Episode.01 完璧な生徒会長①
―――――まえがき―――――
今作はカクヨムの方で110話ほど先行公開しております。
小説家になろう様のプロフィールにリンクがあるので、もし気になる方がいらっしゃればチェックしてみてください。
今作はカクヨムの日間・週間・月間の部門ランキング1位、総合は7位でした。
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四月の陽光は、屋上のコンクリートに不自然なほど白い影を落としていた。
フェンス越しに吹き抜ける潮風は、七ツ海の街が抱える湿り気を帯び、僕の頬を撫でては空へと消えていく。
僕は一人、屋上の隅にある給水タンクの影に腰を下ろしていた。
膝の上には、購買で手に入れた何の変哲もない焼きそばパン。
そして、その横には、今の僕にとって命の次に重要な「攻略メモ」を記した手帳が開かれている。
……時間が、足りない。
僕はパンを一口齧り、口の中に広がるソースの安っぽい味を咀嚼しながら、脳内の「チャート」を高速で更新していた。
この世界は、僕が愛したギャルゲー『Sweet Kiss』の世界だ。
だが、今の僕にとって、ここは単なる鑑賞の対象ではない。
一人ひとりが生きた感情を持ち、放っておけば取り返しのつかない「闇」に飲み込まれていく、残酷な現実の箱庭だ。
直近の優先順位は、間違いなく「彼女」だ。今週中にあのフラグを折っておかないと、来週の月曜日には修復不可能な亀裂が入る。
……それに比べて、蓮見先輩のルートは……。
僕は手帳の端に記した「蓮見 遥」の名前を指でなぞる。
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対象:蓮見 遥
学年:3年 誕生日:1月12日
血液型:O型 身長:170cm
好感度:2 / 100[状態:不快な違和感]
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彼女は、この学校の太陽だ。
名家の令嬢であり、学力も運動神経も、そして誰に対しても分け隔てなく接するその「完璧な性格」も、すべてが規格外。
ゲームのシナリオ通りなら、原作主人公と同じように、彼女と接してはいけない。
彼女の抱える苦悩は「色彩が薄れていくこと」だったはず。
今すぐに修復不能な亀裂が入るわけではないから、第二週目の攻略に回すのが適切か。
「……今日の放課後のルートはどうするかな」
僕は、焼きそばパンの残りを口に放り込み、メモを捲ろうとした。
――その時。
背後で、コツン、という硬い靴音が響いた。
屋上の鉄扉が開く音さえ聞こえなかった。
それほどまでに、彼女の歩みは洗練され、静かだった。
「あら、相澤君。……そんなところで、一生懸命に何を書いてるのかしら?」
耳元で、甘く、それでいて凛とした鈴の音のような声が響く。
僕は反射的に手帳を閉じ、制服のポケットにねじ込んだ。
振り返ると、そこには春の光を一身に集めたような、眩いばかりの少女が立っていた。
蓮見遥。三年生、生徒会長。
そして、『Sweet Kiss』のゲームパッケージのセンターを飾るヒロイン。
長く、艶やかな黒髪が潮風に舞い、完璧な美貌に加えて文武両道な様は「理想のお姉さん」そのものの、余裕に満ちた微笑みが浮かんでいる。
「……蓮見先輩。お疲れ様です。お昼休みに、わざわざこんな吹きさらしの場所まで来るなんて、物好きですね」
僕は立ち上がりもせず、座ったまま首だけを向けて応じた。
普通、彼女のような存在に声をかけられれば、男子生徒は例外なく赤面し、慌てて背筋を伸ばす。
先輩は、僕の冷淡な態度に怯むどころか、さらに一歩、距離を詰めてきた。
ふわりと、清楚で高級な石鹸のような香りが鼻腔をくすぐる。
「物好き、ね。……ふふっ、そうかもしれないわ。だって、私にこんな口を利く後輩、この学校にはあなた一人しかいないんですもの」
彼女は僕のすぐ隣に、流れるような所作で腰を下ろした。
プリーツスカートがふわりと広がり、彼女の白く細い指先が、僕のブレザーの袖にわずかに触れる。
「今朝、あんなに綺麗に無視されたの、人生で初めてだったわ。……私、キミに興味湧いちゃったかも」
先輩は、僕の顔を覗き込むようにして、小悪魔的に微笑んだ。
「私、キミのこと、もっと知りたいな。……相澤君。ねぇ、こっち向いて?」
至近距離。
彼女の大きな瞳が、僕を真っ直ぐに捉えている。
普通の男子なら、ここで心拍数が限界を突破し、彼女の「興味」という名の甘い蜜に溺れるだろう。
だが、僕の視界には、彼女のステータスが冷徹に表示されている。
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好感度:2 → 4[状態:恋愛対象としての品定め]
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この数値は、愛情ではない。
自分の「完璧な包囲網」から逃げた獲物を追いかけたいという、狩猟本能に近い興味だ。
「……勘弁してください、蓮見先輩。僕は今、他の子のことで頭がいっぱいなんですよ」
僕は、彼女の瞳を真正面から見返し、あえて溜息混じりに答えた。
「え……?」
彼女の完璧な笑みが、一瞬だけ止まった。
「他の、子……?」
「そうです。蓮見先輩に構ってる暇なんて、一分一秒もないんです。……先輩のそういう『直球の誘惑』って、誰にでも言ってるんでしょ? 少なくとも、僕には効きませんから、もっと有意義なことに時間を使ってください」
僕はさっさと立ち上がり、スラックスについた砂を払った。
「今度はちゃんと挨拶するので、許してください先輩。それじゃあ、お先に失礼します」
僕は、呆然と座り込む蓮見先輩を置いて、出口の扉へと歩き出した。
「……ちょ、ちょっと待って! 相澤君!」
背後で、先輩が慌てて立ち上がる音がする。
「私、キミに『興味がある』って言ったのよ? 社交辞令じゃないわ。……それを、『暇がない』って、どういうこと? 私が、他の誰かに劣ってるって言いたいの?」
彼女の声から、いつもの「余裕たっぷりなお姉さん」のトーンが消えている。
代わりに滲み出ているのは、プライドを傷つけられた少女の、剥き出しの困惑だ。
僕は扉のノブを掴んだまま、半身で振り返った。
「劣ってるとか、そういう話じゃないです。ただ、今の僕にとって、蓮見先輩の優先順位は最下位に近いってだけですよ」
ここで彼女の思い通りになるわけにはいかない。
「……先輩は完璧すぎます……」
「……何、それ。そんなの、あなたの勝手な決めつけじゃない」
彼女が頬を膨らませて抗議してくる。
僕は、かつて画面越しに見た、彼女の「エンディング」を思い出しながら、少しだけ寂しそうに微笑む。
そして、彼女の返答を待たずに、屋上の扉を閉めた――。
◆
一人残された屋上で、蓮見遥は、自分の胸に手を当てて立ち尽くしていた。
「……最下位? 私の優先順位が?」
生まれて初めて味わう、拒絶の味。
どんなに甘い言葉を投げかけても、どんなに魅力的に微笑みかけても。
あの少年は、自分のことなど「既読のコンテンツ」のようにあしらい、その視線は既に、自分のいない「どこか」へと向けられていた。
「……面白いじゃない。相澤君」
遥の瞳に、微かな、けれど激しい火が灯る。
「私を、そんな風に置いていくなんて。……絶対に、後悔させてあげるんだから」
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好感度:4 → 15 [状態:強烈な執着心と対抗心の芽生え]
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彼女の頭上の数値が、激しく、不規則に跳ね上がる。
一方、階段を下りる京は、手帳を再び開き、次のターゲットの居場所を確認していた。
「……うーん、五限は日本史か。転生しているから二回目だけど、どうしても高校の授業だけは好きになれないなー」
彼が守ろうとした「物語の純度」が、一人の完璧な先輩の「計算外の情熱」によって、激しく揺らぎ始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。
―――――あとがき―――――
今作をここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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