第74話
白鴉亭は、帝都中心塔の影に寄り添うように建っていた。
白い外壁に黒い屋根。
派手さはないが、無駄のない造り――
“重要な話をする場所”として、選ばれ続けてきた建物だ。
夜。
街路灯の光が石畳に落ち、
人通りは意図的に少ない。
「……警備、やっぱり多いわね」
セレナが、視線だけで周囲を確認する。
「表向きは“会食”」
エリシアが低く言う。
「裏では、逃げ道を塞ぐ配置。
敵意はないけど、
主導権を渡す気もない」
「なるほど」
ルクレツィアが微笑む。
「実に帝国らしい」
マリーヌは、少し緊張した面持ちで僕の隣に立っている。
「だ、大丈夫ですよね……?」
「大丈夫にする」
僕は短く答えた。
リズが最後尾で、
そっと周囲に結界を張る。
「ここから先、
私たちの言葉は、
かなり遠くまで届くわ」
◆◆◆
白鴉亭の中は、
静かすぎるほど静かだった。
通されたのは、
二階の個室。
大きな円卓。
すでに一人、席についている。
帝国宰相――
老獪な目をした男が、
ゆっくりと立ち上がった。
「ようこそ。
無事に来てくれて感謝する」
「こちらこそ」
僕は軽く会釈する。
「招待に応じる価値があるか、
確かめに来ました」
宰相は、少しだけ笑った。
「率直で助かる。
座ってくれ」
七人が席につく。
配置は、
自然と僕を中心にした形になった。
宰相は、それを見て一瞬だけ目を細める。
「……噂以上だな。
君たちは、本当に“一つの判断単位”らしい」
「そう思われるなら、話は早い」
僕は、まっすぐに言った。
「最初に聞きたい。
帝国は、俺たちをどう扱うつもりだ?」
宰相は、即答しなかった。
グラスに注がれた水を一口飲み、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「協力者として迎えたい。
同時に――
危険因子として、把握しておきたい」
「正直ですね」
エリシアが言う。
「政治家の美徳だよ」
宰相は肩をすくめた。
「君たちは、
世界の枠から外れた。
それは力だ。
だが、制御されない力は、
国を壊す」
セレナが鼻で笑う。
「だから、
首輪をつけたい?」
「“首輪”ではない」
宰相は否定する。
「“合意”だ」
沈黙。
その空気を破ったのは、
ルクレツィアだった。
「合意、ね。
では逆に聞くわ。
帝国は、
私たちの選択を尊重できる?」
宰相の視線が、
彼女に向く。
「尊重はする。
だが――
許容できる範囲には限界がある」
「その限界を、
誰が決めるの?」
ルクレツィアの問いに、
宰相は一瞬、言葉を失った。
◆◆◆
そのとき。
「……失礼」
扉がノックされ、
一人の人物が入ってきた。
淡い蒼髪。
涼やかな眼差し。
ユリア・アークレイン。
宰相が眉をひそめる。
「これは想定外だな」
「承知しています」
ユリアは落ち着いた声で言った。
「ですが、
“関係者”として、
立ち会う資格はあるはずです」
視線が、僕たちに向く。
「改めて。
魔導国家のユリアです」
セレナが小さく舌打ちする。
「今日、
勢揃いってわけね」
ユリアは微かに笑った。
「偶然ではありません。
この場は、
“七人が何者か”を
定義し直す場ですから」
宰相が腕を組む。
「……魔導国家も、
彼らを狙っているのか?」
「狙ってはいません」
ユリアは首を振る。
「むしろ――
“誤定義”される前に、
止めに来ました」
リズが、静かに言う。
「誤定義?」
「英雄か、災厄か」
ユリアは答える。
「どちらかに押し込めれば、
世界は楽になります。
でも……
それは、
彼らを壊す」
部屋の空気が、
わずかに変わる。
宰相が、
僕を見る。
「……君は、
どう定義されたい?」
◆◆◆
その問いに、
僕は少しだけ考えた。
そして、
ゆっくりと口を開く。
「定義されない」
即答だった。
「俺たちは、
帝国の英雄でも、
教会の使徒でも、
魔導国家の研究対象でもない」
一人一人を見渡す。
「七人で生きる。
七人で選ぶ。
それだけだ」
セレナが頷く。
「それ以上でも、
それ以下でもない」
マリーヌが、
小さく、でもはっきりと言う。
「……利用されるために、
生きてるわけじゃないです」
エリシアが続ける。
「協力はする。
でも、管理は受けない」
ルクレツィアは、
王族らしい笑みを浮かべる。
「それが飲めないなら、
交渉は成立しないわ」
宰相は、
長い沈黙の後、
大きく息を吐いた。
「……難しい要求だ」
「簡単な未来なんて、
最初から望んでない」
僕は、そう答えた。
ユリアが、
静かに頷く。
「やはり……
興味深い」
宰相は、
ゆっくりと立ち上がった。
「結論は、
すぐには出せない。
だが――
敵として扱うことは、
今夜はしない」
「十分だ」
僕は立ち上がる。
「俺たちは、
ここに“宣言”しに来ただけだから」
◆◆◆
白鴉亭を出たとき、
夜風が心地よかった。
「……正直、
胃が痛くなるかと思った」
セレナが肩を回す。
「でも、
悪くない結果ね」
エリシアが言う。
「“保留”は、
政治では勝ちに近い」
ルクレツィアが付け加える。
マリーヌが、
少し安心した顔で言った。
「……ちゃんと、
言えましたね」
「言えたな」
リズが、夜空を見上げる。
「今夜、
世界は少しだけ困ったわ」
その言葉に、
思わず笑みがこぼれた。
(それでいい)
世界を困らせるくらいが、
ちょうどいい。
帝都の灯りの中、
七人は並んで歩き出す。
次は、
教会か。
それとも――
魔導国家か。




