エピローグ「千年先も、あなたの隣で」
季節は巡り、鈴蘭が皇后となってから、十年という歳月が流れた。
彩華国は、賢帝・蒼焔とその后・鈴蘭の治世の下、かつてないほどの黄金期を迎えていた。国は豊かになり、民の暮らしは安定し、都には子供たちの明るい笑い声が満ちていた。
後宮のあの美しい薬草園は、今では「皇后の庭」と呼ばれ、国の宝として大切に管理されている。鈴蘭は、そこで幼い皇子と皇女に、植物の名前や、その力を教えていた。
「母上、この赤い実は何ですか?」
好奇心旺盛な皇子が、枸杞の実を指さして尋ねる。
「これはね、目にとても良いのですよ。あなたの父上も、昔、よくお茶に入れて差し上げたものです」
鈴蘭は、懐かしそうに微笑みながら答えた。
彼女の傍らでは、蒼焔が、穏やかな目をしてその様子を見守っている。
十年の歳月は、彼をさらに思慮深い君主へと成長させたが、鈴蘭に向ける優しい眼差しだけは、何も変わらなかった。
「鈴蘭」
子供たちが侍女に連れられて去っていくと、蒼焔は、そっと鈴蘭の肩を抱いた。
「お前と出会ってから、もう十年以上になるのだな。まるで、昨日のことのようだ」
「本当ですわね。あの頃は、私がこうして陛下のお隣にいるなんて、夢にも思いませんでした」
鈴蘭は、彼の胸に寄り添いながら、静かにつぶやいた。
毒見係として、ただ息を潜めるように生きていた日々。罪人の娘と蔑まれ、後宮の片隅で孤独に震えていた夜。それら全てが、今となっては、遠い昔の物語のようだ。
「俺は、夢ではなかったと、今でも時々、確かめたくなる」
蒼焔は、彼女の髪に優しく口づけた。
「もし、あの時、お前が毒の謎を解かなければ。もし、俺がお前を側仕えにしなければ。そう思うと、今でも背筋が凍る思いがする」
「ふふ。陛下は、心配性でいらっしゃいますね」
「お前のことになると、どうも冷静ではいられんのだ」
そう言って苦笑する彼の顔には、もはや「冷酷皇帝」の面影はどこにもなかった。ただ、一人の女性を、深く、深く愛している男の顔があるだけだった。
二人は、ゆっくりと庭を歩いた。色とりどりの花々が、風に揺れて優しい香りを運んでくる。
「千年先も、こうしてお前の隣で、この景色を見ていたい」
蒼焔が、ぽつりと言った。
「千年、ですか?」
「ああ。たとえ、生まれ変わっても、俺は必ずお前を見つけ出す。そして、また、俺の后にする」
あまりにも壮大な愛の言葉に、鈴蘭は笑みをこぼした。
「では、私も、千年先も、陛下のために美味しい薬草茶を淹れて差し上げますわ。決して、毒になどならない、とっておきのお茶を」
その言葉に、蒼焔も声を上げて笑った。
光に満ちた庭園に、二人の幸せそうな笑い声が響き渡る。
出会った頃の、氷のように冷たい孤独も、嫉妬と陰謀が渦巻いた暗い日々も、全ては、この幸福な瞬間のための、長い序章だったのかもしれない。
物言わぬ花々は、全てを知っている。
二つの魂が、幾多の困難を乗り越え、永遠の愛を誓ったことを。
そして、その愛が、国を、民を、未来を、温かく照らし続ける光となることを。
鈴蘭は、蒼焔の腕の中で、空を見上げた。
どこまでも青く澄み渡った空の下、彼女の心は、春の陽だまりのように、穏やかで、満ち足りていた。
千年先も、その先も、ずっと。
この愛しい人の隣で、自分は咲き続けるのだろう。
そう、確信しながら。




