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01――気紛れの運命


草木がまばらにしかない高山道を下りながら、俺は先程手に入れた代物を手で弄んでいた。

「んー、何だろうな。コレ」

掌で握り込むには大きすぎ、けれど抱えるという表現は似合わない。

それぐらいのサイズの鉱石だ。


「とりあえずアイテム欄を見てみるか……」

右手の人差し指を空中で一回転させる。

次の瞬間、視界の1/3ほどを奪い、【メニュー】が現れた。

灰色の背景に幾つかの文字列が浮き彫りにされている代物。デザインは石板の様な物の癖に、まるで立体感が無い薄っぺらな存在。

HPバーその他パーソナルデータが浮いている左上とは逆の右上に、メニューウインドウが空中に浮いている。

もっとも、浮いていると見えているのは俺だけで他人から見えればそこには何もないのだが。

この世界にやってきた初めの頃はこの空中に浮かぶ文字列という物に強烈な違和感を覚えた物だが、今では日常の一部だ。


【メニュー】にある10コほどの項目から迷わず【アイテムポケット】を選び、アイテム欄を表示する。

雑多に武器だの防具だの素材だのが放置されたアイテム欄の右下、一番最新のアイテムを見た瞬間、驚いて足が止まってしまった。

「アイテム名――竜鉱石、だとぉっ!?」


竜鉱石。

解析すれば最低でもクロムつまりは7thクラスは保障。運良ければ9thクラス級の素材アイテムが手に入る可能性さえある最高の鉱石。

ダンジョンのボスや高レベルフィールドの固有名持ち(ネームド)モンスターから稀にドロップするものだと思っていたが……まさかツルハシで掘りだせるものとは思わなかった。


「よし、帰ろう。今すぐ帰ろう」

ゆっくりと景色でも眺めながら山道を降りるつもりだったが予定変更。即帰る。


「えーっと、【我が身我が魂の軌跡を此処に辿れ】」

いきなり訳の分からない単語が並んだが、別に急に厨二病が発病したわけでは無い。

ここは『剣と魔法』の世界であり、俺がメインに据えているスキルは、『魔法』である。

この世界で魔法を使いたいならば、各地に居る魔法使いを名乗るNPCから【呪文(スペル)】を教えてもらい、それを必死になって覚える。という手間がある。

それでもスペルを一度覚えてしまえば後はそれを唱えるだけで多少のMPを代償に『魔法』を使うことが出来る。


俺がこの世界に残る事を選んだ理由の1つがこれだ。

まさしく厨二病で痛々しい、が1度でもファンタジーの世界に触れたことがある人間なら誰しもやってみたいと思うだろう。

ほんの少し言葉を操るだけで、火の玉を、氷の盾を、雷の槍を創りだす。

この感覚は、1度覚えたらスペルが体に染みついてしまうほど便利。


そして、その魔法の言葉は昼の少し前頃の空気に混じりシステムへと届く。

「【ログ・ワープ】」

システムに認知された魔法が発動し、俺の足元に光る魔方陣が刻まれた。と思った次の瞬間視界は真っ白に染まり意識が若干遠くなる。



再び視界が戻ると、そこは見慣れた店の入り口だった。

木造のかなり大きめのログハウスを改造して作られた店で、ついさっきまで俺が登っていた山をバッグにして眺めると中々の存在感を主張する構えになっている。

入口の脇に置いてある看板にはでかでかと下手糞な字で<気紛れ製作所>と書かれ、新参お断りどころか入れるもんなら入って見せろと言わんばかりである。

商売のことを考えるならきちんとした物に変えるべきだが、もし外したり塗りなおしたりしたらあのお姫様が暴走しかねないので止めておく。

まぁ、この店の雰囲気を一番伝えてくれるものなので、なんだかんだいって気に入っているのだが。


ともかく店の入り口のドアを開けて店の中に入る。

「今帰ったぜー」


朝早くそれも2時とか3時代に起きて、さらに数時間の憩いと労働の後という結構疲れた体にかけられた言葉はオツカレサマでは無く、

「シグレ遅ぇ!」

だった。

「酷ぇな。これでも帰りは即ワープして帰ったんだぜ?」

「知らん。そんなのはどうでも良い。腹減った」

声の主は店の机の1つを両足で占領しつつ、3つほど椅子を並べて、その上に頭の下に両手を敷いて寝っ転がっているプレイヤーだ。


プレイヤーネームはフゼイ。本名である風情(かざな)から取ったらしいのだが、果たしてこの女のどの辺に風情(フゼイ)があるのか教えて欲しい。

ノコギリを頭に刺したゾンビが刺繍された強烈な真っ赤なメガzip仕様のパーカーに、極端に短くされたデニム生地のホットパンツ。それがフゼイの日常服である。

戦闘時はその上に更に真っ赤なマントを羽織り、ハイド状態からいきなり現れたフゼイに敵が驚いてる隙にタガー系統のスキルで相手を一方的に屠るというプレイスタイルはまさしく暗殺者(アサシン)と呼んでいいだろう。

一見隠れるのには向かない赤色も、スキル【ハイディング】で隠れれば殆ど見えず、そして現れた時のショックは普通の色よりも強いという効果を狙ってのことだというのだから彼女もまた重度の狂った者(ゲームジャンキー)なのだろう。


「朝飯、超特急で作れ!」

……まぁ、後付けで思いついただけで単純に赤色が好きなだけかもしれんが。正直この馬鹿がゲーム効率とか考えてる気がしないし。


「はいはい。ただいま作りますよっと」

ちなみにシグレとは俺の事。

本名である時雨(ときあめ)から時雨(シグレ)と名付けた。が、あまりにもあまりな本名なので時折どっちがどっちなのか分からなくなる。

俺達の親世代が名付けていた時代はそういった考え抜かれた名前がたくさんあったと言うが、子供としてはそこまで気に入る名前ではない気がするのは気のせいではあるまい。

俺が子供を作ったら名前は簡単なのにするだろうな。「健人」とかその辺の。


そんな事を考えつつ、【メニュー】から衣服関連のショートカット一覧を呼び出し、鉱石掘りの時用の作業着から軽い日常服に変えた後、エプロンを追加装備して台所に入る。

「どんなものをご所望で?」

「いつもの!」

「りょーかい」


台所に立つと、空中にウインドウが現れる。その真ん前に立って【クッキング開始】を選択。すると、目の前に専用の料理メニューが現れた。

「えーっと、ハンバーガーにフライドポテト。それから俺用のサラダと焼きおにぎり。そんなもんかな」

まずは手持ちのレシピから作りたい料理を選択。

「素材は店の倉庫から、っと」

そして素材を指定。

決定を選択した直後、ゴトンと言う音と共に加工された材料が目の前の料理器具に入る。

「さぁて、さっさと作っちまいますか……」

そして、材料の並んだ調理器具の上にウインドウが現れる。


「【クッキング】を開始します」

無機質なシステムボイスが響き、目の前で素材達がシステムによって刻まれ、料理に適したサイズへとなっていく。

こちらはある程度の指示と、それから調理の材料を入れるタイミングだけでいい。

果たしてこれを料理と呼ぶのかは甚だ疑問だが、個人的には一から作るより遥かに楽でいい。

元の世界では包丁を握っていたこともあった憶えがあるが、包丁など感覚を忘れてしまうほど握っていない。皮肉な事に刃物は毎日の様に握っているが。


「さて結果は……92。まぁ、適当な割には上出来かな。少し焦げたが」

「何でもいーから早くしろー!」

カウンターの向こうから、フゼイの声が響く。

「はいはい。カウンターの上にに実体化させるから取りに来い」

言いつつ、リザルト画面を閉じると目の前に料理がトレーに乗っけてられて現れる。

「ちっ……」

「舌打ちすんなよ。たった数歩だろうが」

「ちっ!」

「なんでさらに大きな音で舌打ちしてんの!? 調理したの俺だぜ!?」

「ちっ、どうせタイミングゲーの癖に威張りやがって」

「そうだよタイミングゲーだよそのタイミングゲーの1thクラスすらクリアできないお前に言われたかねぇ!」

「んだと――」


「お、なんだなんだ。喧嘩か?」

カウンターを挟んで罵り合いをしていた俺とフゼイに新しい声が割って入る。


入口に立っていたのは、枯葉色のトレンチコートに身を包み身長程はあるだろう巨大な銃を背負った背の高い痩せた男だった。

「お、何だサキモリ。今日到着だったか?」

目の前で再び怒りだそうとしていたフゼイを無視しその男に声をかける。

男の名前はサキモリ。こっちも本名の防人(ほうと)から取った名前らしい。

そのあごひげを伸ばした顔は、一見30代すぎに見えるがこれでもれっきとした24歳である。


「ははは。何だ邪魔だったか? 痴話喧嘩中なら外すが」

「馬鹿言うな!」

サキモリの言葉に顔を真っ赤にしてフゼイが反論する。

つくづく赤が似合う奴である。

「久しぶり、か? こないだ会ったのは1ヶ月前だったか」

「まぁな。大分長い事、【羽音の洞穴】に籠ってたからな」

【羽音の洞窟】とはここから南に大分言った所にあるダンジョンで、群れる敵が少なくシステム上の安全地帯が多い事から遠距離攻撃職のレベル上げに定評のある場所だ。



「ほれ、例のモン幾つか取れたぜ」

カウンターにどっかと腰を下ろしたサキモリが、コートの内ポケットから黄色の羽のような形をした鉱石の欠片を3つテーブルに置く。

サキモリにはついでに素材を取ってくるよう頼んでいた。幾つかの洞窟の奥地でしか取れない翼鉱石だ。

「お、ナイスタイミング。今朝竜鉱石がたまたま取れてな。こりゃ良い合金が出来るぜ」

「そりゃ良かった。ところで、飯は残ってるかな?」

「ああ、そこに置いてあるハンバーガーとポテトは食べちまっていいぞ」

「え? ちょ、それアタシの」

「それじゃ、遠慮無く」

咄嗟にハンバーガーに手を伸ばしたフゼイの手を遮るようにサキモリがハンバーガーの乗ったトレイを引き寄せる。

「いやだからそれはアタシのだって――」

サキモリからハンバーガーを奪い取ろうとするものの、枯葉色のコートとサキモリの手が邪魔をして届かない。

「お前はお腹空いてないんだもんな。別に食べなくてもいいよな」

笑いながら俺が言う。

「なるほど、フゼイはお腹減って無いのか問題無いだろ」

それに乗ったサキモリが、フゼイの手を防御しつつハンバーガーに齧り付く。

「な、ちょ、分かった、ケチ付けたのは謝るから、あーっ! アタシの朝飯がぁあああ!」

「うん。上手い。こんなハンバーガーが食べれないなんてフゼイも残念だな」

「そうだなー。俺は焼きおにぎり貰ってこう。サラダなら食っていいぞー。俺は翼鉱石を加工しに行くから」

「なっ! 朝からこんな葉っぱの切れ端だけで動けるかーっ!」

フゼイの怒声を聞きつつ、俺は店の奥に引っ込んだ。

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