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Episode.06 生意気な後輩への想い③ ★

放課後を告げるチャイムは、私にとってリベンジのゴングに等しかった。


お昼休み、そして午後の自販機前。


蓮見遥としての全人生をもってしても、あの相澤京という異常(バグ)を修正することはできなかった。


それどころか、仕掛けた私が一人で顔を赤らめ、空のペットボトルを後生大事に握りしめるという、前代未聞の失態を演じている。


……落ち着きなさい、遥。あなたは完璧よ。あなたは、みんなの憧れなの。


手鏡で前髪を整え、いつもの「理想の先輩」の仮面を貼り直す。


だが、その裏側で心臓は依然として、彼に飲み干された瞬間の熱を帯びたままだった。


力押しが効かないなら、外堀から埋めるまで。


私の全方位外交センサーが、校門前で所在なさげに佇む一人の少女を捉えた。


相澤澪(あいざわみお)ちゃん。


京君の妹。


彼女を「お姉さんパワー」で手なずければ、流石の京君も私を無視できなくなるはず。


私は、まるで獲物を見つけた猛禽類のような――いいえ、慈愛に満ちた聖母のような足取りで、彼女へと近づいた。


「もーっ! 澪ちゃん、本当に可愛すぎ! 食べていい? お姉さんが食べちゃってもいいかしら!?」


私は、自分の内側から溢れ出す、やり場のない「独占欲」をすべて注ぎ込むように、澪ちゃんを抱きしめた。


「ひ、ひゃい……っ! や、やめてくだしゃい……蓮見先輩っ! くるひい……っ!」


ああ、なんて柔らかくて、いい匂いなの。


この子の血縁があの生意気な後輩だと思うと、愛おしさがさらに増していく。


私は、澪ちゃんの小さな抵抗を「照れ」だと自分勝手に解釈し、さらに深く、その柔らかい頬に自分の頬をすり寄せた。


見てるかしら、相澤京君。


あなたの守るべき妹は、今、私の腕の中にいるのよ。


私の執念に近い熱気を感じ取ったのか、澪ちゃんは引きつった笑いを浮かべ、小刻みに震えている。


そこに、ようやく「本命」が現れた。


「あ、相澤君! 見て、澪ちゃんがあまりに可愛いから、私、誘拐しちゃいそうよ!」


私は、腕の中の「戦利品」を誇示するように、彼に向けて最高の微笑みを投げかけた。


どう? これなら無視できないでしょう?


今度こそ、困ったような、あるいは嫉妬したような顔で私を……。


「蓮見先輩。……何やってるんですか、校門の前で。公然わいせつで通報されますよ」


……。


まただ。


また、この「温度差」だわ。


彼は溜息混じりに、まるでゴミ出しを忘れた日のような、ひどく日常的で、ひどく冷めた視線を私に向けてきた。


「失礼ね! これは健全なスキンシップよ。……ほら、澪ちゃんもこんなに喜んで……」


「よろこんでな……いでふ……おにーちゃん、だじゅけて……」


私の腕からスルリと、彼女が引き抜かれる。


京君の手が私の腕の隙間に入り込んだ瞬間、またしても自販機前での「接触」の記憶が蘇り、私の指先が痺れたように動かなくなった。


「ひっ……ふぅ、死ぬかと思った……」


澪ちゃんは、私のことをまるで「空腹のライオン」でも見るような目で睨んでいる。


おかしいわ。私はただ、可愛がってあげようと……。


「……冷たいわね、相澤君。せっかく妹さんと仲良くなろうとしてあげたのに。……ねぇ、これから一緒に帰らない? お姉さんが、澪ちゃんに美味しいアイスを奢ってあげちゃう」


必死。


自分で自分が、どうしようもなく必死なのがわかる。


アイスで妹を買収してまで、彼の隣を歩きたいなんて。


蓮見遥というブランドは、一体どこへ行ってしまったの?


「あ、アイスなんていらないです……。お兄ちゃん、帰ろ? 早く帰って対戦ゲームしよ?」


「そうだな。……蓮見先輩、邪魔なんで。僕たち、急いでるんですよ」


――邪魔。


本日三度目の、致命傷。



「暇がない」「最下位」「飲み損」、そして「邪魔」。



私の完璧な人生において、一度だって投げられたことのない石が、彼の手によって次々と私の心に投げ込まれる。


でも、それが……。


どうして、こんなに私の心を激しく揺さぶるの?


「嫌よ。……私、今日はキミと一緒に帰るって決めたんだから」


言葉よりも先に、体が動いていた。


私は、彼が拒絶する間も与えず、その逞しい左腕に、自分の腕を全力で絡め取った。


「ちょっ……蓮見先輩、近いですって」


「いいじゃない。お姉さんからの、特別サービスよ? ……さっきのペットボトルの件、私、まだ根に持ってるんだから」


私は、彼の耳元で、自分でも驚くほど艶やかな声で囁いた。


腕に伝わる、彼の筋肉の硬さ。


密着した体温。


これなら、流石に意識するはず。


私の胸が、彼の腕に押し当てられているのだ。


どんな聖人君子だって、この距離で「無関心」を貫けるはずがない。


私は、彼の横顔を食い入るように見つめた。


さあ、赤くなりなさい。


動揺して、私を突き放しなさい。


そうすれば、私は「あら、照れてるの?」と、いつもの余裕を取り戻せるから。


けれど。


彼は、ゆっくりと私の方を向き、その瞳に「慈悲」すら浮かべて言った。


「先輩。……そういう『ちょっかい』、本当に無駄ですよ。僕は今、明日の午前中のフラグ……じゃなくて、スケジュールを組み立てるのに忙しいんです。腕を離さないなら、このまま交番まで引きずっていきますけど、いいんですか?」


――スケジュール。


――交番。


彼は、私という「女」を。


蓮見遥という「最高の価値」を。


自分の「予定」の邪魔をする、不法占拠物のように扱ったのだ。


「……っ! も、もう! なんなのよ、キミは本当に!」


私は、弾かれたように腕を離した。


顔から火が出るどころか、全身が発火しそうなほどの羞恥心。


自分から抱きついておいて、スケジュールを優先されて振られるなんて。


「……相澤君。……あなた、後で絶対に後悔させてやるんだから。……私にここまで恥をかかせて、タダで済むと思わないでね!」


地団駄を踏み、声を荒らげる。


そんな私を、彼は「はいはい」と、泣き叫ぶ幼児をあやすような生返事であしらって、澪ちゃんと共に歩き出した。


「待ちなさいよ! 話は終わってないわ! 澪ちゃん、もう一回抱っこさせて!」


追いかけながら、叫ぶ。


黄金色の夕闇の中、私は、去りゆく彼の背中を追いかける、ただの一人の少女に成り下がっていた。


悔しい。


本当に、悔しい。


でも、彼の隣を歩いている間、私の心はこれまでのどんな称賛よりも、激しく生を実感していた。


相澤京。


あなたは、私を「完璧な世界」から引き摺り出した罪人。


だから、責任をとりなさい。


いつか、あなたのその「スケジュール」のすべてを、私という名前で埋め尽くしてあげるんだから。


遠ざかる彼の背中。


その向こうに見える赤い海よりも、私の心は今、赤く、熱く、激しく燃え上がっていた。




―――――あとがき―――――

今作をここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になった方は、モチベーションに繋がりますので、

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