第2章:はぐれ者の孤独な少年たち
「ボクは……クズだ……。掃き詰め、の……ゴミなんだぁ……」
しばらくして、少年たちはボコボコにした盗賊たちを全員縛り上げ、道端に転がした。リーダー格の男にはもはや抵抗する気力など微塵も残っておらず、その心は完全に粉砕されていた。
男は力なく項垂れ、絶望に染まった声でブツブツと自虐を繰り返す。
【閃光】「皆さんがこれからの人生で、正しい道を見つけられるようボク、祈ってますね」
閃光は一歩前に出ると、盗賊たちの前にしゃがみ込んだ。そして殊勝に両手を合わせ、静かに祈るように頭を下げる。
それが心からの慈悲なのか、それとも最上級の皮肉なのか、あるいはその両方なのか。その真意は誰にも分からない。
【閃光】「よしっ! これでおしまい、と——」
言い終わる前に、閃光とその隣にいたネルの頭に、鋭い衝撃が突き抜けた。
【閃光】「いったぁい!?」
【ネル】「……何をするんですか」
【クミ】「あんたたちが、いつまでも調子に乗って煽ってるからでしょ!」
クミは怒りで顔を真っ赤にしながら、二人を睨みつけた。
【老人】「まあまあ、クミ。命を救ってもらった相手に、そう怒るものではないよ」
【クミ】「……っ。わかったわよ」
クミと祖父は、改めて真摯な感謝を込めて深く頭を下げた。
【クミ】「……助けてくれて、本当にありがとうございました」
不本意そうに口を尖らせつつも、その表情には隠しきれない感謝が滲んでいた。もし彼らがいなければ、自分たちは今頃どうなっていたか分からない。
彼女の口元に、ふわりと柔らかな微笑みが浮かぶ。
【閃光】「い、いえ。ボクの方こそ、ちょっと悪ふざけが過ぎちゃいました……えへへ、すみません」
閃光は決まり悪そうに頭を掻いた。人前であんな風に振る舞うのは彼らしくなかったが、どこか気分が高揚して楽しんでしまっていたのだ。
今になって、少しだけ自省の念が込み上げていた。
【クミ】「でも……あんたたちの名前、なんていうの?」
【閃光】「ボクは閃光っていいます」
【ネル】「……ネルだ」
自己紹介の流れになったのをこれ幸いと、閃光はポケットに手を突っ込み、あるものを取り出した。彼らにとっての「名刺」のようなものだ。
【閃光】「そしてこれが……『なんでも屋ネンコ』です!」
クミはぱちくりと目をしばたたかせ、渡されたものを上から下までまじまじと見つめた。その表情は困惑を通り越し、もはや引き気味……というか、若干の嫌悪感すら顔に滲ませている。
【クミ】「なんでも屋……ネンコ? さっきから出そうとしてたのって、これのこと?」
【閃光】「このイラスト、いいでしょ? ボクが描いたんですよ」
【ネル】「……俺が色を塗った」
【クミ】「……全部ひどいわね。名前も、センスも……最悪」
【閃光】「えぇっ!? せっかく頑張って作ったのに! 昨日完成したばかりなんだよぉ……」
【ネル】「……ひどすぎる」
【クミ】「というか、これ一体なんなのよ?」
【閃光】「ボクら、基本的にはなんでも格安で引き受けてるんです!」
【ネル】「掃除、配達、猫探し……重い荷物運び。なんでもやる」
【閃光】「なんでも、です!」
【クミ】「へぇ……。まあ、今は特に頼みたいことなんてないけど」
クミは馬車の方を向いた。
【クミ】「とりあえず、暗くなる前に出発しましょう」
がっくりと肩を落とした閃光とネルを連れて、一行は道を進み始めた。
【老人】「ところで……お二人さんは、どうしてわしらの馬車に隠れておったんじゃな?」
【閃光】「うっ……それは……」
【ネル】「一文無しなんだ。街までの列車に乗る金がなかった」
【閃光】「で、でもっ! 街に着いたらちゃんとお金は払うつもりだったんです! なんとかして……どうにか工面して……」
【クミ】「もういいわよ。あんたたちが居なかったら、今頃あたしたちは死んでたんだし」
クミは呆れたように、けれど二人の助けを認めるように、ふうとため息を吐いた。
【クミ】「ねえ……あんたたちの家族は? どうしてるの?」
【閃光】「家族はいないよ。家もないしね」
閃光は、まるで今日の天気を話すかのように、無造作に肩をすくめた。
変えられないことを嘆いても仕方ない。彼は、自分に降りかかる現実をただ飲み込んで進み続けるよう、そう教えられてきたのだ。
【クミ】「……二人きりで生きてきたってこと?」
【ネル】「だいたいそんな感じだ。あちこち場所を変えながら、人助けをして金を稼いでる」
クミは思わず、彼らに対して同情を禁じ得なかった。その瞳が、ほんの少しだけ柔らかく陰る。
少年たちが気にしていない風なのが余計に切ない。
老人は、この重くなりそうな空気を察して、あえて話題を切り替えた。
【老人】「それで、お二人さんはどうして王都へ向かっておるんじゃ?」
【クミ】「もしかして、煉匠の試験を受けるため?」
【ネル】「煉匠……試験?」
【老人】「わしも噂に聞いとるよ。王都で開催される、煉匠学院の選抜試験じゃな。合格すれば『地級』から訓練を受け、煉匠になれる。この国の人間なら、誰でも受けられるそうじゃが」
【クミ】「わあ……それってすごじゃない! 二人ともあんなに強いんだし、きっと受けたいって思ってるわよね!」
クミは身を乗り出して、興奮気味に言った。これほど若くて強い二人だ、野心がないはずがない——そう思ったのだ。
【閃光】「……いいや」
だが、閃光は彼女の言葉を遮るように、無機質に答えた。
【クミ】「いいやって……え?」
クミが眉をひそめる。これほどの才能がありながら、拒絶する理由が分からなかった。
【閃光】「できないわけじゃないんだ。ただ、ボクが煉匠になる理由が、どこにも見当たらないっていうか……」
老人は、少し心配そうに閃光を見つめた。
【閃光】「そもそも煉匠って、戦いの中でその力を使いこなし、国を守るための代理人……でしょ? でも正直、ボクがそんな立場にいるイメージが湧かないんだ」
閃光は、独り言のように続ける。
【閃光】「ボクは適性があるのに、その『英雄的』な立場を引き受けないのは、ワガママなのかな。それって、罪なことなのかな。ボクには分からないよ」
馬車の中に、沈黙が降りた。
閃光は壁に背を預け、片膝を抱え込むように座っている。休んでいるというよりは、バラバラになりそうな自分を繋ぎ止めているような、閉ざされた姿勢だ。視線は下に落ち、その瞳からは感情が消え、鈍い悲しみだけが揺れていた。
【閃光】「追いかけたい夢があるわけじゃないし、どの道を進めばいいかも分からない。ボクの目的……そもそも、存在理由なんてものが本当にあるのか……」
ぽかっ、と。
言い終える前に、閃光の頭にネルの拳が軽く落された。
【閃光】「いたっ……なんで?」
【ネル】「……そういう考え方、鬱陶しいからやめろ」
【閃光】「あ、はは……ごめん。ちょっと意識が飛んでた」
【ネル】「……すみません。こいつ、時々こうなるんです」
【クミ】「あはは……。まあ、それはいいけど。じゃあ、ネルはどうなの?」
問いかけに対して、ネルは間髪入れずに肩をすくめた。不確か、あるいは無関心。そんな意思表示だった。
【クミ】「……即答ね。じゃあ、どうして二人は街に行くのよ?」
【閃光】「ただのぶらぶら旅ですよ! あはは!」
閃光は先ほどまでの沈んだ様子を嘘のように消し去り、おどけた調子で笑った。
クミはそのあまりに単純な、あるいは馬鹿げた答えに呆気にとられた。
【クミ】「は、はぁ……?」
【閃光】「だって今夜は、年に一度の新年祭があるでしょ? このチャンスを逃す手はないですよ!」
【老人】「がははは! まあまあクミちゃん。二人ともまだ若いんじゃ。若いうちは、やりたいように楽しませてやりなさい」
老人は愉快そうに、温かな笑い声を上げた。
【クミ】「お金もないのに? あんたたち、本当におかしな奴らね」
けれど、ネルの視線はしばらくの間、閃光に向けられたままだった。
閃光が「街に来た本当の目的」をはぐらかしているのを分かっていて、あえて何も言わず、その沈黙を共有しているようだった。
【クミ】「……まあ、いいけどさ。あ! 見て! 正門が見えるわ. 着いたわよ!」
馬車はゆっくりと、王都『星山』の巨大な門へと吸い込まれていった。
[つづく]




