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03――ゲーム少女の葛藤

俺がわざわざ20分もかけてじっくり作ったステーキをフゼイが僅か5分で平らげて、ステーキをもう1枚焼く焼かないの喧嘩をした後。

俺達は今まで行った事のある街に飛ぶ魔法、【シティ・ワープ】を使って【ラピス】へと移動した。

ちなみにワープ魔法の半分ほどは、自分の周り数人を巻き込んで移動することが出来るという仕様を持つ。

勿論、その時はワープする全員がその町に行ったことが無いと駄目だが、当然ここに居る3人は全て【ラピス】へ行ったことがあるので問題は無い。


「さて、そんな訳で【ラピス】に到着だ」

足元の魔方陣の光が消えたのを確認した後、街へと足を踏み出す。

後ろを振り返ると、巨大な門とそれの両端から伸びる城壁が見えた。

どうやら丁度街の門の真ん前に出たらしい。


【ラピス】内は、3つの場所に分かれる。

1つは中央部。非参加プレイヤーが寝泊まりしていた無料宿や簡単な飲食店、雑貨店などが並ぶ。

2つ目は行政部。この世界のでは珍しい役所の地域、と言う設定で、ようは各システムの設定およびメンテナンス部だ。この世界ではウインドウカラーだのウインドウサイズだのはここでしか変更できないから、地味に重宝する。

そして3つ目が商店部。専門店やオーダーメイドの武器防具屋が並ぶ。俺達が用のあるのはここだ。


「えーっと、だから。確かこっちだった筈」

うろ覚えの地図を頭の中から引っ張り出しつつ歩く。

【ラピス】は早々に非参加プレイヤーに占領されてしまったので、それなりに攻略に貢献していた俺やフゼイ等の高レベルプレイヤーは他の都市をベースとして使っていた。原因は、非参加プレイヤー達の目線、だ。別にそれが物理的にどうするわけでもないのだが、街中どこ行っても視線を浴びるというのは嫌な物だ。おかげで、【ラピス】の地形に関してはあまり詳しくない。


門前からすぐ右手に曲がると、その先にはレンガを積み重ねて作られた建物が雑多に並んでいる。

NPC達の活動の賜物なのか、街は常に清潔に保たれてるため最初に来た時と道や建物はほとんど変わっていない。

「こういう所はゲームっぽいよなぁ」

「ああ。けど、それを構成するNPCには意志がある。不思議なトコだよ」

俺のほとんど無意識の呟きに、サキモリが答えた。

「ほんとにな」

柄にも無い事を言った自分に少し驚きながら、辺りを見回す。


少し前を歩く3人の親子。子供がアイスクリームを買ってくれと父親にせがんでいる。

すぐ右手で店の入り口の掃き掃除をしている青年。恐らくその後ろの店の店員だろう。

左の建物の窓を覗けば、作業着を着た女性が機織りで布を織っている。


NPCノンプレイヤーキャラクター、か」

彼らは魔王(ラスボス)を倒すために異世界からやってきた勇者(プレイヤー)では無く、この世界の住人。

彼らの視界の左上にはHPバーは無く、彼らの人差し指を振ってもメニューは現れない。

そういう意味ならばプレイヤーでは無いのだろうが、果たして彼らと俺達に何の違いがあるのだろうか。

彼らは俺達(プレイヤー)に必要以上に接しては来ない。飽くまで街の店員として、ただの他人として接してくる。

だから店に入った時の掛け声は【いらっしゃいませ】で統一され、街で話しかければ【ここはラピスの街です】というお決まりのセリフを繰り返す。

どうして、何故――

「おい、シグレ! 聞いてんのか?」

突然のフゼイの声に思考が途切れる。

「ん? あ、あぁ?」

「そんなに怒鳴らなくても……、まぁいいか。それで、お目当ての場所はここじゃないのか?」

サキモリとフゼイの目の先を追ってみれば、そこには巨大な煙突がいくつも立つ巨大な町工場風の鍛冶屋だった。

どうやら、気が付かないうちに到着していたらしい。


「【マーチャの街工場】……あぁ。ここで間違いない」

目の前にかかってる金属板の看板を確認しつつ、答える。

ちなみにこの世界の言語は日本語。ウィルシリーズが日本製で本当に助かった。アメリカ製だった間違いなくスラングの英語は読めないという自信がある。


「マーチャ、って誰? そして街工場って何? 漢字間違ってない?」

恐らく初見の全ての人間が思う事を、フゼイのツッコミが代弁した。

「さぁな。NPCの商店の名前に意味なんかあると思うか? 【グローム・ウィル】と同じなら製作者の言葉遊びだろうし、そうじゃないならこの世界のマーチャさんが創ったんだろう。確か、【ラピス】の商店は全部こういう系統のネーミングだった覚えがあるが」

「多分製作者ネーミングだと思うぜ。【レイグズ・ウィル】にも似たような名前の店のシリーズがあった。まぁゲーム屋にネーミングセンスを求めるなよ」

俺とサキモリが答えるも、フゼイは少し不満気だ。

「えー、でももうちょっと、何か、無かったの?」

「【気紛れ製作所】の看板を出してる俺らが言える言葉じゃないけどな」

「ははは、違いない」

「まぁ、それもそっか」

3人でまったく同じとある女性プレイヤーの事を思い出しながら、俺達は【マーチャの街工場】の重い金属扉を開いた。



  ・・・・μ・・・・



東雲紅葉(しののめ くれは)は悩んでいた。

「ん~~~~~~~」

具体的には現在の頭の5/6ほどがその悩みで埋め尽くされるほどには。


今、自宅の子供部屋の床に直に座っている、紅葉の前には2つの物が置いてある。

1つは、数学の問題集。提出期限は明日で、そして中身は半分ほど真っ白だ。

そしてもう1つは、いつもは仕事の関係で海外に居る兄が珍しく家に帰ってきて、そのお土産にとくれたゲームソフトだ。


『グローム・ウィル』というそのソフトは、『ウィルシリーズ』という名前にウィルのついたゲームソフトのシリーズで、今では黄金だの完璧だの神だのと呼ばれ惜しまれている製作陣が5年前の解散前に最後に造り上げたウィルシリーズの幻の一作だ。初期ロットのみが製造されたため精々30万本しかないというその超激レアの代物は、公式発表によれば発売直後企業によって全て回収され4年前には開発途中の各システムすら完全に破棄されてしまった、とされている。

具体的に価値を表すなら、今この目の前に鎮座している四角い箱を売れば数万数億は下らないと言った方が分かり易いか。

もっとも企業によって回収指定にされているのでネットオークションなどに出す訳にはいかないし、そんな事をしようとしたらたとえ兄であろうと問答無用で気絶させてみせるが。


「ん~~~~~~~」

と言う訳で、紅葉は猛烈に悩んでいるのだ。

その証拠に、今も耳元で悪魔と天使が言い争っている。


『あの、伝説のグローム・ウィルが目の前にあるのに何を戸惑う事がある! この機を逃したら下手したら一生できないようなものだぞ!』

『何を言いますかこの悪魔は。数学の問題集こそ今真っ先にやるべき物でしょう。ゲームにプレイ期限は無くても問題集には提出期限があるのですよ?』

『なんだと!? ゲームにだってプレイ期限はある。 お前だって経験したことがあるだろう? 長い長い行列を並んで予約券をもらって何とか発売日に買えたけどその日はたまたま用事が入って忙しくて買うだけ買ったけど手つかずで数日後に回したらまた新しい新発売が出てそちらをやっている間に熱が冷めてしまって結局積みの列に入れてしまうとか。発売日に買おうと思ったら売り切れでまた明後日来いと言われその日に行ったらまた売り切れを繰り返していくうちにいつの間にか2週間以上たってしまっていていつのまにかネタバレがネット中にばらまかれてラスボスの正体を知ってしまって萎えたとか。気合入れて発売日に買ったは良いけどその日中にクリアできずに寝たら次の日に同じゲームの購買者と出会ってその先の展開を盛大にネタバレされてやる気がそがれたとか。あるだろう!!?』

『なんだか別の意志的な物が宿ったような凄い反論ですね……』

『おうよ! ゲームは買った当日にやるのが正義ってもんだ!』

『悪魔が正義を語ったら意味ないでしょう!?』

『あぁ!?』

『ひっ! いや別に正義が天使の物とかそういう意味でなく確かに最近のRPGはダークヒーローが人気ですけどでもやっぱり正義は天使の物かなぁと』

『別にそれは構わねぇ!』

『構わないんですか……』

『けどな。たとえ俺が悪魔であろうと! 悪であろうと! これだけは譲れねぇ』

『ゲームは買った当日が吉日だ!』


「……………………」

気が付いたらなんか悪魔が松○修造ばりに熱く語っていた。そして天使は若干、いやそれ以上に引いていた。



『たとえどんなクソゲーだろうと! ゲームは! 買った日から不眠不休でやるべきである!』

「…………ま、いっか」

悪魔の熱意を少しウザいと感じつつ、けれどその気持ちの半分くらいは自分の思ってる事と同じだと言うのに気が付いて、結局右手が伸びたのは『グローム・ウィル』のパッケージだった。

ほんの、ちょこっと、ちょびっとだけ『グローム・ウィル』やって、それから数学の問題集を終わらせよう。

うん。そうしよう。

それできっと問題は無い。



まぁ最悪徹夜すれば問題無いさー。とか現実逃避しつつ数学の問題集を机の上に押しやり、子供部屋用の小さなTVを引っ張り出して各端子を繋げる。

『つまり、だからこそ! 全てのゲームは燃え尽きるほどの覚悟を持ってふんぎゃっ!?』

「五月蠅い」

後、面倒になったので悪魔は右手で叩き落した。

『ひどい……』

「えーっと、ここにディスクを入れて、と。うーん古いからロード長いなぁ」

DL販売の物では決して聞けない独特のディスクの回る音を聞きながら、各種セッティングを終わらせる。


聞きなれたハードの起動音が、久しぶりのゲームなんだという事を思い出させて、急に心臓の鼓動を高めさせる。

最近はゲームパッドとしか使っていないコントローラーも、本体と接続したからか今日は随分と調子がいい。


「さて、どんなゲームかなぁ。自由度が高いって聞いたけど。思いっきり楽しめるといいな」

まだ見ぬ世界に思いを馳せながら、私は『グローム・ウィル』を起動した。



そして、数分後、私は強烈な頭痛と共に意識を失った。



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