第68話
灰色の世界が、
ゆっくりと“沈む”ように揺れ始めた。
空も、床も、空気も、全部が沈んでいく。
僕たちは沈まない。
仮面の人物だけが、揺れの中心に立っていた。
『逃げられないように、この空間を固定した。
ここは“裁きの間”――
お前の覚悟の深さを測るための場所』
仮面の声は静かだ。
怒鳴らなくても、刃より鋭い。
ルクレツィアが前に出る。
「アルスを試すなら、私たち全員を試しなさい。
七人の未来を選んだのは、彼だけじゃない」
仮面の人物は、
ほんの一瞬だけ彼女に視線を向けた。
『わかっている。
七人の未来に値するかどうかを決めるのは、
七人全員の意思だ』
エリシアは眉をひそめる。
「でも形式上はアルスに“裁き”を向けているのね。
つまり、ここでの判断次第では――」
『お前たちの物語は分岐する』
空間に、
幾重もの“線”が浮かび上がった。
未来の枝だ。
だけど――
僕のフェイトリードとは違う。
これは、“誰かが用意した物語の道筋”。
仮面が言う。
『アルス・アドマイヤ。
お前は、運命を拒絶した。
七人で進むと宣言した。
それは、物語の“破壊行為”に等しい』
僕は息を呑む。
(破壊……?)
リズが口を開いた。
「……この世界はね、
ときどき“選ばれた形”に流れようとするの。
英雄はこう死ぬべき。
王女はこう苦しむべき。
救われない恋は、救われないまま終わるべき。
“物語”が人を動かす時代があった」
セレナが怒りを隠さずに言う。
「そんなの、ふざけた話じゃない?」
仮面が頷く。
『だがふざけてはいない。
この世界の根底には“物語の流れ”があり、
深層へ行くほどその力は強くなる』
マリーヌが不安げに問う。
「わ、私たち……その流れに逆らっているんですか?」
『逆らっている。
そして――逆らうためには、“代償”が必要だ』
仮面の人物が、
ゆっくりと手を広げた。
灰の空間に、
七つの幻影が浮かび上がる。
アルス
セレナ
マリーヌ
エリシア
ルクレツィア
リズ
そして、まだ見ぬ“七人目”
それぞれの上に、
異なる“傷”のようなものが刻まれていく。
『まずは確認だ。
七人の未来を選ぶとは、
七人が背負うはずだった“不幸”すら引き受けるということだ。
覚悟があるか、見せてもらう』
セレナが前に出て叫ぶ。
「誰が決めるのよ!
あたしたちの不幸や未来なんて!!
決められる筋合いないわよ!!」
仮面は首を振る。
『決めるのは俺じゃない。
世界そのものだ』
その言葉に、
空間の揺れが強くなる。
◆◆◆
突然、
足元の影が広がり、
僕の身体を捕らえた。
「っ……!」
セレナが手を伸ばす。
「アルス!!」
僕は影に引きずり下ろされ――
気づけば、
別の“空間”に立っていた。
あたり一面、闇。
ただ一つ、白い光が道を照らしている。
仮面の声が響く。
『アルス。
お前に問う。
七人を守るということは――
七人の“死ぬ未来”も抱える覚悟があるか?』
息が止まりかけた。
仮面が続ける。
『セレナが炎に焼かれて死ぬ未来。
マリーヌが庇って刺される未来。
エリシアが魔道爆発に巻き込まれる未来。
ルクレツィアが政治に殺される未来。
リズが愛に呑まれて消える未来。
未来は無数にある。
その“全て”を、視える覚悟があるか?』
僕の背筋が凍る。
未来の枝が、
再び見え始めていた。
けれど今見える枝は、
どれも痛烈に“重い”。
セレナの炎に包まれた腕。
マリーヌが倒れた瞬間の涙。
エリシアの研究室の爆光。
ルクレツィアが玉座の前で崩れ落ちる姿。
リズの身体が光に溶けていく幻。
喉が締まる。
(こんなの……視たくなかった)
仮面が問う。
『視るんだよ、アルス。
選んだんだろう?
七人で進む“破壊された物語”を。
なら――
その代償を払え』
息が震えた。
けれど――
次の瞬間、
闇に光が差した。
◆◆◆
「……バカね、あんたは」
闇に、炎が灯った。
セレナが、僕の腕を掴んでいた。
「未来なんてどうでもいいのよ。
今のあたしが、あんたの隣にいる。
それで十分じゃない」
マリーヌも、涙目で叫ぶ。
「未来がどうあっても……
アルス様の隣にいられるなら、それだけで……!」
エリシアは震えながら言う。
「私の死ぬ未来なんて、いくらでもある。
でもその先に、“生きる未来”もあるはずよ」
ルクレツィアが胸を張る。
「不幸ごとまとめて抱えればいいのよ。
その代わり、幸せも全部手に入れる」
リズは静かに僕の手を取った。
「未来がどれほど残酷でも――
あなたの手を引けるのなら、何度でも抗うわ」
七人が僕を囲む。
(ああ……)
守りたいんじゃない。
守るだけじゃない。
“一緒に立つ”と彼女たちは言っている。
未来の枝が、
少しだけ“明るく”見えた。
僕は仮面に向き直る。
「未来がどうであろうと――
俺は七人の未来を選ぶ。
その代償がどれほど重くても、
全部抱える」
仮面の人物は、
沈黙のあと……ふっと揺れた。
『……ならば――
証明してみせろ』
世界が再び揺れる。
灰色の空が裂け、
七人と仮面の人物の立つ“裁きの間”が戻ってきた。
仮面の人物が、
ゆっくりと剣を構える。
『アルス・アドマイヤ。
七人を導く覚悟を――
戦いで見せろ』
周囲の空間が、
光と闇に飲み込まれていく。
セレナが隣で笑う。
「やっと来たわね、クライマックス」
僕は剣を抜いた。
胸の奥で、
恐怖より強いものが燃え上がる。
「行くぞ――七人で勝つ未来を掴むために」
七人が、それぞれの力を解き放つ。
炎
風
魔導
剣
祈り
気配
そして、未来視
灰の世界を割るように、
七つの光が走る。




