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「もう離さない」冷酷非情な皇帝陛下に、植物の知識で命を救った毒見係の私がなぜか見初められて、過剰なほど甘く溺愛されています  作者: 久遠翠


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第9話「暴かれた大罪と宰相の末路」

 父の無実が証明されたことは、鈴蘭の心から大きな棘を抜き去った。しかし、喜びもつかの間、魏巌の断罪は、彩華国に新たな嵐を呼び起こしていた。宰相という国の重鎮が企てた国家転覆未遂。その事実は、貴族社会を大きく揺るがした。


 魏巌は、獄中から、自らの無実を叫び続けた。

「私ははめられたのだ! 全ては、皇帝に取り入ろうとする、あの小娘の策略だ!」

 彼の言葉を信じる者はいなかったが、長年、魏巌と手を結んできた貴族たちの中には、皇帝への反感を募らせ、不穏な動きを見せる者も現れ始めた。


 蒼焔は、連日、政務に追われていた。魏巌の一派を粛清し、国の体制を立て直す。それは、並大抵のことではなかった。彼の顔には、以前にも増して厳しい疲労の色が浮かんでいた。


 鈴蘭は、そんな蒼焔の身を案じ、心を込めて彼の世話をした。彼女が淹れる薬草茶だけが、彼の張り詰めた心を、束の間、解きほぐすことができた。


 ある夜、鈴蘭がいつものように薬草茶を運んでいくと、蒼焔は山のような書簡を前に、深くため息をついていた。

「陛下、少しお休みになられてはいかがですか」

「……ああ」


 蒼焔は、鈴蘭が差し出した茶器を受け取ると、その香りを深く吸い込んだ。

「この香りをかぐと、不思議と心が落ち着く」

甘松かんしょう龍眼りゅうがんの実を合わせてみました。気の巡りを良くし、心を安らかにする効果がございます」

「そうか。お前は、いつも朕のことばかりだな」


 蒼焔は、ふと、鈴蘭の手を取った。その手が、以前よりも少し荒れていることに気づく。薬の調合や、蒼焔の世話で、休む暇もなかったのだろう。

「苦労をかける」

「いいえ、私は、陛下のお側にいられるだけで……」


 言いかけて、鈴蘭ははっと口をつぐんだ。自分の言葉が、あまりにも大胆に聞こえた気がして、顔が熱くなる。

 蒼焔は、そんな彼女の様子を、愛おしそうに見つめていた。

「鈴蘭。魏巌の処遇が決まった。三日後、城下の広場で、斬首に処す」

「……そうですか」


 鈴蘭は、複雑な気持ちだった。父を陥れ、自分を何度も殺そうとした男。憎むべき相手のはずなのに、心の底から喜ぶことができない。一つの命が、失われる。その事実が、ずしりと重くのしかかった。


「お前は、優しいな」

 蒼焔は、彼女の心を読み取ったように言った。

「だが、国を治める者は、時に非情にならねばならん。でなければ、守るべきものを守れない」

 その言葉は、まるで彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


 処刑の前日、牢に繋がれた魏巌の元へ、一人の看守が食事を運んできた。その看守は、魏巌の息のかかった男だった。

「宰相様、これが最後になります……」

「……そうか」

 魏巌は、力なくうなずいた。だが、その目の光は、まだ消えていなかった。彼は、看守に小さな声で何かを囁いた。


 そして、運命の日が訪れた。

 城下の広場は、国の裏切り者の最期を一目見ようと、大勢の民衆で埋め尽くされていた。鈴蘭も、蒼焔の計らいで、物見櫓の上からその様子を見守っていた。


 罪人として引き出された魏巌は、しかし、少しも悪びれる様子を見せず、毅然とした態度で処刑台に上がった。そして、集まった民衆に向かって、大声で叫んだ。

「皆の者、聞くがいい! 私は無実だ! 全ては、皇帝の寵愛をいいことに国を乱す、妖女・鈴蘭の仕業なのだ!」

 その言葉に、民衆がどよめく。


 さらに、魏巌は懐から一枚の紙を取り出し、高々と掲げた。

「これこそが証拠だ! この国の皇帝・蒼焔は、長年にわたり、緩やかに効く毒を盛られ、心身を蝕まれていた! その毒を盛っていたのが、薬師の娘である鈴蘭なのだ!」


 広場は、大混乱に陥った。まさか、皇帝が毒を盛られていたとは。しかも、それを実行していたのが、奇病から民を救ったはずの女官だという。

「妖女を殺せ!」「国賊め!」

 民衆の怒りの声が、一斉に鈴蘭に向けられた。


 物見櫓の上で、鈴蘭は血の気が引くのを感じた。ありえない。自分が、陛下に毒など盛るはずがない。これは、魏巌の最後の罠だ。


 蒼焔は、玉座から冷静にその様子を見下ろしていた。

「静まれ!」

 彼の威厳に満ちた声が響き渡ると、騒然としていた広場が、一瞬、静まり返った。

「宰相、魏巌。その紙は、誰が書いたものだ」

「ふふん。それは、宮中の侍医長に、私が調べさせたものよ。皇帝陛下の脈を診させ、食事を調べ、この結論に至ったのだ!」


 その言葉を聞いて、鈴蘭ははっとした。

(侍医長……? そんなはずはない。でも、もし、脈の読み方や食事の記録を、少しだけ捻じ曲げて解釈すれば……)


 鈴蘭の頭の中に、今まで気づかなかった、ある恐ろしい可能性が浮かび上がった。蒼焔が長年悩まされていた不眠。眉間に刻まれた深いしわ。時折見せる、苛立ち。それらは、多忙な政務による疲労だけが原因ではなかったとしたら?


 もし、本当に、ごく微量の毒が、毎日少しずつ盛られていたとしたら?


 鈴蘭は、蒼焔が毎日口にするものを思い返した。食事、酒、そして、自分が淹れる薬草茶。まさか、その中に? いや、自分の薬草茶に、毒など入っているはずがない。


(待って……。毒と薬は表裏一体。組み合わせによっては、薬も毒になる……)


 鈴蘭の脳裏に、一つの植物が浮かび上がった。

 それは、皇帝の食事に、彩りとして頻繁に使われている、ある香草だった。その香草自体に毒はない。しかし、自分が安眠のために処方している薬草の一つと、ごく微量でも混ざり合うと、神経を少しずつ麻痺させる、遅効性の毒に変わる性質を持っていた。


「……そう、だったのですね……」

 鈴蘭は、愕然とした。魏巌の本当の狙いは、これだったのだ。

 彼は、鈴蘭が皇帝の側仕えになるずっと前から、蒼焔の食事にその香草を混ぜさせ、少しずつ彼を衰弱させていた。そして、鈴蘭が皇帝のために良かれと思って調合した薬草が、結果的に、その毒の効果を完成させてしまっていたのだ。


 魏巌は、鈴蘭を利用した。彼女の知識さえも、自分の巨大な陰謀の駒として。

 全てを悟った鈴蘭は、蒼焔を見上げた。彼は、どんな顔をしているだろうか。自分を、信じてくれるだろうか。


 蒼焔は、玉座から、静かに鈴蘭を見つめていた。その瞳の色は、いつもと何も変わらなかった。

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