第9話 楽しく
学園生活3日目の朝。
校門を抜けると、風が心地よく吹き抜け、どこか胸が弾む。
「おっすアルス!今日は絶対、魔導演習見学行こうな!昨日は急に呼び出されたからさ!」
教室に入る前からカイルのテンションは最高潮だった。
この様子を見ると、なんだか自然に笑顔になれる。
「わかったって。逃げたりしないよ」
「よし!約束だぞ!破ったら泣くからな!」
「泣かないよね普通……?」
「泣くとも!号泣だとも!」
いつも通りのやり取り。
たったそれだけなのに「学園生活」ってこういうことなんだと感じてしまう。
席に着くと、数人のクラスメイトが声をかけてきた。
「今日の授業って魔生物学だよな!あれ面白いって聞いたぞ!」
「魔法で“モンスターの習性”を映像再現するやつだろ!」
「昼休みのパン屋さんに新作も出てるらしいよ!」
話題はどれも他愛もない。
でも、その全てが新鮮だった。
◆ ◆ ◆
1時間目――魔生物学。
先生が魔導陣を展開し、教室全体が仮想映像空間に変わる。
現れたのは中型犬ほどの魔狼の映像。
噛みついたりはしてこないが、目の動きや仕草から性格を学ぶ授業だ。
「フェルグは“強者”に懐き、“弱者”には牙を向く。
ただし、強くても“偽り”があれば見抜かれ、敵意を向ける」
先生の言葉に、僕の胸が一瞬だけざわついた。
(偽り……か)
思考が沈みかけたその時――
「みてみて!フェルグがアルスにめっちゃ懐いてる!!」
クラスメイトの声に視線を向けると、映像のフェルグが僕の足元に体をすり寄せ、尻尾を振っていた。
「すごい!俺にはめっちゃ吠えてくるのに!」
「これは……まさに王の器……!」
「いやそこまでじゃないってば!!」
笑いが起こり、僕もつられて笑った。
でも、胸の奥が少しだけ温かくなった。
(懐いた理由はわからないけど……嬉しい)
視線を感じて横を見ると――セレナもフェルグの映像に手を伸ばし、優しげに撫でていた。
フェルグも彼女に懐いている様子。
その光景は“月と光”が並んでいるようで、なんとなく絵になっていた。
◆ ◆ ◆
2時間目は魔法薬学。
鍋の中で色を変える薬液に苦戦する生徒が多い中、カイルの鍋だけは――
「なぁぁあんで毎回爆発するんだよぉぉ!!」
「原因は簡単よ。焦りすぎ」
セレナが淡々と指摘し、カイルはしゅんと肩を落とす。
「セレナ……優しい言い方って知ってるか……?」
「知らない」
即答。
「もう少し……丸くなろうなセレナ……」
「丸くなる必要がないわ」
「そこが丸くないって言ってんだよ!!」
爆笑が起こり、セレナは少しだけ不思議そうに瞬きをした。
笑いが自分に向いているのに嫌ではなさそうだった。
◆ ◆ ◆
昼休み。
「アルス!今日こそ食堂に行くぞ!俺の舌が新作パンを求めて鳴いているッ!」
「語り方独特すぎるだろ」
カイルに強引に腕を引っ張られ、自然と食堂の席は賑やかになった。
「アルスって本当は料理できそう」
「いやできなさそう……」
「いや案外似合う」
「でも爆発しそう」
「僕の料理の評判ひどすぎない!?一回も作ってないのに!」
笑い声の波が広がる。
すると後ろから影が落ち――
「……あの」
静かな声が聞こえた。
振り返ると、セレナがトレーを持って立っていた。
何人かのクラスメイトが驚きで声も出せなくなる。
「ここ、座ってもいい?」
僕の返事は決まっていた。
「もちろん」
セレナが席に座ると、緊張で硬直していたクラスメイトたちも少しずつ声をかけられるようになった。
「セレナ様のパン、なんか上品……」
「盛り付け綺麗すぎない?」
「え、なぜそんなに優雅に食べられるの……?」
質問攻めになっても、セレナは嫌そうな顔をせず淡々と答える。
それどころか――
「カイルの包帯はどうしたの?」
「魔法薬の爆発のせいだよ!!」
完全に原因説明になってしまっていた。
また笑いが起きる。
こうして、ぎこちなかった距離がほんの少しずつ縮んでいく。
◆ ◆ ◆
放課後。
みんなで帰ろうと学校の門を出たところで、カイルがふと思いついたように言った。
「明日さ、放課後に鍛錬場で“基礎訓練自由参加会”があるんだ!出てみないか?」
周囲のクラスメイトも次々と乗り気になる。
「楽しそう!」
「腕試ししてみたい!」
「最弱決定戦になりそう!」
僕は笑いながら聞いた。
「面白そうだね」
セレナの反応を横目で伺うと、静かに言った。
「出る。
でも――アルスも出て」
反射的に答えた。
「出るよ。もちろん」
セレナは目を細め、満足そうに頷いた。
カイルが肩を組んできて大声で笑う。
「決まりだな!明日は燃えるぞぉぉ!!」
笑顔に包まれたまま、今日の学園生活が終わる。
事件なんて必要ない。
特別な展開がなくてもいい。
こうして、笑って、話して、帰って――
そんな当たり前の時間が、何より大切だと思えた。
だからこそ、胸の奥でささやく声を無視した。
『愛を求めてはいけない』
その警告は、遠ざかっていくほどに弱まっていく。
そして代わりに――
笑い声と、仲間との時間が、静かに心に積み重なっていった。




