第77話
夜は、静かだった。
帝都の灯りも、
人の声も、
すべてが遠くに沈んでいく。
深い眠りに落ちる直前――
胸の奥で、何かがざわついた。
(……来る)
意識が、引きずり込まれる。
◆◆◆
気づけば、
僕は“あの場所”に立っていた。
灰でも白でもない、
境界の曖昧な空間。
物語の底。
だけど――
前に来たときとは、決定的に違う。
“静かすぎる”。
何も起きていないのに、
何かが壊れる直前のような、
張りつめた静寂。
「……アルス」
声がした。
振り向くと、
セレナが立っている。
その隣に、
マリーヌ。
エリシア。
ルクレツィア。
リズ。
七人、揃っている。
「……夢、か?」
「違う」
リズが、
はっきりと否定した。
「これは――
“視ている未来”」
その言葉と同時に、
世界がひび割れた。
◆◆◆
空に、亀裂が走る。
光が、漏れ出す。
いや――
光じゃない。
“白い何か”。
形を持たない、
ただの“存在”。
それが、空から降ってくる。
「なに……あれ……」
マリーヌの声が震える。
エリシアが、
信じられないものを見るように呟いた。
「……世界の“基盤”が露出してる。
あれは……
現実を支えてる“何か”そのもの」
白い存在が、
地面に触れた瞬間。
景色が、崩れた。
建物が溶ける。
人が消える。
音が消える。
“なかったこと”にされる。
「――っ!!」
セレナが炎を放つ。
だが、
触れた瞬間に消えた。
炎そのものが、
“存在しなかったこと”に書き換えられる。
「嘘でしょ……」
ルクレツィアが剣を振るう。
届かない。
いや、“届いた結果が消される”。
「攻撃が成立してない……!」
リズが、
強く僕の腕を掴む。
「アルス……
これが、“壊れる未来”」
胸が、締めつけられる。
(これが……)
“世界が壊れる未来”。
誰かが死ぬんじゃない。
戦争が起きるんでもない。
“存在そのものが消える”。
抗えない。
理解が、追いつかない。
◆◆◆
そのとき。
白の中に、
一つだけ“色”があった。
黒。
仮面の人物。
だが――
今までと違う。
仮面は砕け、
その奥の顔が、初めて見える。
疲れた目。
虚ろな視線。
それでも、
確かに“誰か”だった。
『……見たな』
声が、低く響く。
「……これが、
お前の言ってた未来か」
僕は、
なんとか言葉を絞り出す。
『違う』
即答だった。
『これは――
“お前が選び続けた先の一つ”だ』
「……っ」
『七人で在ることを選び、
世界の流れを拒み、
観測から外れた結果』
白が、さらに広がる。
『世界は、
自分を保てなくなる』
セレナが、叫ぶ。
「じゃあどうすればいいのよ!!」
仮面の男は、
静かに彼女を見る。
『簡単だ』
その言葉が、
異様に冷たく響く。
『七人をやめろ』
空気が、凍る。
『本来の物語に戻れ。
選ばれるべき者だけが残り、
他は散れ』
マリーヌの手が、震える。
「……そんなの……」
『それが、世界を救う最短だ』
ルクレツィアが、剣を構える。
「ふざけないで」
『ふざけていない』
エリシアが、歯を食いしばる。
「それは……
最適解でも、
私たちの答えじゃない」
リズが、
静かに前へ出た。
「あなたは、
それを選べなかったから、
ここにいるんでしょう」
仮面の男の目が、
わずかに揺れる。
『……ああ』
その一言に、
すべてが詰まっていた。
『選べなかった。
だから――
壊れた』
白が、
すべてを飲み込もうとする。
◆◆◆
僕は、
一歩前に出た。
怖い。
理解できない。
でも――
目を逸らしたくなかった。
「……なら」
声が震える。
それでも、続ける。
「壊れない未来を、
俺たちが作る」
仮面の男が、
ゆっくりと首を振る。
『不可能だ』
「ゼロじゃない」
フェイトリードが、
強く脈打つ。
未来の枝が、
一瞬だけ――見えた。
細く、
途切れそうな一本。
でも確かに、
存在している。
「これが、その未来だ」
白の中で、
その枝が光る。
セレナが、隣に立つ。
「なら、それ選ぶしかないでしょ」
マリーヌも、続く。
「私……
絶対、諦めません……!」
エリシアが、冷静に言う。
「可能性があるなら、
検証する価値はある」
ルクレツィアが笑う。
「王として、
そんな未来、放っておけないわね」
リズが、
最後に手を重ねる。
「七人で、ね」
七人の手が、重なる。
その瞬間――
白が、止まった。
◆◆◆
目が覚める。
宿の部屋。
朝の光。
荒い呼吸。
(……夢……じゃない)
胸の奥に、
はっきりと残っている。
“壊れる未来”。
そして――
“選べる可能性”。
扉がノックされる。
「アルス?」
セレナの声。
「起きてる?」
「……ああ」
声を返す。
扉を開けると、
そこには六人がいた。
全員、同じ顔をしている。
「……見た?」
エリシアが聞く。
「見た」
マリーヌが、
小さく震えながら言う。
「世界が……
消えていく未来……」
ルクレツィアが、
息を吐く。
「全員同じ夢。
確定ね」
リズが、静かに言う。
「これは、警告じゃない。
“共有された未来視”」
セレナが、拳を握る。
「で?
どうするのよ」
全員の視線が、
僕に集まる。
僕は、
ゆっくりと答えた。
「変わらない」
それだけだった。
「七人で進む。
その先で、
壊れない未来を選ぶ」
沈黙のあと――
全員が、頷いた。
帝都の朝が、
静かに始まる。
だがその裏で、
世界の“限界”は、
確実に近づいていた。




