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愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に〜  作者: 暁 龍弥
少年編

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第67話

黒い渦をくぐり抜けた瞬間、

世界が反転したような感覚に襲われた。


落ちているのか、浮かんでいるのかもわからない。

重力も、上下の感覚も、何もかもが曖昧で――


それでも、はっきりとわかることがひとつだけあった。


(……ここは、“迷宮ですらない”)


胸の奥で、フェイトリードが微妙に軋む。


今までは“無数の枝”が見えた。

けれどここでは、その枝自体が

霧の中に沈んでいるみたいにぼやけている。


「アルス!」


聞き慣れた声が、

闇の向こうから伸びてきた。


◆◆◆


足元に“床”の感覚が戻る。


視界がゆっくりと開けていくと、

そこは白でも黒でもない、

淡い灰の世界だった。


床はある。

ただ、それが終わるラインが見えない。


壁も天井もあるようで、

手を伸ばしても触れない。


セレナが、あきれたように息を吐いた。


「……またとんでもない場所に来たわね」


マリーヌは僕の袖をぎゅっと掴む。


「アルス様、みんなとはぐれてませんよね……?」


周囲を見渡すと、

そこにはちゃんと全員の姿があった。


セレナ

マリーヌ

エリシア

ルクレツィア

リズ


七人、全員揃っている。


ホッとするより先に、

胸の奥がひやりとした。


(ここは、“七人だからこそ呼ばれた場所”だ)


エリシアが辺りに魔力感覚を伸ばして、表情をしかめる。


「少し、まずいかも」


「何が?」


「未来の“揺らぎ”が少なすぎる。

 ここは――

 “物語の底”とか、そんな感じの場所よ」


リズが静かに頷いた。


「私も感じる。

 ここには、

 本来“存在してはいけない矛盾”が溜まってる」


ルクレツィアが剣の柄を握り直す。


「要するに、

 世界の裏側の、本当によろしくないところってわけね」


セレナが、ちらりと僕を見る。


「平気? アルス。

 さっきから顔色、悪いわよ」


「フェイトリードが、

 あんまり働いてくれない。


 未来の枝が少ないというより――

 “最初から、決まっていない”感じがする」


その言葉に、

全員の表情が強張った。


今までだって未来は不確かだった。

それでも、無数の枝から“マシな方”を選べた。


だけどここでは、

枝そのものがほとんど見えない。


エリシアが唇を噛む。


「……つまり、“予定されていない世界”ってことね。

 だからこそ、危険でもあるし――

 同時に、希望でもある」


セレナが腕を組んで笑う。


「ならいいじゃない。

 “予定されてない”ほうが、

 むしろあたしたちらしいわ」


そう言いつつ、

握りしめた拳には、ほんの少し力が入り過ぎていた。


不安を、

笑いで押し込めているのがわかる。


マリーヌも

尻尾の先をきゅっと丸めていた。


「でも、でも……

 七人一緒なら、大丈夫ですよね……?」


その言葉に、

僕は大きく頷いた。


「七人でいれば、大丈夫にする。

 ここがどんな場所でも、関係ない」


その瞬間――空間がひくりと震えた。


◆◆◆


音もなく、“何か”が現れた。


それは、

形を持たない影だった。


人のような輪郭を持ちながら、

顔も、手も、足も、輪郭さえも

観る者によって変わるように揺らいでいる。


エリシアが即座に分析を試みる。


「……情報が、掴めない。

 魔力反応はあるのに、

 “属性”が存在しない」


リズが静かに呟く。


「これは、“概念”の残り香みたいなもの。

 誰かの後悔、誰かの願い、誰かの恐怖――

 そういうのが溜まりすぎて、

 一つの形になってしまった存在」


セレナが炎を灯す。


「わかりづらい敵ほど、

 ぶん殴ってみたほうが早いのよ」


「ちょ、ちょっと待ってセレナ、まだ――」

エリシアが制止するより早く、


セレナの炎が影へと走った。


一瞬、

炎が影を焼いた――ように見えた。


だが影は、

燃え広がる代わりに“色”を変えた。


炎と同じ、赤。


そして――

セレナの声が、

どこからともなく響いた。


『どうせ、また捨てられる』


「っ!?」


セレナ本人も、

耳を疑うように自分の口元を押さえた。


「い、今の、あたし……?」


違う。

口は動いていない。


でも確かに、

“心のどこかにあった言葉”だった。


影は色を変えながら、

ゆっくりと広がっていく。


今度は淡い茶色。

マリーヌの瞳の色。


『足手まといだから、

 一番最初にいなくなるのは私だって――

 本当は思ってる』


マリーヌの身体が硬直する。


「ち、違います……っ

 そんなの、思って、ません……」


震える尻尾。

それが、嘘だと暴露していた。


エリシアの前では、

影が淡い紫に染まる。


『合理的に考えれば、

 “犠牲は必要”だってわかってる。


 でも、その犠牲に彼女たちを選べるほど、

 私は冷たくなれない』


エリシアが息を呑む。


「やめて……

 私の頭の中を勝手に読み上げないで……」


ルクレツィアの周りでは、

影が深い紅に変わる。


『王として、

 世界を取るか、彼を取るか。


 その選択を迫られたとき、

 私はきっと――汚い女になってしまう』


ルクレツィアが目を伏せる。


「……そんなこと、

 自分で一番よくわかってるわよ」


リズの前で、

影は淡い金に染まる。


『ノアと、アルス。


 私は、どちらも捨てられない。

 だから――

 いちばん“重い”愛になってしまう』


リズは、

初めてほんのわずかに顔を歪ませた。


「それでも、私は――

 その重さごと、抱えていたいのに」


最後に、影は――僕の前へ来た。


色は、どんな色にも染まらない。


灰色のまま、

ただ、音だけを発した。


『結局――

 誰かを守れない未来を、また見ているくせに』


胸が、刺された。


全員分の後悔や不安が、

影の中に混ざり合っている。


それは攻撃でもあり、

“問いかけ”でもある。


七人の動きが鈍る。

戦う前に、

心のほうを削られていく。


セレナが歯を食いしばる。


「……めんどくさい敵ね、ほんと」


肩で息をしながら、

それでも炎を握りしめる。


「でもさ、それ――

 全部、あたしたちの“本音”じゃない」


エリシアが顔を上げる。


「ええ。

 不安や後悔は本物。

 でも、それだけが私たちじゃない」


マリーヌが、震える手を胸に当てる。


「怖いけど……

 それでも一緒にいたい、って気持ちのほうが……

 強いです……!」


ルクレツィアが笑う。


「汚くたっていいじゃない。

 世界も彼も欲しがって、

 最後まで足掻いてみせる」


リズは静かに祈るように言った。


「捨てられないなら、全部抱える。

 それが私たちのやり方」


僕は、

ぐらつく足を前に出す。


胸の中で、フェイトリードが

ようやく薄く光を取り戻した。


“正しい未来”なんて、

そもそもここにはない。


あるのは、

“選びたい未来”だけだ。


「お前は、

 俺たちの“不安”を武器にしてくる」


影は、何も言わない。


「でも、それを“否定”はしない。

 だってそれも、俺たちの一部だから」


影が、わずかに揺れた。


「怖いし、

 守れない未来がゼロだなんて言うつもりはない。


 それでも――

 “七人で勝てる未来”を諦めないのが、

 俺たちだ」


セレナが、

にっと笑って僕の隣に立つ。


「そういうときはさ、

 まとめて焼き払ってやるのが一番スッキリするのよ」


「同意ね」

ルクレツィアも並ぶ。


「その後で、ちゃんと向き合えばいい」


エリシアが後方で詠唱を始める。


「感情も、後悔も、

 全部ひっくるめて“データ”として固定してやるわ」


マリーヌは震えながらも、一歩前へ出る。


「私も……逃げません……!

 アルス様の隣で、ちゃんと戦います……!」


リズは静かに目を閉じ、

全員に薄く光をまとわせた。


「揺れても、折れないように」


影が、

七色に揺らめく。


そこに、

七人の感情が、確かに映っていた。


僕は剣を構えた。


「――行くぞ」


七人の声が重なる。


「「「「「おう!」」」」」


光の奔流と、影の奔流がぶつかり合った。


◆◆◆


結果だけ言えば、

僕たちは勝った。


影は完全に消えたわけではない。

けれど、“七人の形”に押し込められて、

この場から姿を消した。


代わりに残ったのは――

全員の、どっとした疲労。


セレナがその場に座り込む。


「……身体より、心が疲れたわ」


マリーヌも、耳をぺたんと倒して座る。


「怖かったです……

 でも、少しだけスッキリしました……」


エリシアは額の汗をぬぐう。


「自分の中の“見たくなかったところ”を

 全部見せられたような気分ね」


ルクレツィアは肩で息をしながらも笑った。


「でもまあ……

 それでも好きって気持ちが勝ったからヨシ」


リズは目を閉じたまま、

胸に手をあてる。


「ノアを、アルスを、みんなを――

 全部愛したままで進む。


 それが叶うかどうかは、

 最後まで見てみないとわからないけれど」


僕は、

ひとりひとりの顔を見回した。


(やっぱり、

 ひとりも欠けさせたくない)


その想いが強くなればなるほど、

フェイトリードは暴れた。


未来を視る力は便利だ。

でも同時に、

“今ここにいる彼女たち”を

“確率”として見てしまいそうにもなる。


(……嫌だな)


知らないふりをしたくなる。

でも、できない。


視えすぎる未来と付き合う覚悟を、

僕自身もしなくてはいけない。


そんなことを考えていたとき――

空間が、再び揺れた。


「また?」

セレナが立ち上がりかけたその瞬間。


目の前の空間が裂け、

黒い亀裂が走る。


そこから、

静かに“あいつ”が現れた。


仮面の人物。


今までと違う。

纏う空気が、重い。


怒りでも、憎しみでも、

優しさでもない。


全部が混ざり合って、

澱のように沈殿した感情。


仮面の奥から、

かすれた声がした。


『……よく、ここまで来たな』


セレナが構える。


「今度は、どの“人格”?」


仮面の人物は、

ゆっくりとこちらへ歩み寄る。


そして――

僕だけを、真っ直ぐに指さした。


『俺は、“裁きの俺”だ』


空気が凍る。


『アルス・アドマイヤ。

 七人で未来を選ぶと宣言したお前に――


 “本当にその資格があるのか”、問わせてもらう』


剣を抜く気配はない。

それでも、

さっきの影よりずっと危険だと、

本能が告げていた。


セレナが低く唸る。


「戦うの? 話すの? どっち」


仮面の人物は、

ほんのわずかに首を傾げた。


『両方だ。


 言葉で逃げるな。

 力で誤魔化すな。


 七人の未来を選ぶということは――

 “七人分の罪と後悔”を、全部抱くってことだ』


足元に、

見えない杭のようなものが打ち込まれた感覚がした。


逃げ場を塞ぐための、

“問い”。


『覚悟を見せろ、アルス。


 お前の“物語”が、

 本当にこの世界に許されるのかどうか――


 今から俺が、裁く』


白と灰の世界に、

重い沈黙が落ちる。


次の瞬間、

七人と仮面の人物を囲むようにして、

世界そのものがきしみ始めた。


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