その7
一週間と三日。
まー普通に十日。
無事、王都に着きました。
「おー、ここが王都。やっぱ高い建物はお城だけですね」
「人も多いし、道も舗装されてる」
「おいお前ら。よそ見をするな。はぐれるぞ」
とにかく人がゴッチャゴチャといっぱい!
まさにRPGのテンプレのごとくにね!
結局、ここにくるまで会った人たちは皆、返しました。
また来るつもりもないって。
………酷いときには、なじられたりもした。
どうして早く来てくれなかったんだ、って。
不安で、不安で仕方なかったんだよね。
私なんか、すでにこの世界に馴染んでるからね。
服とか、持ち物とか、仕事とか?
知り合いも出来たしさ。
………仕方ないね。
「早く、会いたいなぁ………」
この世界にいる、友達に
慰めてほしい
「早く、会いたいなぁ………」
後ろをそっと振り向けば、遠い目をして何かに焦がれるような表情をしているサクラがいた。
それが無性と不愉快になる。
そんな表情をさせる奴は誰なんだ?
「………ヒノさんに恋人はいないよ」
いつの間にか立ち止まっていた俺を、すれ違いざまにユーヤが呟いた。
「これは本当。告白したこともされたこともないし付き合ったこともないって聞いた」
「ほう、よかったなヴィル。サクラの最初が貰えるかもしれん」
「「はははっ」」
こいつら………本当は腹黒じゃないか?!
「ここで待ってろ」
通されたのは応接室っぽい部屋。
いかにも〜な西洋風の様式で、華美すぎず地味すぎず死角もなく、ここの王様の気質が伺えた。
相応のものを取り揃え、決して突出させるでもなく、けれど隙を窺えさせない質のよさ。
かといって几帳面さはなく、自由な感じ。
この部屋の様相を、王様自らが執り行ったと聞いたから余計に油断ならない人なんだなって思った。
実際、こっそり村や町の人に聞くと、建国一番と称される素晴らしい為政者なんだとか。
へぇー、とな。
だが、基本的に私は他人の印象に流されないから、あくまでも参考、というか対策を練るためというか………話はわかる人であると、この部屋を見て思いはした。
「あ、来たかな?」
身体能力が普通より上昇しているからか、目なんかよく見えるし、耳も良くなったんだ。
聞きなれた二人の足音と、他に三人。
王様と護衛二人ってとこかな?
「――――この者らが、異世界人か」
うわ
ヤバイ
「初めまして、ユーヤ・ヤウチと申します」
「サクラ・ヒノといいます」
「余はアランドラ・ユーナルム・リーヴェンリッヒだ。言わずもがな、この国の国王である」
この王様、武人か?
っていうくらい、平均より逞しい。
流石に騎士であるヴィルよりかは劣るけれど、それにしたって綺麗な体躯だ。
確か29歳だって聞いたけど………少なくとも二日に一回は鍛練を怠っていないね。
しかし、いくら従兄弟だからとて、ここまで似るかいな。
双子………は言いすぎだけど、兄弟っていってもいいくらい。
四年後のヴィルみたい。
「そんなに見つめて、余に惚れたか?」
「いえ、まったく」
「「「…………」」」
んぁれ?
皆ポカンと――――まさか!
「えっと、従兄弟なのに随分と似てるなって思ってですね。すいませんやっぱり嘘でも肯定したほうがよかったでしょうか。でも私、特にこういう嘘嫌いなんです。ああ、お顔は多分モテるのかなぁとは思いますよ。笑った顔は一般女性なら一撃で落ちますよ。ちなみに今、私はなかったです」
「ヒノさん、ドツボにはまってる。余計なこと言いすぎ」
はわあっ!
フォローのつもりだったんですが!
「――――はっはっは!」
にょっ!?
笑うとこ………?
「いや、なかなか素直だなと思ってな」
「はぁ………」
「余は物心つく前からおべっかに囲まれていたからな。心からの言葉をくれるのは、ここにいる者たちと、一握りの人間だけだ」
「貴族たちはいかに地位を得るかで引きずり合いの蹴落とし合いですよね。派閥もあるでしょうし、いかにいさかいを起こさずに腹心の部下を作るか、大変ですよね」
「ああ………まあな」
「ヒノさーん」
はっまたやってしまったぃ!
アランドラ王、苦笑しちゃってるよ。
うわぁ………本気でこの、以外と頭と口が直結しちゃうのを、どうにかしたいよ。
「お主、面白いな………サクラだったか、よくぞこの国に参った」
「え、っと。どういたしまして?です」
そしてアランドラ王はまだお仕事が残っているのだとかで退出。
私たちは王の客人として、暫くお城に滞在することになった。
そして客室に案内される時、ヴィルとクラウとはここでお別れとなった。
物言いたげなヴィルがちょっとだけ気になったけれど、聞かない方が精神的に望ましい、なんて思ってしまったので当たり障りない言葉で別れた。
「どうした、ヴィル?」
「……………」
「ま、聞かずともわかるさ。陛下とサクラのことだろう?」
「サクラは、たいして変わりなかっただろう」
「………くくっ。ああ、確かにそうだな。サクラは、な。だが、陛下は随分と――――サクラをお気に召したようだ」
「興味深い、の範囲だろうがな」
「しかし気に入った者は自分好みに仕立てようとする方だぞ。特に女性はな。今頃、介入されてるんじゃないか?」
「……………かもな」
物怖じしないサクラの物言いに、内心冷や汗をかいていた。
分け隔てなく接するサクラに、アイツはすぐに気に入るだろうと確信していたからだ。
現に、予想以上に気に入ったようで………焦燥感が果てしない。
「マズいよな」
「そう………なっ?!」
「惜しかったな、ユーヤ」
背後からの第三者はユーヤだった。
いつの間に。
「客室にはちゃんと案内してもらったよ。その後すぐに転移してきたんだ」
「出来ないのではなかったか?」
「だから、練習も兼ねて。けど意外と簡単だな」
「………転移術はかなり高度なんだがな」
クラウが苦笑して、俺も頷く。
俺たちでさえ、かなり苦労して習得し、自分ともう一人ぐらいがやっとだというのに。
異世界人はみなこういうものなのだろうか。
「今はこの際どうでもいいよ。それよりもヒノさんのこと――――随分とアランドラ王はヒノさんを気に入ったようだね」
「そうだな」
「ヒノさんに早く会いたいのは誰かって聞いたんだよ」
「?」
いきなり、なんだ?
余計な焦燥感を煽らないでほしい。
「友人に会いたいんだってさ。っつーか、部活の人」
「友人………」
「それで思い出したんだ。俺が所属しているところは、ヒノさんに同期はいない。彼女は一人だってことを」
「ユーヤや、他にも人間はいるんだろう?」
「俺は、仲間であっても先輩だから。愚痴を聞いたりもするけど、それだって表面上だけのものだし。同期ってさ、頼りない後輩よりも気を使わなくちゃいけない先輩よりも、もっとも気がねなく付き合える人間の集まりだ」
「………確かにな」
「だからさ、ヒノさんがもうひとつ所属しているところは、そんな同期がたくさんいるんだ。――――早く会いたいっていうのもわかる。だけど、今それがいいのかは別だ」
「なぜだ?」
「友達ってさ、さっき気がねなく接することが出来るって言ったように、言葉もそうなんだよな。だから――――」
ユーヤは一瞬、言葉を詰まらせ、小さく吐いた。
「ヒノさんに表情が戻るかもしれない」
「それの何が悪いんだ?」
戻ることは、大変結構なことじゃないか?
「二人はヒノさんの『本当の笑顔』を見たことないからなぁ………。きっともっと好きになる。単なる好意じゃなくなるね。友愛・親愛・恋愛に発展するよ」
「そこまで?」
「そこまで。………なんでかはわからない。それがヒノさんなんだということ。ただ、
皆に笑いかけるヒノさんは、こと恋愛が自分のことになると否定的になって拒絶する」
「だから困るんだ。ヒノさんは一時の感情でこの世界に他人を置いていくようなことはしないけど、自分を傷つけるように力を酷使して皆を連れ帰り、二度とこの世界に足を踏み入れることはしないだろう」
「………自分のために、近づくなと言いたいのか?」
この世界は興味深い、いずれ友人も連れてきたいと言ってきたユーヤ。
ここと元の世界とを行き来できるのはサクラだけだとも言っていた。
つまり、サクラが二度とこの世界に来ないとなれば、ユーヤも来れないというわけだ。
「自分のためでもあるし、ヒノさん自身のためでもある。――――ヒノさんも、ここにいるのが楽しいみたいだからさ」
そんなわけだからヨロシクと(何がヨロシクなんだかわからんが)、ユーヤは去っていった。
「――――ヴィル。思い詰めるなよ」
「っ!」
発展しきっていない感情に水を差されたようだった。
「だが、まぁサクラのあの様子は普通ではないことはよくわかった。陛下には俺から言っておこう」
「…………頼む」
「なぁに、親友の『初めての女性に対する好意』だ。応援してやりたくもなる」
それはニヤリとした企み顔だったが、俺にとっては頼もしいものだった。