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九城霊異記  作者: pepe
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序幕

 九城(くじょう)中央駅から二十分ほど歩くと、一階建ての鉄筋コンクリート作りの建物が見える。

 内戦終結の直後には、安普請で体裁だけ整えたビルディングも珍しくはなかったが、最近では四、五階立てのものが主流であって、その建物が新しいだけに違和感を与える。

 その建造物が、官公庁の本部ビルが立ち並ぶ一角に建っているとなれば、その違和感はなおさらのものだ。

 しかし、その入り口には看板もなく、なんの建物であるか窺うことはできない。ただ、看板の代わりというように外灯の下に立つ、不寝番の守衛の姿が、おおよその事情を物語っていた。

 一人の男が、その正面入り口へと向かう。

 男は、深夜の闇に溶け込むような、黒い制服を着ていた。軍服に似たデザインではあるが、現行のいかなる軍服とも異なる。

 背筋を伸ばし、しっかりと地を踏みしめて歩く姿からは、武芸の鍛錬を積んだ者の凄みがにじんでいる。その証明のごとく、帯剣ベルトには、百年来の伝統のサーベルではなく、黒塗りの無愛想な鞘に収められた刀が吊られていた。

 建物の入り口を守っていた守衛二名もまた、男と同じ色とデザインの制服を着込んでいた。男の姿を認めると、陸軍式の敬礼を行った。

「ご苦労」

 答礼して労った声は、鉄錆びていた。

 若く見える男には、似合わない声色だったばかりか、精悍な面はまだ三十路に入らぬと見えるのに、表情も所作も落ち着きを通り越して無感動ですらあった。そして、皮膚の覗く首から上には、無数の傷痕が刻まれている。

 建物に入ると、内部は照明を落とされており、赤く着色された非常灯の明かりだけが廊下を照らしている。

 男は迷う素振りも見せず、廊下を進み、地下へと降りる階段を降った。階段横のエレベーターも電源を落とされていて、今は使えないことを知っていた。

 しばらく階段を降り、狭苦しく感じる地下通路を歩いて、その先にあったのは、床面積の一〇〇〇平米はあろうかという、広い地下空間だった。

「大したものだ」

 鉄錆びた声が、周囲を見渡して、そう言った。そのように言うしかないだろう。

 天井までの高さはおおよそ八メートル。入り口の左右を除き、ぐるりと広間の四方を囲むのは、階段状にボックス席が五メートルほどの高さまで続いていた。

 中央には巨大な卓が据えられており、さながら正方形にした円形劇場のような趣だった。

 がらんとした空間に、常夜灯が淡いベージュの光を投げかけていた。

「予算の承認は二年前だ。思ったより、完成まで時間を要した」

 無人かと思われた空間に、上方から女の声が降ってきた。静まり返った空気が、突然の声に震えた。

「これだけの規模ともなれば、仕方のないことだ」

 男は入り口の正面上方に、広く取られたスペースを見上げた。下方からは窺えなかったが、そこには司令席があり、組織の統括者が座っているはずだった。

 ゆっくりと歩を進め、階段を上る。見下ろした中央の卓上には、九城市の全域地図が印刷されたガラス板がはめ込まれていた。

 司令席の傍らまで登って、男は敬礼した。

「来ると思っていたよ、久瀬(くぜ)大尉」

 そちらを見やった女は、男よりさらに若かった。二十代の半ばと言ったところか。肩口できっちりと切り揃えられた黒髪と、切れ長の眼が、鋭利な印象を与える。

「大佐に昇進したそうだな」

 うっそりとした口調は、なんらの感情も含まれず、事実だけを確認するような口調だった。

「一昨日だ」

 陸軍の山吹色の軍服を着込んだ女が、こちらは面白くないという口調で応じた。

「軍部としては、こちらに寄越した局員を、すべて転属扱いにして、影響力を残したいのだろう。昇進もその一環というわけだ。昇進させれば、だれでも喜ぶと思って……」

「構うまい。逆に言えば、こちらも軍への影響力を保持することになる」

「おかげで、公安庁のお偉方には、さんざん嫌味を聞かされた。おまけに馬鹿どもが、クーデターの心配までしはじめる始末だ」

 その時のことを思い出したように、女――(あき)(しま)大佐は口調を苛立たせた。

 対する大尉は事実だけを述べた。

「内戦の傷痕はまだ深い」

「分かっている。だからこそ、公安庁も我々のような強力な下部組織の創設に同意した」

「ならば、務めを果たすのみだろう」

「無論だ。それで、実戦部隊は使い物になりそうか?」

「報告書は上げてある」

 秋島は肩をすくめた。

「後で目を通す。それに、公式文書には書けない部分を聞いておきたい」

 ならば、というように、大尉は答えた。

「第一、第二小隊は問題ない。内戦を潜り抜けて来た猛者どもだ。第三は不安が残る。指揮官の配置替えだけでは解決すまい」

「練度に不足のない連中を選んだはずだ」

 そのように前置きしてから、上官が視線で問うた。不安とはなにか。

「人間を冷静に処理(・・)できるようには見えない」

 久瀬大尉は変わらぬ口調で言い放った。

 それを聞いて、秋島は視線を逸らし、右手でクリスタルのイヤリングをいじった。

「それは……しかし、それは……必要だとしても、そうなれとは言えない」

「それを言わせるのは、人間としての良識か?」

「違う。人間としての意識(・・)だ。人殺しに慣れるものか。慣れたと思うなら、それはたが(・・)が外れたに過ぎない。次は見境がなくなるだけだ」

統制された暴力(・・・・・・・)こそ、いま必要とされているものだが……どちらにせよ、余分な議論だ」

 睨み付けた秋島の視線をいなすことさえなく、平然と受け止めた男は、一刀両断に切り捨てた。

(たが)えるな。我らは人として人を殺すのではない。我々はシステムの一端に過ぎず、その自覚(・・)自負(・・)によって、殺し(・・)殺される(・・・・)のだ。そこに道徳も良心も、人としての在り様も、なんら介在することはない」

「……罪の意識を拒否すれば、それこそ不必要な死者を出す。その歯止めは必要だろう」

「だからこそ、だ。個人の良識に、それを委ねることは許されない。組織と社会によって規定されるべきだ。中世の執行人が、刑を執行するごとくに」

 それは極論だろう。秋島は懐から自動拳銃を取り出した。ベルギー製のそれは、やはり軍人であった父の形見だ。

「ぞっとしない話だ。お父様はなにを考えて、このような組織を考案なされたのか」

「閣下はおられぬ。ならば、組織はあなたのものだ。思うように導けばいい。なんなら、武装蜂起をしてみるか?」

 冗談とするには、あまりに平坦な声で言われて、秋島は嫌そうな顔を向けた。

「やめてくれ。貴官が言うと、冗談に聞こえない」

「無論だ。必要ならば、そうするまでなのだから」

「これが部隊長とは……更迭したくてたまらんな。過激な発言は金輪際、控えてもらう」

「了解した」

「帰るのか?」

 踵を返した大尉の背中に、声をかけた。言いたい放題のまま、さっさと撤退されるのは、少しばかり癪だった。

「見物に来ただけだ。あまり遅くなると、妻が心配する」

「泣く子も黙る久瀬大尉も、奥方には弱いか」

「苦労をさせているからな」

 ようやく人並みの微笑を口角に刻んだが、顔面を刻んだ裂傷が邪魔をして、それは唇が引き攣れたようにしか見えなかった。



 翌月、一九五九年六月一七日。公安庁の下部組織として新設された『首都圏霊子力(れいしりょく)犯罪捜査局』が活動を開始した。

 通称「霊捜局(れいそうきょく)」は、首都圏の霊子力犯罪の一切に対し、陸軍より選抜された三個の特務機動隊――通称「特機(とっき)」――一八九名の実働部隊を以って、これに断固たる対応を見せた。

 この年の首都圏霊子力犯罪検挙率は、五七%を数え、戦後(・・)最高の数字を記録した。同時に犯人の死亡件数は二七八件を数え、検挙件数の八七%を占めることとなる。

 これが組織化と凶悪化の傾向を強める、霊子力犯罪に対する、政府の回答であった。

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