表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Seamripper  作者: レニュ 蘭世
第1アーク: 目的との邂逅
6/10

第4章:凶悪な、スタイリッシュな科学者

「喉乾いた……。喉乾きすぎて死ぬ。お菓子食べすぎたのに、水飲むん忘れとった……」


頭が重く、思考が鈍い。半分夢の中にいるような感覚で、祭りの記憶がゆっくりと蘇る。


そう、祭りの菓子だ。大量に食べたのに、その後は水一滴すら飲んでいなかった。


今はただ、水のことしか考えられない。起き上がって飲みに行きたい、それだけなのに……。


「起きんのしんどいし……でも喉乾いて寝られへん。ほんまこれ嫌やわ」


意識が朦朧とする中、弱々しく独り言が漏れる。ゆっくりと目を開けると——。


「自分、いっつもそんな風に独り言言うてんのか?」


近くから声がした。


20代後半くらいの男の声。苛立ちと退屈が混じったような、すっかり忍耐を使い果たしたような響きだ。


センコはその声を無視した。というか、聞こえていないかのように反応しなかった。


「……あかん、諦めた。もう一回寝て、なんとか忘れよう……」


男が苛立ちを込めて呟く。完全にスルーされたことに腹を立てているようだ。


「……いや、待て。やっぱりあかん。トイレ行きたなってきた。この感覚は無視できへん」


センコはため息をつきながら、再び顔を上げた。


「しゃあない……とりあえず起きるか——」


その言葉を言い切る前に、眩暈と霞の向こう側で、何かが「カチリ」と噛み合った。


動けない。


センコ: 「え……? 俺……動かれへん。」


その衝撃で、一気に目が覚めた。霧が晴れるように意識が鮮明になり、周囲を必死に見渡す。


「……! ここ、どこや!?」


そこは森の中だった。街からそれほど遠くはないが、決して安全とは言えない場所。


背後には巨大な岩がそびえ立ち、そこに——彼は。

両手両足が宙に浮いた状態で、鎖のような呪術の術式に拘束されている。鎖は手首と足首から伸び、岩のあちこちに固定されていた。


その鎖の端には、どす黒い物質で彫られた不気味な悪魔の頭が付いており、大きく開かれた口から鎖が吐き出されている。


それぞれの頭の額には、文字が刻まれていた。


『汚濁』

『断罪』

『刑罰』

『呪詛』


手首と足首からは、封印のような紋様が皮膚を這い、腕、脚、胴体、そして顔にまで侵食している。


センコ: 「なんやこれ……!? 動けへん……!」


ありったけの力を込めて抗うが、全くの無駄だった。


「無駄な力使いなや。これは**『四罪人の鎖』**いう術や。」


男の声は冷静で、どこか退屈そうだった。


「それに繋がれとるうちは、レニン(Renin)は一切練れへんし、使われへん。つまり、自分は今ヘロヘロの状態や。あがいても無駄やで。」


センコの表情が強張る。


目の前の男が誰なのか、目的は何なのか。そして最悪なことに、自分は完全に無力な状態だ。


「落ち着き。別に今すぐ殺したりせえへんから。」男は事もなげに付け加えた。「今は、な。」


センコ: 「その声……」


聞き覚えがあった。


1時間ほど前、意識を失う直前に聞いた、最後の声だ。


拘束に耐えながら焦点を合わせると、男の姿が見えた。


背が高く、細身だがどこか芯の強さを感じさせる体格。短く淡い黄色の髪を後ろで一つに結び、その毛先は黒く染まっている。


何より不気味なのは、その顔だった。


丸眼鏡の奥にある目は半分閉じられ、傲慢で自信に満ちた笑みを浮かべている。だが——何かが「正しくない」感覚がした。


センコ: 「……誰や、お前。」


センコは低い声で問いかけた。冷静さを保ちつつ、眉間に皺を寄せる。


「綺麗やろ?」


彼は空を仰いだ。


「あの青い月……静かな森に透き通るような青い光が差し込んで。穏やかやけど、どっか悲しい感じがするやろ。」


彼はまるでその光景を抱きしめるかのように、軽く腕を広げた。


「仰々しい言葉並べても、科学はこの珍しい現象を説明できへん。なんであんな青いんか、未だに分かっとらんのや。」


「伝説やら神話やらで適当な理由つけてる連中もおるけどな。」


センコは沈黙して聞いていたが、男の言葉が続くたびに困惑が深まっていく。


センコ: 「はぁ……?」


「喋りすぎたな、堪忍。」男は腕を組んで言った。「一応科学者やってると、世界の謎やら事実やらには黙っとれんのよ。」


「ま、『科学者』言うても広すぎるな。正確には生物学者に近いわ。」


彼は間を置いた。


「……まあ、そういうこっちゃ。分かったか?」


センコ: 「……へぇ。ずいぶん短くて、目的がはっきりした、役に立つ答えやな。」


センコは半目で、冷めた表情で毒づいた。心の中では(こいつ、何をごちゃごちゃ言うてんねん……)という思いが渦巻いている。


正体を聞き出すのは無駄だと悟り、センコは別の問いを投げかけた。


センコ: 「……で、目的は何や? なんで俺がこんな目に遭わなあかんねん!」


センコの表情に険しさが戻る。


「何そんな急いでんねん。すぐ分かることや。」


男は即座に答えた。不透明な瞳の奥に、微かな傲慢さを滲ませて。


センコ: 「……俺自身には、あんまり用はないんやろ?」


「……なんでそう思うん?」


センコ: 「見え見えや。俺が生きてるってことは、何か別の理由があるはずや。尋問か、人質か、何かの取引材料か。でも、それもちょっと違うな。」


男は興味深そうに首を傾ける。


「それにこれや。」センコは続けた。「こんなデカい岩に俺を括り付けて、丸見えの状態。数百メートル先からでも気づかれるわ。おまけに街からそんなに離れてへん。」


「もし俺自身が目的やったら、とっくに何百キロも先に連れて行ってるはずや。でもお前はここで待ってる。……つまり、俺はただの『餌』や。」


センコの目が鋭くなる。


「俺がいなくなったことに気づいて、助けに来るたった一人の人間を引きずり出すための……。……ネル。狙いは、ネルやな。」


男の目が見開かれ、やがてその唇が心底感心したような笑みに歪んだ。彼は足元の地面を鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄る。


「凄いやん。」

彼は言った。

「その年でそこまで見抜くんか。頭ええなあ! ほんま感心するわ。」


彼は静かに笑った。


「……ちょっと好きになりそうやわ。」


センコの表情は変わらないが、確信が強まるにつれて内側の怒りが増していく。友人が狙われている。理由はまだ分からないが。


センコ: 「ネルに何の用やねん!」


言い終わる前に、強烈な平手打ちがセンコの顔を襲った。


一瞬、視界が白黒に激しく明滅する。衝撃で首が右に弾かれ、耳の奥でキーンという音が鳴り響いた。左頬が熱を持ち、口の中に血が溜まって端から溢れ出す。


あまりにも突然の衝撃に、センコは顔を向けたまま数秒間、呆然とした。


「調子乗んなや、クソガキ。」


男は平然とした声で言い放った。傲慢で、落ち着いていて、薄気味悪いほど余裕がある。


センコはゆっくりと顔を正面に戻した。


その表情には真剣さが戻り、視線は地面に落されている。それは屈服ではなく、静かな、底知れぬ怒りだった。


「たとえ魂胆が分かったところで、自分には何もできへんのや。」


彼はセンコの顎を掴み上げた。


「ほな、失礼するわ。俺はまだやることがあんねん。」


彼は立ち去ろうと背を向けた。


「おい、待て……」


センコの低い声が響く。


「?」


男は鬱陶しそうに振り返った。


センコがゆっくりと頭を上げる。


「もし、ネルに指一本でも触れてみろ……あいつを傷つけようなんて少しでも考えたら……」


顔を上げたセンコの瞳には、純粋な、煮えたぎるような殺意が宿っていた。


「……殺すぞ、お前!」


叫んではいない。震えてもいない。ただ剥き出しの敵意がそこにあった。


「自分、分かっとらんみたいやな、今の状況がどな——」


男が苛立ちとともにセンコを黙らせようとした、その瞬間。


空気が変わった。封印されたはずの少年から、プレッシャーが溢れ出す。最初は微かだったが、それは異常な速度で膨れ上がり、周囲の空間を歪ませた。センコの周りに、不気味な紫色のオーラが、亡霊の炎のように揺らめき始める。


「なんやこれ……!?」


チャリン……チャリン……


手首と足首を縛る、レニン封じの鎖が激しく震え出した。


男の目が見開かれる。


「なんやこれ!? 核心コアは封印しとるはずや! レニンなんか出せるわけないのに……なんやこのエネルギーは!?」


男は警戒しながらも、湧き上がる好奇心に突き動かされてセンコに詰め寄った。その喉元を掴み、溢れ出すエネルギーを強引に抑え込みながら、少年の首筋を凝視する。


そこで彼が目にしたものは、信じがたい光景だった。

「これ……嘘やろ……。」


言葉が震える。男の瞳が小刻みに揺れ、額に汗が滲む。


「……自分、一体何者や?」


男の声からは、さっきまでの余裕が消え失せていた。センコは困惑しながら見返す。傲慢な笑みは消え、代わりに強烈な衝撃が男の顔を支配していた。


彼の目は、センコの首筋にある紋章に釘付けになっていた。襟元からわずかに見えるその黒い紋章は、鋭い線を持ち、微かに紫色の光を放っている。


「この紋章……まだ生きとったんか!? 何年も経つのに……ありえへん。幻覚か?」


その時、男の脳内で何かが繋がった。


「……いや、待てよ! そういうことか。あの野郎、俺にこれを見つけさせたかったんか!?」


彼は、あの謎の人物との会話を思い出した。


「お前さんが気に入りそうなもんが、きっと見つかるはずやで。」


「ほんま食えん蛇やな……言う通りやったわ。」


男は、この世のものとは思えないほど邪悪で、歪んだ笑みを浮かべた

「最高に気分ええで、今!」


一分前まで、センコは単なる「餌」だった。だが今は違う。彼は「世紀の発見」なのだ。


「なぁ自分、特別やで。唯一無二や。」


センコ: 「……何の話やねん!」


「まあ焦りな。けど、大事な『逸品』が暴れたら困るやろ?」


男の袖から、細身の湾曲した短剣が現れた。

センコの息が止まる。


「待て——何する気や!?」


「俺、念には念を入れるタイプやねん。」男は世間話でもするかのような口調で言った。「元気な手足は扱いづらいからな、ちょっと『処理』させてもらうで。安心し、殺しはせえへん。自分は死なすには惜しすぎる価値があるからな。」


彼は短剣を高く振り上げた。磨き上げられた刃に、センコの驚愕した顔が映る。


彼がその刃を振り下ろした、その刹那——

視界が回転した。


景色が激しく、速く、暴力的にねじれ、圧倒的な眩暈が男を襲う。


次に彼が見たのは、夜空だった。


月。


さっきまでセンコを見ていたはずなのに。なぜ自分は空を見上げているのか。


首も、体も、動かすことができない。


そして気づいた。


視界の下の方に、自分の体が立ち尽くしている。そしてその傍らには、着地する直前の、誰かの姿があった。


しかし、その自分の体には——「頭」がなかった。

衝撃を処理する間もなく、男の意識は闇に飲み込まれた。自分が斬首されたという事実に気づく暇さえ、彼には与えられなかった。


「……ネル!」


驚きと安堵が混じった声で、センコが叫ぶ。目の前には、軽やかに着地したネルの姿があった。


ネルの表情は氷のように冷たい。その爪は剃刀のように長く伸び、紅いレニンを纏って輝いている。静かだが、危険なまでの集中力が漂っていた。


ゆっくりと立ち上がるネルの瞳は人間のものではなく、殺意に満ちた獣のそれだった。


親友であるセンコでさえ、その視線と合った瞬間に戦慄を覚えるほどに。


ネルがゆっくりと息を吐くと、口から白い蒸気が漏れた。


紅い光が消え、獣の爪が消えていく。瞳もいつもの冷ややかな色へと戻り、極限の集中状態が解かれた。


センコ: 「……よお。」


二人は無言で、死んだような表情デッドパンで見つめ合った。


岩に磔にされたセンコと、その前に立つネル。

丸一分ほどの沈黙。


ネル: 「……めんどくさ。」


ネルは苛立ちとともに顔に手を当てた。


「お前、なんでいつもこういう状況になるん。ほんま呆れるわ。」


センコ: 「俺のせいやないって。あいつ、全然知らん奴やし。ただの誘拐や。」


ネル: 「……誰やってん、あいつ。」


ネルは地面に転がる死体に視線をやった。


センコ: 「知らん。でも、狙いはお前やったみたいや。」


センコは軽くため息をついた。


「何が目的やったんか聞きたかったけど……死んでもうたんじゃしゃあないな。」


センコは死体を少し不安げに見つめた。何かが、決定的に「正しくない」予感がしたからだ。


「それより——」


センコの表情が突然変わった。


「この鎖なんとかして。はよ!」


顔が苦悶に歪み、全身から汗が噴き出す。


「……マジで、トイレ行きたいねん。限界や。このままやと、ここで漏らす。お願いや、ネル……!」


ネル: 「うわ、やめろ。近寄んな。今壊したるから待て。」


ネルが鎖に手を伸ばそうとした、その時——。

聞こえた。


音ではない、声だ。


二人の心臓が凍りつき、目が見開かれる。周囲の空気が一気に重く、冷たく、息苦しいものへと変わった。


その声は冷静で、紛れもなく邪悪で——そして、恐ろしいほどに聞き覚えがあった。


「ネル……可愛らしい名前やなぁ……」


どこからともなく、同時に響いた声。消えたはずの、あの男の声。その瞬間、辺りは氷のような沈黙に包まれ、背筋を凍らせるような重圧が二人を押し潰そうとしていた。


[つづく]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ