3 次の週末
聞き慣れたアラームの音。
見覚えのあるシミ。そりゃ、寝るときに何年も目に入るものだから。リンゴみたいな形なんだよな。入居した時は無かったけど、退去するときは消さないと、金取られるんかな。
というわけで、結局、リアルなグロい悪い夢だったってことだ。
もうろうとしたまま、フローリングに敷いた安物の煎餅布団にもぐり込み。1500円のデジタル置き時計に目を向ける。曜日は、月曜日……。
月曜日!
いや、俺、土曜日に出社して……。
え? あの変な夢見て、土日ずっと寝てた?
「そんな馬鹿な……病気か?」
(いや、病気ではないぞ)
聞いたことのある声が頭に響く。
右手に、見慣れない、細い銀の腕輪がはめられていた。どうもそこから声が響いている気がする。
(我は使用しない時は腕輪型になる。便利だろ? あ、向こうの世界を出るとき持っていた物は、持ってこれるからな)
ワンルームのリビングを出て、狭いキッチンに向かい、カルキ臭の強い水を飲んだ。
「……。聖剣さん?」
(そう呼ぶのか? まぁ何でも良いが)
「……名前あんの?」
(前の持ち主は、ドラと呼んでいた。まぁ何でも良いが)
「猫みたいだな……」
声がはっきり聞こえる。幻聴にしては、あまりに鮮明。
とりあえずスーツに着替え、いつものように7時30分の電車に乗り、牛丼チェーンで朝定食を食べて、出社して、自分の仕事をして、係長として部下2人の仕事を見て残業し、21時に帰路についた。普通の、ストレス高めの月曜日。火・水・木あたりの方がまだ調子が良い。金曜は疲れて眠い。今週は社外打ち合わせが3件、社内プレゼンが2件。
少なからず忙しい。
ドラは話しかけなければ、基本的に何も話してこない。
何てことない、変わらない日常。週末の非現実的な体験はすっかり忘れて、ようやくたどり着いた金曜日の帰り道。家の最寄り駅で電車を降りた後。
「ミアは、どうなったんだろう」
(お前がいなくなって、一人で逃げてるんじゃないか?)
「でも、俺、向こうで死んじっまったんだろ?」
(あっちで死ぬと、その時点で一旦こっちに戻ることになる。こっちで……5回、日が沈んで上るまで、向こうには行けない。明日の朝には、ミアの召還術式の効力が回復してるだろうから、同じ場所から向こうにいける)
同じ場所。
山手線、上野駅停車中の車両の貫通扉。
……。
やっぱ病院行こうかな。仕事で疲れすぎてるのだろうか。
ふと、俺が依頼を引き受けると言った時の、ミアの嬉しそうな顔が浮かんできた。
まぁ、幻覚幻聴かどうか、もう一度試してみるか。
「向こうに戻れるの?」
(お前が望むなら)
……。
土日の予定なんざ、何もない。週末出勤がなければ、寝て、動画見て、ゲームして、銭湯に行くぐらいだ。
「こっちの物、持ってけるんだっけ?」
(身につけている物の範囲。具体的にはお前に接触した状態ならそのまま持っていけるぞ)
こないだは、パスケースとスマホとイヤフォンしか持ってなかったからな。
非常用のリュックに、ペットボトルのリンゴジュースと水、ポテチ、サラミ、ウイスキーの小瓶、菓子パン……カップラーメンも持ってってみるか? あと、ポッキーとか飴とか……何か遠足みたいだな。
京浜東北線で東京駅まで向かい、乗り換えた。土曜日朝早くの山手線の車内は、ラッシュ時間帯ほどじゃないが、結構混んでいる。
貫通扉に手をかけた。
「今後もずっとここから行けるの?」
(召還者が向こうで死んだら、もう向こうには行けなくなるから。もし今後も行くつもりなら、彼女をしっかり守ると良い)
そんな大事なこと……早く言ってくれよ……。
(あと、回数制限もあるから、64回。これで2回目だから、後63回)
え?
***
足下が消失して、落下している。
はるか彼方の地平線は雪山と雲の純白からはじまり、空の青に向けてグラデーションしている。眼下には森やコバルトブルーの湖、小さな洋風の町並みも点在しているように見える。
……!
「何だよこれ! 死んじまう……!」
(召還時の座標が術者の上空に設定されてるんだ。まぁ、大丈夫。着地に向けた重力制御も術式に組み込まれてる。地表が近づいたら速度は落ちるから。それより急いだ方がいい)
急に視界がズームアップされた。
森の中。大木を背にして、杖を携えた女性。ヘドロのような人型に取り囲まれている。
気づけば、右手にずっしりとした感覚。ドラが剣の形に戻っている。
俺はドラを握りしめ、ミアの周囲の「壊れた者」に向けて加速した。
落下の勢いで1体を真っ二つに、そのまま身体を回転させるようにドラを振り回し、残り2体も薙ぎ払った。
ドラに付着した「壊れた者」の肉片を振り払う。
ミアが、呆然とした表情で俺を見つめた後、地面にへたりこんで大声で泣き始めた。
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