05――有り得無い筈の初心者
「おーい。起きてくれー」
「痛つつつ……」
「あ、起きた!」
アレの後。
こういった瞬時の出来事やいきなりのイベント、サプライズエンカウント等に耐性がある俺達は速攻で復帰したのだが、謎のプレイヤーは俺のハンマーの一撃をまともに喰らい、気絶してしまった。
その後、色々と相談した結果、とりあえずNPC避けを持続したまま謎のプレイヤーが目を覚ますまで待つことにした。
そして、30分後。
謎のプレイヤーは目を覚ました。
「…………はぇ?」
この、目の前で呆け顔をしている少女は初期プレイヤー用の白いTシャツに茶色のベスト、茶色のスカートという格好をしている。
腰に刺さっている武器も見た所、【ノーマルソード】と言う名前の初期装備とみて間違いない。
……そんな事、有り得るはずが無いのに。
「……気分は、どう?」
サキモリは女嫌いで、フゼイは顔見知り、というわけで俺が最初に声をかける事に決めたのだが……、今になって全力で後悔している。
台詞がまるで柄にあって無い。後ろで見ているフゼイとサキモリにこの後顔を向ける気が起きないほど恐ろしい。
最も、今はそんな事気にしていられない時でもあるが。
目の前の呆け顔の少女は、現状が分かって無いのかしばらく俺の顔をぼんやりと見つめた後、急に目が覚めた。
「は!?」
「起きた、かな?」
出来るだけ刺激しないように謎の少女に話しかける。
「え、あの、その、……誰、ですか?」
少女は、眉をひそめながら一応口を開いた。
「俺の名前は、シグレ。綴りの方はsigre。呼び捨てで構わない」
【メニュー】を開き、プレイヤーの性別やレベルなどが書かれた【プレイヤーカード】と呼ばれるアイテムを、ステータス画面から作りだし、謎の少女に渡す。
「え? 今何処から!? 何これ……レベル?」
それを受け取った少女は、【プレイヤーカード】をまるで初めて見たかのように珍しそうに眺めた後、その中に書き込まれている情報を見てぎょっとした。
「…………」
謎の少女の予想外の、いやある意味予想通りの反応に、サキモリが音をたてずため息をつく。
「やっぱり、か」
俺が、呟くように言うと、プレイヤーカードを見つめていたその少女は、急に顔を上げて聞いた。
「ここは、何処ですか?」
その、冗談ですよね? と聞きたそうな目に見つめられながら、恐らくその少女が想像している答えと同じものを返した。
「【グローム・ウィル】。またの名を、【エンディット・ファンタジア】」
・・・・α・・・・
「つまり、私は、【グローム・ウィル】にそっくりな世界に飛ばされてしまった……って事?」
「ああ、その通り。理解が早くて助かるよ」
いつまでも中央広場のど真ん中の地面に座ってるわけにもいかなかったので、とりあえずモミジと名乗った少女には広場の端っこにあるカフェへと移動してもらった。
NPCのカフェだが、店員がプレイヤー慣れしているのかそれともデフォルメ設定が良いのか、割と対応が良いのが特徴の店で、ここ以外でゆっくりくつろげるカフェとなると少し歩かなければならない。
……これで、出来ればコーヒーの味も良ければ最高なのだが。
少女に1時間以上かけて一通りのこの世界についての知識と顛末を話した後、今度はこちらから幾つか聞いてみる事にする。
「それで、モミジ、さんはどうしてこの世界に来たのか、身に覚えはある?」
まだ頭が痛いという少女には、頭痛に聞くというハーブティーを飲んでもらいながら少しずつ今までの事を思い出してもらっていた。
「ええと、多分……家で、【グローム・ウィル】を起動したのが原因だと……」
「【グローム・ウィル】がまだ出回ってるのか!?」
サキモリが少女の言葉に驚いて、声を張り上げる。
だが、それが原因で少女が縮こまってしまった。
「サキモリ。気持ちは分かるが大声を出すな。モミジ、さんが困ってるだろ?」
「い、いや。その……兄さんが、海外で拾って来たっていう物で、……その、メーカー回収指定だとは知ってたんですけど。ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけやってみようかなと思って……」
まるで悪戯を見つかった子供の様な言い訳に苦笑しながら、俺は目の前の少女に過去の自分を重ねていた。
「俺もだ。待望のウィルシリーズ新作発売! っつー店頭広告に引かれて、参考書投げて衝動買いしちまった」
「へぇ。シグレはそんな経緯で【グローム・ウィル】買ったんだ」
人見知りして黙り込んでいたフゼイが後ろから声をかけてきた。
「あれ? 話してなかったか?」
「……初耳」
「そうか。まぁ、前の世界のことなんて話してないしな」
不味いコーヒーを啜りながら、フゼイの機嫌が大分悪くなってるなーと感じる。今夜の献立は肉中心にしておこう。
とりあえず初見の相手だと口を利くどころか目も合わせられない奴は放っておいて、目の前の女性プレイヤーに向き直る。
「それに、メーカー回収指定って事は、初期30万人以外は【グローム・ウィル】を起動できなかって事だろ?」
「はい。発売直後にすぐメーカーが徹底的に回収してしまって……当時はいろんな噂が流れました」
「だろうなぁ。そしてその実態がまさかの30万人の失踪とは誰も思うまい。まぁ、失踪をいち早く知って情報規制をしたメーカーと警察には感謝だな」
「それに、丁度1年前ぐらいにメーカー内に保存されていたマスターデータすら破壊されたと公式発表されて……」
「……そうか。アイツら、ちゃんとやってくれたか」
1年前。それは、このゲームがクリアされた瞬間。
元の世界に帰って行った17万人は、その責務を立派に果たしてくれたらしい。
「……良かったな」
「……あぁ」
俺達残留プレイヤーはある意味で、目の前の少女の様な、想定し得る新たな犠牲者たちに関しては責任を放棄したこととなる。
元の世界に戻ってやれることはあったし、やるべきことはそれ以上にあったのだから。
「まぁ、アイツらは責務を果たしたけれども、新しい犠牲者が出ちまったんだがな」
懐かしい面々の思い出を一旦頭の片隅に投げやり、目の前の新たな犠牲者に向き直る。
「す、すいません」
若干話に置いてかれつつも、大体の流れは把握できてるらしい。中々に頭の回転が速い子だ。
「ふぁ~ぁ……ん?」
そして、もう1人の少女の方は実に暇そうに欠伸をしていた。
この少女の頭の半分でもフゼイにあれば……。
「モミジ、さんは謝らなくていいよ。俺だって、きっと目の前に幻のRPGがあったらプレイしてた。間違いなく。それよりその後だ」
「その後は……謎の頭痛に巻き込まれて、気が付いたら、ここに寝てて」
「謎の頭痛は俺にも起きたな」
「アタシも」
どうやらあの、頭が割れるような痛みは全員経験済みらしい。
「あ、でもなんか頭が痛くなるのは2回ありました」
「………………まぁ、その話は後にして」
「はぁ……?」
い、いや、別に、記憶無いからと言って自分の罪を無かった事にしようとなんか、してないよ?
「そ、それより――」
「2回目はコイツが原因だからな。なんならコイツに殴り返してやれ」
けれど、淡い希望もはかなくフゼイの一言が真実を告げた。
「あ、ちょ、おま……」
なんでこうタイミングよく覚醒するかなぁ! こいつは。
そしてこう、この状況でそれを言うと空気が悪化するとか、そういう事も考えてないんだろうなとか色々と言い訳と愚痴を並べつつ、表面では平常心を保つ。
「えーっと、気絶する寸前に見えたハンマーはもしかして……?」
「……はい、俺です」
「思いっきり、全力でやられた気がしたんですけど」
「……誠に、申し訳ない」
カフェの椅子は西洋椅子なので土下座は出来ないが、出来得る限り頭を下げる。
フゼイなら殴るどころか決闘挑まれて最高威力のスキルでKOされるだろう所なので、素直に謝っておく。
けれど、拳の衝撃を予想していた俺の頭にぶつかったのは柔らかい手の感触だった。
「まぁ、いいです」
「へ?」
「許してあげます。素直に謝りましたし」
「あ、ありがとう」
拍子抜けしかけつつも、何故か頭のレーダーが危険を察知していた。
目の前の少女の笑顔は、何となーく厄介事の感じがすると。
なんとなく表現するなら、クエストをクリアしたけれど次は――と続いて次のクエストがある時の様な感じが。
その嫌な感じを無理矢理無視し、目に見えている問題を先に据える。
何せ、目の前には一番の問題が居るのだから。
「そ、それじゃ、最後の問題だな」
「最後の、って何?」
フゼイが頭上に?マークを浮かべながら聞いた。
「【魔王】か」
それについて説明しようと口を開く前に、サキモリが呟いた。
「は? どういう意味?」
フゼイがサキモリに疑問の顔を向けるが、それを押さえて俺が答える。
「この世界は既に一度【クリア】された。だから、【魔王】が、倒すべき敵が、居ない」
一呼吸置き、説明を追加する。
「つまりだ。17万のプレイヤーは【魔王】を倒した時に現れたウインドウに従って元の世界へと帰って行った。つまり、【あなたは、この世界を去りますか?】に【Yes】と答えたわけだ」
目の前の女性プレイヤーの目を直視しながら、事実を告げる。
「だから、今この【魔王】が居ない世界においては元の世界へ帰るための方法が、無い」
「え……。で、でも――」
やはり想像だにしてないだろう答えに狼狽えつつ反論しようとした少女の声に重ねる様にしてサキモリが言う。
「今、丁度2時間立った」
「え? どういう事?」
手首につけているゴツい時計を見ながらのサキモリの一言に驚いたフゼイが疑問の声を上げる。
「俺達が、30万人のプレイヤーがこの世界に拉致された時には、その約1時間後に【魔王】が現れた」
「ああ。間違いないな。多少の時間差はあったがそれぐらいに現れた」
「え? え?」
「つまりだ、フゼイ。もし仮にそこの彼女が新規プレイヤーとして魔王を倒す勇者として呼ばれたのなら、【魔王】にも復活してもらわなければならない。何せ、アレを倒す他に帰る方法が無いのだから。それだけは、俺達が4年間かけて証明してきた。どんな方法でも、あのウインドウでYesを選ぶ以外にこの世界から帰ることは出来なかった。死体になってもこの世界には残留したのだから、文字通り死んでも帰ることは出来ない」
なおも状況を呑み込めてないフゼイにサキモリが説明する。目の前の少女へと半分ほど目線を向けながら。
「そんな……事って……」
モミジ、という名の少女はそれっきり頭を長い前髪に隠してうなだれてしまった。
落ち込んでいるだろう少女に、一応の声をかける。
「……まぁ、少なくとも【ラピス】から外に出なければモンスターに襲われることは無い。無料宿屋に泊まりながら、大人しく何らかの救済措置を待つのが妥当だろうな。この世界に果たして救済してくれる神が居るのかどうかは怪しいが。俺達も色々と原因を探ってみるし。きっとうまく行く方法が見つかるさ」
何なら、俺達が付き添って――と言いかけたところで、目の前の少女の唇が動いている事に気がついた。
「ねぇ……」
「ん? なんだ?」
「この【プレイヤーカード】によれば、あなた【シグレ】のレベルは91。そうだよね?」
「あ、あぁ……」
いきなり何を言い出すのか。と思いつつ、答える。
「そして私のレベルは1。……低い、というか思いっきり初心者のレベルだよね」
「そうだが……?」
「それじゃあ、1つお願いがあるの」
俯いていた頭を上げ、少女が真っ直ぐに俺の目を見た。
目の前の少女が何を考えているかわからなくて、頭ではぼんやりとその少女の色素の薄い茶色の目は綺麗だと思った。
「ハンマーの件の代わりに、」
目の前の少女、いや違う。この世界にやってきた1人のプレイヤー、モミジは予想外のことを口にした。
「私と、パーティーを組んで。そして、【魔王城】へと連れて行って欲しい」
「…………」
咄嗟のことで、返事が出来なかった。
確かに、妥当な判断ではある。
【魔王】が居なくとも、あそこにたどり着けば何らかの可能性が残っているかもしれない。
だから、俺もこの後【魔王城】へ偵察しに行く予定だったし、恐らくサキモリもそう考えていただろう。
けれど、まさか自分を連れて行ってほしいというとは、思わなかった。
街の外にはモンスターがうじゃうじゃいる。しかも、ウィルシリーズはリアル系のRPG。モンスターは限りなく恐ろしい格好をしている。たとえ低レベルでもだ。
それは、言葉に聞いただけでもウィルシリーズをやったことがある人間なら大体想像できる。ある意味シリーズのお約束の様な物。
そして彼女の言動からして、彼女は恐らくウィルシリーズをやり込んでいると思われる。
だからこそ、俺は彼女に外に出てみるかとは聞かなかったのだ。彼女はモンスターたちの外見を想像できただろうから。
あんなモンスターと、生身で対峙するなんて想像するだけでも恐ろしいと感じるのが普通だ。
だから、もう一度目の前の女性プレイヤーモミジの目を見て、問う。
「もう一度言う。街の外にはモンスターが溢れんばかりにいる。それでも、戦う事を選ぶのか?」
「Yes」
ウィルシリーズのお決まりの、【選択肢】の答え方でモミジが答えた。
その茶色い目は、本気だと言っていた。
「……分かった。ま、モンスターの外見を見て気が変わったらいつでも言ってくれ」
「……」
流石に覚悟していても、その辺は怖いらしい。
無言で首を縦に振ったモミジに、右手を差し出した。
「それじゃあ、パーティー結成だ」
「はいっ!」
差し出された俺の右手を、確かに握ったモミジの右手を眺めながら、俺は【メニュー】からモミジを【パーティー】へと招待した。
一旦連続投稿は終わりですー。
また気紛れに適当に書いて適当に落とします。