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「もう離さない」冷酷非情な皇帝陛下に、植物の知識で命を救った毒見係の私がなぜか見初められて、過剰なほど甘く溺愛されています  作者: 久遠翠


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第2話「月下美人草の告発」

 翡翠宮は、かつてないほどの緊張に包まれていた。皇帝の命が狙われたという事実は、後宮全体を揺るがし、女官たちの間には疑心暗鬼の空気が渦巻いている。宴の準備に関わった者たちは、一人残らず厳しい尋問を受け、あちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。


 鈴蘭もまた、他の毒見係と共に一室に集められ、待機を命じられていた。彼女の頭の中では、先ほど見たあの飾り葉のことが何度も繰り返し思い出される。

 南方に自生する珍しい植物。確か、父の薬草の書物で見たことがある。その名は、「月下美人草」。月の光を浴びて一夜だけ咲くという、美しい花を咲かせる植物だ。


(でも、あの植物には別の顔があるはず……)


 記憶の糸をたぐり寄せようと、鈴蘭は必死に考えた。父は言っていた。どんな美しい花にも、身を守るための棘や毒があるのだと。月下美人草にも、何か秘密があるに違いない。


 その時、部屋の扉が乱暴に開けられ、衛兵が顔を出した。

「毒見係の鈴蘭! こちらへ!」


 名を呼ばれ、鈴蘭の肩がびくりと震えた。周りの女官たちが、同情とも侮蔑ともつかない視線を向ける。罪人の娘である自分が、真っ先に疑われるのは仕方のないことだった。

 鈴蘭は、震える足で立ち上がり、衛兵の後について歩き出した。


 連れて行かれたのは、皇帝の執務室に隣接する一室だった。部屋の中には、侍医長や数人の役人、そして衛兵隊長が厳しい顔で並んでいる。その場の重苦しい空気に、鈴蘭は息をのんだ。


「お前が、鈴蘭か。毒見係だそうだな」

 侍医長が、探るような目で鈴蘭を見つめる。

「はい……」

「今回の毒について、何か気づいたことはあるか? どんな些細なことでもいい」


 侍医長は、小さな器に入った紫色の液体を指さした。それが、皇帝の酒盃から見つかった毒物らしかった。銀の匙は僅かに変色したものの、毒の種類までは特定できていないという。これほどの少量で皇帝を死に至らしめるには、相当な猛毒のはずだった。


 鈴蘭は、ごくりと唾を飲み込んだ。ここで下手に口を開けば、かえって疑いを深めるだけかもしれない。しかし、脳裏に浮かぶのは、あの月下美人草の葉だ。もし、自分の記憶が正しければ……。


「……あの、一つだけ……」

 鈴蘭は、か細い声で口を開いた。役人たちの視線が一斉に彼女に突き刺さる。

「宴の料理に、見慣れない飾り葉が使われていました。月下美人草という植物の葉です」

「飾り葉だと? それが毒と何の関係がある」

 衛兵隊長が、いらだたしげに言った。


「月下美人草そのものに毒はありません。ですが……」

 鈴蘭は一度言葉を切り、必死に記憶を探った。

「ですが、月下美人草の葉を乾燥させて煎じた汁は、ある種の毒物の効果を何倍にも増幅させる性質を持つのです。トリカブトなどに含まれるアコニチン系の毒と合わせることで、ごく少量でも人を死に至らしめる猛毒へと変化します」


 父の書斎で、何度も読んだ薬草書の記述が鮮明によみがえる。

 鈴蘭の言葉に、その場にいた者たちの顔色が変わった。侍医長が、驚きの表情で彼女を見つめる。

「なんと……。そんな性質を持つ植物があったとは。聞いたこともない」


「その植物は、この国の南方でしか採れない貴重なものです。宮中の厨房で、飾り付けのためにそう簡単に手に入るものではありません。もし、料理にそれが使われていたのなら、犯人は特別な経路でそれを入手したはずです」


 鈴蘭の言葉は、確信に満ちていた。それは知識からくる自信だけではない。あの葉を見た瞬間に感じた、植物のざわめき。それは、本来あるべきではない場所へ持ち込まれ、悪用されたことへの悲鳴のように、彼女には感じられたのだ。


「調べてみろ!」

 衛兵隊長が叫ぶ。

「厨房の者たちに、その月下美人草とやらをどこで手に入れたのか、徹底的に吐かせるんだ!」


 衛兵たちが慌ただしく部屋を飛び出していく。侍医長は、感心したような、それでいてまだ信じられないといった複雑な表情で鈴蘭を見つめていた。

「娘、お前はなぜそのようなことを知っている? ただの毒見係が知るような知識ではないぞ」


「……父が、薬師でしたから。小さい頃から、薬草について教え込まれて……」

 鈴蘭はうつむいた。罪人である父の名を出すことは、彼女にとって諸刃の剣だった。


 その時、部屋の奥の扉が静かに開いた。

 そこに立っていたのは、月光を背負ったかのように、冷たくも美しい青年。黒地に金の龍が刺繍された豪奢な衣装は、彼の身分を何よりも雄弁に物語っていた。

 皇帝、蒼焔。


 その場にいた全員が、一斉にひれ伏した。鈴蘭も、慌てて床に頭をつける。心臓が、早鐘のように鳴り響いた。冷酷皇帝。噂に違わぬ、人を寄せ付けない凍てつくような覇気をまとっている。


「面白い」


 静かだが、よく通る声が部屋に響いた。

 鈴蘭が恐る恐る顔を上げると、蒼焔の漆黒の瞳が、まっすぐに自分を見据えていることに気づいた。その瞳には何の感情も浮かんでいないように見えたが、その奥の奥には、まるで夜の湖のような深い色が揺らめいていた。


「女、名を言え」

「り、鈴蘭と申します」

「鈴蘭か。お前の言う通り、厨房係の一人が、珠妃の侍女から月下美人草を受け取ったと白状した。その侍女は、すでに宮から姿を消した後だ」


 蒼焔の言葉に、鈴蘭は息をのんだ。珠妃。皇帝の寵愛を一身に受けていると噂の、あの美しい妃。彼女が、この事件の裏に……?


「お前の知識が、朕の命を救った。褒美をやろう」

 蒼焔は、ゆっくりと鈴蘭に歩み寄る。彼の動き一つ一つが、磨き上げられた剣のように洗練されていた。鈴蘭は、ただひれ伏したまま、身動き一つできなかった。


「明日より、お前は朕の側仕えとする。毒見係ではなく、この蒼焔付きの女官としてだ」


 その言葉は、まるで雷鳴のように鈴蘭の頭上で鳴り響いた。

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