その8
「サクラ様はこちらのお部屋をお使いくださいませ」
「あのぅ………」
なんなんだ、これは。
さっきのヤウチさんの部屋よりちょっと広くて、なによりなんですっごく離れてるの?
「陛下がサクラ様はこちらの部屋に、と申されましたので。なによりサクラ様は女性でいらっしゃいますし、陛下のお部屋に近ければ警備も多ございますから」
「ああ、監視するためですか?」
「え?いえ、ですから」
「いろんな意味で大丈夫です。わかってますから。そうですよね、物理攻撃より無形の魔法の方が危ないですものね。アランドラ王もかなりの魔術師のようですし、むしろ近い方が殺気を関知しやすいですよね。でも、休まる時間がなくなるのでは?あー、殺っちゃう気は全くないんですけど」
目をぱっくり開けてビックリしないでください。
そんな驚くことじゃあるまいし。
「………もう、それで構いません」
やっぱりか。
うーん、魔法が強いってのも考えもんだねー。
「では、改めさせていただいて。私、マリーエルと申します。サクラ様付きの侍女でございますわ」
「……………侍女?」
「はい。では早速お召し物をお取り替え致しますわ」
「ちょ、ちょっ!それこそなんで?!」
「陛下のご指示ですから」
「あのですね、アランドラ王の思惑はこの部屋で充分わかりました。だのに、さらに直接的な監視や装備を解かせるなんて、あんまりじゃないですか?」
「そうではなくて」
「本当に王族が関わるとろくなことない。大体ねぇ、私たちはギルドで受けた依頼の延長で来てるんですよ。利害が一致しているだけであって、ここまで侮辱される筋合いはないです!」
「あ、あのサクラ様………」
「――――って、アランドラ王に一言一句違えずに伝えてくれませんか?伝えたら、貴女、来ないでください。自分のことは自分でできます。いやもういっそのこと、出ましょう。そうだよ、自分のことは自分でやる。そう最初にあの二人に言ったもの。えーと、ヤウチさんはどこにいるかな」
「わっわかりましたから!必ずお伝えしますし、お召し物もかえませんし、もうこちらへ参りませんから!勝手に出ていかれないでくださいませ!」
俊足だよ。
あっちゅー間に出ていっちゃった。
うーむ、いぢめすぎたかしら?
でもね、本当に侮辱だと思ったのよ。
勿論、王族は生まれる前から生死と隣り合わせなのは、歴史嫌いな私でもわかっているさ。
だが残念ながら、バリバリの現代っ子にゃ、理解できても納得は出来ないわけ。
特に、自由を求める私には…………
「――――っま!油断ならない人達ばっかだ、ってわかったことは良しとしましょう。どうせ向こうに帰る間だけのことだしね。さっゴッツイ結界張ろう♪」
――――さっゴッツイ結界張ろう♪』
遠耳の魔法はそこで途切れてしまった。
結界で弾かれてしまったのだろう。
稀代の魔術師にはかなり劣るとはいえ、歴々の王の中では随一を誇るアランの魔法を。
「くっくっく…………」
さっきから笑いっぱなしだなこの笑い上戸(従兄)め。
「この俺からの賜り物を裏があるといって、拒否するとは!しかも好意とは全く考えんときた!全く面白い女だ!!」
「しかし陛下。サクラは今、情緒不安定ですやたらに構うのは止めてください」
「なぜだ?………貴族の権力や美貌に群がる愚かな女は嫌いだ。アレは、サクラは、今までの女とは違う、好ましい女だ。後宮も正妃も召さなかったのは、あのような者を待っていたからだ。欲しいなら、手に入れるまで!」
ああ、駄目だな。
こうなると話しも聞かなくなる。
強情になるんだ。
人間関係の酸いも甘いも髄まで味わったからこそ、本気になっているのがわかる。
クラウも長年の付き合いでわかっているだろうに、不愉快さを隠さない。
「では陛下、一言だけ」
「なんだ?言ってみろ」
止められるものなら止めてみろとでも言いたげ………ありありと表情に出しているか。
「陛下――――人の心は脆いのですよ」
………クラウが、
こんなに深刻な表情になったのは先頭や討伐で怪我人や死人が出たとき以外、他はなかった。
いや、たった一度だけ、それら以外で確かあれは――――
「お前もサクラには気にかけるな」
「彼女には、好意を抱いていますよ。恋だの愛だのといったものではなく、ですがね。ユーヤと『同じように』心配しております」
妙に『同じように』を強調したな。
しかも変に含みを持たせた言い方をしやがって………何を考えているんだ?
「ふん、頭には入れておこう。………だが、おちおちしていたら誰ぞに取られてはかなわん。好きにやらせてもらう。サクラに嫌われんようにな」
その不適な笑みは、王座に着く時に見せた、不遜な笑みだ。
どんな手を使っても、手中に収める気。
「ヴィル、予定外の遠征で仕事がたんまりだ。少しでも処理しないと夕食に間に合わない」
俺が何かを言う前に、グイグイと背中を押してくる。
まるでアランと遠ざけるように。
「そうそう、陛下」
もうすぐ廊下、というところで、クラウが振り返った。
その表情は見えない。
「ユーヤがサクラと私たちとでの夕食を望んでいます。もしサクラと夕食を取りたいなら、ユーヤと私たちもお呼びくださるよう――――ユーヤも、貴方の客人ですからね?」
「何か言いたげだな?ヴィル」
積み上げられた書類から顔も上げず、右から左へと流れるようにして処理をしていくその姿は、本当に尊敬する。
ちゃんと見てわかってんのか?ってぐらい早い。
勿論、覚えて理解もしている。
しかも忘れないときたもんだ。
かくいう俺はというと。
クラウのような驚異的な早さはないが、それでもなんとか書類の山をかなり切り崩してはいってる。
とにかくだ、クラウはそれでいて無駄口を叩いても処理スピードは変わらない。
「ヴィル、手が止まっている」
おっと。
「気になるのも、わからなくもない。なぜそんなにもサクラを守るのか?だろう」
「ユーヤは、元のサクラを知っているから心配している、というのがわかるが………お前がそこまでする理由が判らん」
「確かにな」
穏やかな性格で、しかし時折少年のようなイタズラを、企みを考える。
戦いでは参謀として、時には俺の片腕として前線に出て、敵には冷静に、仲間には熱く。
根っからの『他人から好かれる』タイプ。
だが本人いわく、他人とは一線を常に引いているらしい。
俺はそう思ったことがないと言うと、俺に対してはそうしていないからだと言われたことがある。
まぁ、言われてみて、そんな傾向も無きにしもあらずだとは思う。
なんにせよ、そういう奴だからこそ、よくわからない。
まだ会って半月も経ってないからな。
「――――救われたからさ」
「は?」
どこか、熱の篭った言葉だ。
「ユーヤに俺の心が救われたからだ。そしてユーヤに心とは何かというものを簡単に教えてもらった。そのユーヤが心配している。だから心配なんだ。………それに」
「なんだ?」
「妹も、生きていたらあの歳かと思うとな」
「………エルーか」
クラウの妹エルルーカが死んだのは六年前だ。
快活な娘で、そんじょそこらの令嬢とは違い、所謂おてんば娘だった。
だが、とある事故で死んでしまったのは…………殺されてしまったのは悔やまれた。
「…………いつ、そんな話を?」
「お前が早寝した時、暇でな。外に出たら偶々ユーヤがサクラの部屋から」
「――――ほう」
「…………出てきたのは、ユーヤがサクラにノートを返しに行っていたんだ。疚しいことは何もない」
そこで、珍しくクラウが顔を上げた。
ほとほと呆れたような顔だ。
「なんだ、お前。一丁前に嫉妬して。十分サクラのことが好きなんじゃないか」