教えなかったんだよ?」

 流しかけて、直行は気付いた。

「決行の日時が分からないからだ。そこだけ空白になっている。もし、計画の露呈が知れれば、予定が変更されるだろう」

 直人も神ならぬ身であれば、その時、すでに中央発令所が占拠されているとは知らない。ただ、その可能性に思い至らぬわけでもない。

「問題は親衛師団がどれほどの規模で介入するかだが、こちらには情報はもちろん、戦力もだが、なにより準備が決定的に足りない事は明白だ」

 そう言って、直行を見る。右腕と腹に巻かれた止血帯からは血が滲んでいる。だが、深手ではない。まだ動けると踏んで、続けた。

「何をすればいいのか分からないのであれば、力を貸せ」

「力を貸せって……」

「保険だ」

 答えた表情は、冷徹無比の霊捜局第一特機を率いる、内戦を戦い抜いてきた男の顔だった。

「憲兵隊と親衛師団を相手にしては、特機と警察では戦力が決定的に不足する。加えて、こちらの行動までに中央発令所が占拠されていれば、戦力の有機的な運用が困難になる」

 可能性を語っているようには見えなかった。それは現に起きていることを解説するような口ぶりで、直行はそのリアリティに戦慄する思いがした。

「その場合、おれは非常権限で三個小隊すべてを掌握する。装備と実戦経験から、親衛師団を相手に多少の抵抗ができるのは、特機だけだろう」

 発令所が第一目標となったのは、まさにそのためだった。さすがに特機といえども、本物の軍隊ほどの重装備をしているわけではない。数も違う。それでも抵抗するなら、運用する指揮官が必要だった。

 そして、保険たる直行とメノウはどうするのか?

「霊子力発電所に行け」

「発電所?」

 直行がオウム返しに聞き返したのも、仕方のないことかもしれない。正面の戦力の話をしていたと思うと、急にそこから離れたのだ。何も知らない若者には、理解できるものではない。

 その弟に、直人は一枚の資料を差し出した。メノウが眼を留めた、あの写真つきの資料だ。

 そこには、梢の向こうに写る発電所の施設が見えた。

「九城霊子力発電所が、九城の消費電力をまかなっていることは知っているな?」

「あ、ああ……」

「この発電所――すなわち、霊子炉の占拠が、クーデター計画に含まれている」

「電力なら、すこしぐらい放っておいても……」

「問題なのは供給される電力ではない」

 隠蔽された事実を話すに当たっても、直人の口調には一切の躊躇がなかった。

「その霊子炉は、かつて東京で使われていた物と同型の物を使っている。九城での建設後に、東京の消失現象の調査から、欠陥が見つかった。簡単な操作ミスで霊子集積の効率が、一時的に設計上の限界を超過する。プロセスには諸説あるが、結果はひとつ、東京で観測された消失現象を引き起こす。言っている意味は分かるな?」

 平然と語ってみせる直人は、超然としすぎていて、同じ人間とは思われないほどだった。

 東京の消失現象の被害は公表されていないが、数十万人規模が現象に伴って消え去ったのは確実だ。それと同じ事が起きれば、どうなるのか。

 規模が大きすぎて、かえって想像できない。

 直行は背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、うなずかざるをえない。霊子炉の確保というのは、電力供給源を握るというだけではすまない。それは、つまり手中に戦略兵器と同等の切札を手にすることを意味していた。それを止めろ、ということなのだ。

「だけど、そんな話は、聞いたことも――」

 黙って固唾を呑んでいたメノウが、儚い希望にすがるように反駁した。だが、直人の返答は無情だった。

「知らせてどうなる? 財政は逼迫し、電力供給を止めるわけにもいかず、代替案など用意できない。その上で、いたずらに不安を煽る事実を公表などできはしない」

 おまえたちは史上最悪の爆弾のそばで暮しているのだと、言えるわけがない。市民のパニックはもちろん、最終的には政権が転覆することになるだろう。

「それは分かる。けど、おれたちでどうしろって言うんだ? そんな場所を占領しに来る連中を、二人ばかりで相手にできるわけがない」

 直行の当たり前すぎる反応に、兄はひとつ首を振った。

「計画書では、この施設の奪取を行うのは黒龍会の担当になっている。親衛師団が投入されなければ、やりようはあるだろう。皆殺しにして奪い返せとは言っていない。気を引け。実行犯も自爆を望んでいるわけではないはずだ。状況を長引かせろ。そうすれば、後はこちらでなんとかする」

 それは空論のように思われた。だれもが直人のような超人ではないのだ。このような状況では、たった個人の力でできることは、なにもない。

 直行の言う事が正しいのだ、とは、直人にも理解できないわけではない。保険というには重過ぎる重責を与える事が、九城の治安を守る者としての最良の選択だった。

 介入規模が定かではないから、兵学に準じれば敵の数は常に最大を想定しなければならない。最大で親衛師団二個を相手にする以上、正面からは一人も戦力を割けない。しかし、霊子炉が占拠されてしまえば、それを退けても負けなのだ。どちらの戦いにも負けは許されない。賭けの要素が大きいことは分かっている。

 だが、他に切るべき札がなかった。

「危険は多い。だから、おまえの兄だとしても、これだけは強制できない。決めるのは、おまえだ」

 隠れてやり過ごすというのもひとつの選択だ。それが間違いだとか、卑怯だとか、謗れる人間など居はしない。

「だが、互いに武人として刀を取った身だ。その意味では、他のだれよりも信頼している」

 対等の位置に立つ事を望んだ直行。それゆえに肉親としての優しさを切り捨てなければならなかった直人。その思いが調和する位置が、ここだった。

「少しだけ、考えさせてくれ……」

 困惑したような答に、直人は何も言わず、『桜花』を携えて踵を返した。

「時間は、そう多くはない……白石、おまえはどうだ?」

「ナオに任せるよ。それがいいと思うから」

 そうか、とうなずいて、事務所から出て行く。

「さて……」

 暴力によってしか解決しない事もあろう。だが、それだけでは永遠に解決しない事もある。特機という暴力によっては、九城の病を解決できなかったように。

 しかし――と、薄暗くなった表に出て、直人は自分自身に言い聞かせる。おれはこれでいいのだ、と。『桜花』とその使い手は、暴力によってのみ存在意義を見出す。過去、幾百人の使い手とともに、そのように在ったように。

 そして、たまに、稀に、この暴力がなにかを救うこともありうるのだ。

 それが『桜花』であり、久瀬家の当主である。

 人の身に背負いきれぬ業を背負って、人の世にありうべからざる修羅として顕現する。

 いつでも抜けるように鯉口を切られた刀身が、行く手にある地獄を予期して、その期待に打ち震えるかのようにきらめいた。



 親衛師団第一〝有馬〟連隊所属の戦車中隊は、市街地に突入していた。師団本部の預かり知らぬ行動のため、戦闘車両の装備は少ない。戦車を保有しているのは、この中隊のみで、クーデター計画の虎の子だった。

 装備しているのは帝国軍末期の主力戦車、『二式改重戦車』。周囲の霊子を取り込んで動力を捻出する、小型霊子機関によって稼動し、理論上は無限の航続距離を有する。最大七〇ミリを数える装甲厚は、霊子機関の高出力エンジンの賜物だ。重量三十七トン/全長六・四メートル/全幅二・九八メートル/全高二・六六メートル。現在でも十分に主力戦車の任を果たしうる。

 戦後には戦車の量産を再開できる余力がなかったことを考えると、親衛師団に集中的に配備された戦車隊は、国内最大の機動戦力だった。

「出力変換機、および霊子力供給量、良好。霊子機関の出力、安定域です」

「中隊各車も問題ありません」

「よし。この作戦へ参加しなかった師団の連中に、臍を噛ませてやるぞ。我々が、新たな歴史を作るのだ」

 部下からの報告を聞いて、中隊長は笑みを浮かべた。この作戦が成功すれば、中核戦力としての功労から、連隊長の座を経て、師団長となるのも夢ではない。いや、政治に参画することすら可能かもしれないのだ。愚かな野心であるかもしれないが、それに優先させるものなど持ってはいなかった。

 九城に陣取るのは、特機と警察ぐらいのものだ。後者は問題にならないし、特機にしても、主力戦車を相手取る対甲装備など持っていない。せいぜいが小規模の戦闘と、主には威圧が戦車中隊の任務だった。

 通信士が交信内容を伝えてきた。

「第一大隊前衛から救援要請あり。特機の小隊と交戦中のようです」

「了解したと伝えておけ。歩兵小隊では、さすがに分が悪いか。よかろう。特機といえども、化け物の類ではない。蹴散らしてくれる」

 言って、彼の保有する二〇両の戦車をすべて、直接指揮のもとに置くことを指示する。

「装甲車は現状を維持。和田中尉、後を任せるぞ。応援要請には応じてやれ」

 無線で言い残すと、戦車隊を進発させる。

 ここまで来ると、不安に怯えた目で、物陰からこちらを窺ってくる市民の視線も心地よく感じられる。いま、彼は圧倒的な力を持っており、その証明のように感じられるからだ。

「市街戦の不利があっても、相手はしょせんろくな武器も持たん連中だ。軽くひともみで終わる。各員、緊張することはない。普段の訓練どおりにやればいい」

 部下から了解の声が返る。

 このとき、中隊長は自身を歴史の中の英雄になぞらえて理解していた。英断と卓越した能力によって時代を切り開いた先駆者たちの姿を、自分自身に投影している。重責を担う者にあるまじき想像であり、それは妄想と言ってよかっただろう。だが、勝てば官軍、そう考えれば、彼もまた英雄となる資格に恵まれた人間だった。

 もっとも、現実はだれにとっても、そう上手く回るものではない。それは不平等なようでいて平等な、唯一絶対のルールだ。

 戦車隊の行く手に待ち構えるのが特機の第一小隊であったとして、その不運を嘆く事など出来なかった。

 救援要請のあった地区に到達した戦車隊が目撃したのは、すでに壊滅した味方の姿だった。

「歩兵小隊は……?」

 路上に散らばる屍が、友軍のものであるとは信じられぬ思いで、戦車長の一人が漏らした。小隊同士の戦闘が、こうも呆気なく終わっているとは思わなかったのだ。

 次に敵の姿を求めようとした戦車長は、ついに敵の姿をその目に見る事はなかった。砲塔の上部ハッチから上半身を出していた男は、こめかみを打ち抜かれ、即死していた。

 狙撃兵の存在に、戦車長たちは狭い砲塔の中に体を押し込め、上部ハッチを閉める。市街戦・ゲリラ戦を得意とする特機ならば、それは当然の戦法だ。

「狙撃兵の位置は?」

 中隊長が怒鳴りたてる。輝かしい中核戦力に、さっそく戦死者が出たと言うのは、好ましい状況ではなかった。だが、その怒りも空転しただけだった。部下からの返答は、一様に「確認できない」というものだった。

「随伴歩兵がいれば」と、うめいても、それを切り離して戦車隊で突撃したのは、だれでもない彼自身の指示だった。

 その状況下で、

「さて……」

 と、低く、鉄錆びた声で呟いたのは、栄光と汚泥に塗れた特機第一小隊長、久瀬直人だ。手にしているのは、やはり『桜花』一振りと、他には携帯拡声器だけだった。周囲に部下はおらず、ひとりビルの谷間から大通り――戦車隊の正面へと姿をさらす。

 そして、拡声器を持ち上げて、口の前に構えた。

「こちらは公安庁霊子力犯罪捜査局所属、特務機動小隊第一小隊長、久瀬大尉である。貴官らの行動は、国家反逆罪に類するものであると認識している」

 拡声器によって増幅された声が、ウワン、とハウリングしながら大通りに流れた。突如として現れた男に、機銃掃射を加えようとしていた戦車隊は、その声に行動を押しとどめた。単身の相手を挽肉に変えても仕方がない。

 反応を示さない戦車隊に向かって、直人は続けた。

「――投降するのであれば良し。投降しないとあらば、国家保安法に準拠して、貴官らを叛乱軍とし、武力を以って排除、鎮圧する」

 圧倒的な火力と装甲を誇る、旧帝国軍の主力戦車を相手に、単身で乗り出してきて、そう宣言したのだ。控え目に見ても狂気の沙汰というしかない。

 こいつは頭がおかしいんじゃないのか?

 それが戦車隊の隊員たちの素直な感想だった。数時間後には、「救国の英雄」となるはずなのだ。いまさら、叛乱軍呼ばわりされたところで、痛くも痒くもなく――そして、邪魔なら吹き飛ばしてしまえばいい。

 単純な理屈だが、別に間違ってもいない。行動を起こした時点で、賊軍となるか官軍となるかしかなく、それは勝敗によって分かたれる。

 いまさら武力行使を控える理由はなかった。

 戦車の車体に据え付けられた、一二ミリ機関銃が火を噴いた。舗装された路面を削り、粉塵を巻き上げながら、連続する着弾痕が直人に迫る。

「武力に酔ったな。徒花とは言え、夢は捨てられんか」

 直人は無表情に拡声器を捨てるや、『桜花』を抜いた。

 霊子力とはなにか。そう訊かれれば、多くの者は絶対的な意味合い(、、、、、、、、)を答としただろう。

 では、その絶対的なもの(、、、、、、)を、高次元で完璧に扱えたならば、どのようになるのか。

 毎分八〇〇発の連射力と、人体を泥のように削り潰す威力を持った、一二ミリ機銃弾は、すべて運動エネルギーを吸い尽くされて地面に散らばった。

 届かない。

 最強の個人兵装は、遺憾なくその力を発揮した。機銃弾は直人には届かず、執拗な射撃はほとんど恐慌に近かった。

 そうして戦車隊の意識が直人に集中していたところで――ズドン、と鈍い炸裂音が聞こえた。中隊本部小隊の三号車が対戦車ライフルで狙撃されたのだ。

 時代遅れのライフル程度では、この戦車の装甲は打ち破れない。だが、狙撃目標は車体ではなく、キャタピラだ。打ち砕かれた金属片が飛ぶ。片側のキャタピラが留め金を打ち砕かれて、ばらりと解けた。これでは動く事など出来ない。

 同時に隊列の後方で別の車両が炎を纏っている。肉薄した特機隊員による火炎瓶での攻撃だった。

 熱さと弾薬への引火の恐怖に耐えかねて、逃げようとした戦車兵は、戦車の外に出た途端に狙撃ないし掃射される。随伴歩兵のいない戦車がどういう命運を辿るのか、先の大戦で十分な教訓があったにもかかわらず、その愚を犯していた。

「あれは囮か……」

 歯軋りした中隊長の憤りも、それに気付くのが遅かった時点で空虚なものとならざるをえない。次に下した命令は、英雄としては落第点を免れないものだった。

「あの忌々しい男を殺せ。主砲を撃ち込んでやれ!」

 二式改の戦車主砲は五三口径の七五ミリ砲だ。元は対空砲であったものを改造して搭載してある。上空七千メートルまで砲弾を打ち上げるための砲なのだ。それが水平射撃を行えば、どれだけのものか、むしろ想像を絶する。

「弾種は榴弾。信管は遅発、二秒で設定。目標は正面、敵性指揮官!」

 中隊長は鋭く命じ、準備が完了するまでに素早く息を継ぐ。

「ッてぇー!」

 号令とともに、七五ミリ砲が火を噴いた。暮れなずむ街路に、強烈なマズルフラッシュが輝く。反動によって、三十七トンの巨体が動揺した。

 直人は慌てず、対処する。『桜花』が揺らめくような青い輝きを放つ――周囲を照らすほどの光量。機銃の時とは違い、明らかに霊子制御の出力を上げている。

 発射された砲弾を、『桜花』が作り出した真逆のベクトルが迎え撃つ。その均衡によって、砲弾が進むスピードを下げた瞬間、榴弾に付けられた信管が作動した。

 直人の居た場所は、爆風と巻き上げられた土埃によって完全に隠れる。中隊長は休むことなく、機銃の掃射を命じた。

 榴弾とは、弾頭に詰め込まれた炸薬を爆発させ、飛散した破片によって殺傷する兵器だ。非装甲用、また対人用の武器。それをまともに受けて、生きていられる者など、いるはずはないが。

 機銃弾が土煙を切り裂く。煙を切り裂き、掻き回し、そして吹き付けた横風が、そのブラインドを散らす。

 ……霊子力とは理不尽な暴力。理解をうながし、常識を守ってなどくれない。そこにあるものは、厳然としてそこにあり、それを否定することは決してできない。

 腕を交叉させ、頭部を守る姿で、久瀬直人はまだそこに立っていた。制服はあちこちが千切れ、飛散した鉄片を幾つか身に食い込ませながら、それでも健在だった。

 腕の間から、爛々と輝く瞳が見える。気力など少しも減退していない。直撃を受け、爆風をもろに受けても、倒れることすらない。そんなものを人間だなどと呼べただろうか。

 そのままの姿勢で、タンタンッ、と直人は駆け出した。抜き身の桜花が街灯の輝きを映して、凄惨にきらめいた。機銃は効力を示さない。砲撃するには装填時間が足りず、そして距離を詰められすぎた。

「愚かな」

 引き結ばれていた唇が、唯一の言葉を吐き出した。

 復興を終えた九城に混乱を引き起こす事が、どれほど国家自体の再生を阻害するのか、それを考えたのか。肉迫した直人は、なんの躊躇もなく戦車の操縦席前面の装甲へ『桜花』を突き刺した。

 生木も、鉄骨ですら分断する高周波振動の刃が、鋼板を斬れぬはずがない。戦車砲の直撃を防ぐ装甲は、あっさりと貫き通される。受け止めるのは分子構造上不可能で、吸収するにはエネルギーの総量が桁外れだった。

 鋼板も、肉も、骨も関係ない。一切合切を貫通した刃を引き抜く。残忍な白刃は血を絡めて、赤く軌跡を描いた。

 そして車体から砲塔の上へと、直人は駆け上がる。跳躍した瞬間に、右の大腿部から血が吹き出したが、それすら意識にない。

 砲塔の上へ陣取ると、『桜花』を逆手に持ち替える。上面装甲はさらに薄い。砲塔のハッチごと中隊長を串刺しにして即死させた。

 指揮車を失った事によって、まだ健在な戦車が後退を始めようとしていた。だが、それを許しはしない。対戦車ライフルと火炎瓶攻撃によって、残余の車両も呆気なく抵抗を放棄する。

 完全に戦意を挫かれた戦車隊の壊滅を確認してから、通信機を背負った通信兵が、物陰から飛び出してくる。

局長代行(、、、、)、ご無事ですか?」

「構うな。それより、状況報告を」

 兵士はパッと敬礼して、報告する。

「親衛師団司令部は、クーデターへの加担を否定しています。〝有馬〟連隊に対しては、参謀本部の命令で演習を目的として移動を許可したと」

 その辺りも胡散臭いものだが、緊急に展開しているのは連隊規模だと確認は出来た。平時の移動がなければ、この奇襲はありえない。逆に言えば、奇襲に参加できたのは、平時に移動許可を取り付けていた〝有馬〟連隊のみだ。

「……各小隊については?」

「第二小隊は、歩兵小隊を撃退。第三小隊は、装甲車を中心とする機械化部隊と交戦中です。警察は装甲車を中心として、市街地を死守しております」

「まずは良し」負傷した右足をようやく気にしながら、直人がうなずく。「第二小隊は発令所の奪還に向かわせろ。第三小隊は警察に協力するよう通達しておけ。それと、親衛師団司令部に対しては、国家保安法に準拠して行動されたしと送れ」

 ハァーッ、と軍隊調の大声で答えた通信兵は、通信機材を背中から下ろして、すぐさま軍用無線によって命令を伝達しはじめる。その間に、直人は分隊長に招集をかける。

 発令所の奪還に増援が必要であったし、発電所に部隊を向かわせる必要もある。市街地の保持は、警察にも期待していいはずだ。親衛師団に関しては不透明だが、こればかりは仕方ない。

 血を払った『桜花』を鞘に収めた直人は、片膝をついた。

 しくじったな。痛みの質を冷静に観察しながら、表情は硬く凝ったままだった。パフォーマンスが必要だったとはいえ、あれだけの大口径弾を受け止めるのは初めてだ。

 驚いた部下たちが駆け寄って、衛生兵を呼ぶ。右大腿部に、赤黒い染みが広がっている。榴弾の破片が深々と突き刺さった右足は、酷使によって大量に出血している。

「手術が必要です」

 駆けつけた衛生兵は、実に冷静に状況を伝えた。

「動脈は無事ですが、ここでは破片を完全に除去できません」

「発令所を奪還するまで、手術は受けていられない。出血はもう止まるな?」

「止血しますが、動けば傷口を広げますよ」

「この程度で死にはしないだろう」

 他人事のように呟いて、直人はひとつ首を振った。

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